悲哀で、純愛たる箱庭の中で
桜野 ヒロ
一夜 『何をしてでも、君を助けると誓ったから』
麒麟がこっちに向かって歩いている。
僕をただ真っ直ぐ見つめて。
麒麟が歩いた場所には、ポッカリと穴が空いてしまっている。
逃げたい、そんな感情はとうに消えて閉まっていて。
ただ、麒麟を見ることしかできなかった。
眼前まで歩み寄った麒麟は、そのまま僕の眼をジッと見つめる。
何秒だろうか。
何分だろうか。
何時間だろうか。
そんな疑問が浮かぶ。
少し経った後、麒麟は鼻を鳴らす。
その音には、嘲りと遺憾が含まれていた。
『───────』
麒麟が何かを呟いた、その直後に僕は彼に蹴られてその場から消え去っていくのだった。
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「アキ〜?
そろそろ起きないと、夕暮れになっちゃうよ」
澄んだ、癒される声が頭に入り目を開ける。
眩くても微かに、確かに僕の視界には青空を背景に、愛しい一人の少女が映っていた。
雪のように白い髪の毛を腰まで伸ばし、気の麓で寝ている僕を覗き込むように膝を少し曲げている。
その少女の名前は
僕が世界で一番好きな女の子だ。
白兎のような赤い瞳には慈愛が、口元は微笑みが僕に向けられていた。
それが心地よくて、狸寝入りでもしようかと考えたが、夕暮れになると聞いて起きざるを得ないのが、悔やまれる。
「ん……おはよう冬華。
そのあだ名、まだ使う気なんだね」
それが僕の名前なんだが、彼女は何故か僕の事を「アキ」と呼ぶ。
理由は分からない、本人が言おうとしないから。
まぁ、どうせしゅうやと呼ぶよりアキの方が呼びやすいからだろう。
「おはようアキ、それじゃ行こっか!!」
僕の腕を掴んで、彼女は僕を引っ張り起こすとそのまま山を下る。
せっかくの白くて可愛らしい洋服は、寝る前にかけっこで転んだからか、泥だらけになってしまっていた。
それなのに、僕の目にはとても綺麗に冬華が映っていた。
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「ただいま」
言いながら、引き戸を引いて家へと入る。
冬華とは街へ着いた時に家も別方向だったので別れた。
帰りたくないな、と思いながら玄関で靴を脱いでいるとリビングから兄の
「おかえり、秋夜。
お父さん、まだ帰ってきてなくて助かったな。
じゃなきゃ、今頃───────」
「父さんは多分……まだ仕事だよ」
「え?」
兄が首を傾げる。
兄は知らないんだ、と僕は少し嬉しくなった。
「家出る前にあの人、ため息吐いてたじゃん。
そういう時って、だいたいは何時もよりかなり仕事が遅いみたい。
朝の時にいつも通りに帰るって言ってたけど、どうせ嘘だろうなとは思ったよ」
言いながら、靴を脱いで二階の自室へと足を運ばせる。
文武両道、品行方正。
それが、周囲の兄に対する評価だ。
実際、兄は家での振る舞いも良き兄そのものだった。
僕にも丁寧に勉学を教えてくれるし、使用人にも優しく対応している。
それに比べて、僕は多分……暗いし何を考えているか分からないと思われているだろうな、と思ってしまう。
「あれ、姉さんは?」
「…………今日は帰ってこないらしい」
「そうなんだ」
友達の家かな?
なんにせよ都合がいいや、このまま晩御飯まであゆっくりするか。
僕はそのまま入浴と食事、宿題を済ませてから布団に入り横となった───────
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「行ってきます」
朝になり、食事を済ます。
父はどうやら、早朝に食事を済ませて職場に向かったらしい。
……僕の父親は軍人の偉いさんだ。
それも、トップの補佐を務めているという。
だからか、月に何度かこういう日がある。
今回は征鬼軍が設立されて15年を迎えるから、そのパーティーに向けての準備、といった所か?
父なんかよりも遥かに階級が上の人、それこそ軍のトップなんかも出るのだと以前兄から聞いた事がある。
なんにせよ。
今日は朝から運がいいなんて、思いながら学校へ向かった───────
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「今から20年近く前……鬼達が徒党を組んで何度もテロを起こしていた。
『道化師』と呼ばれる男が東京で起こした無差別殺人テロ、京都、和歌山、東京の新宿で起こった『荊棘家』の人間のみを狙った虐殺。
個人でも……『伊藤守人』による民間人を殺害して回ったりなど様々な事件が起きた。
故に、当時の内閣総理大臣は鬼を全て害獣と認定し、全滅させるように促した『
昼すぎになり、学校の授業内容を聞いている。
教壇に立つ、やや腹が肥えた教師の今井は、額に脂汗を滲ませながらスラスラと皆の頭に入るか分からない速さで言葉を羅列させる。
……少し、退屈だ。
ここはもう既に家で何度も教わっている。
鬼がどれだけ凶暴なのか、同情する価値がないのかを。
───────その血が半分流れている僕達は、忌み嫌われて仕方ないことなのだと。
『鬼』という存在は、平安初期に現れた。
人の亜種として、突然現れたとされているが実際は朝廷が蝦夷の方から人を攫い人間に宿っているある内臓を切除して作り出された存在だ。
彼らは心に凶暴性を宿しており、昔からよく略奪の限りを尽くしていた。
それを危険視した朝廷が、直ぐに武士や陰陽師を集めて駆除して回ったらしい。
「風魔、聞いているか?」
───────ふと、教師が僕に声を掛ける。
ふと見ると、黒板には何も書かれていない。
……物思いに耽り過ぎたかな。
「ごめんなさい、考え事をしていて……」
「仕方ないやつだ、もう一度だけ読み直すぞ?
……討鬼令直後、鬼は徒党を組んで軍を形成した。
沖縄に本拠地を構えたことから、そして沖縄が元々琉球王国という国だったのをちなんでか
彼等は瞬く間に、関西の日本領を独占した。
自衛隊だけではどうにもならんと判断した政府は、日陰で過ごしていた呪術師達と共に新たな軍を設立した。
その名も
呪術師独自の技術による武器開発で人間は鬼と何とかやり合えている。
そうして、鬼と人の戦争が今も尚、続いている……
とまぁ、こんなところだな」
やっぱり、読み上げるの早いなこの人。
生徒のほうに目を配っていないし、自分本位なのだろう。
だけど、今回はたまたま僕が目に付いてしまったのだろう。
朝からツイてる、そう思ったけれど時間につれて運が悪くなっていきそうだな。
黒板を見ていると、隣の席の冬華がツンツンと僕の肩を指で突いてきた。
ちらりと視線を向けると、次は指を机に向けていた。
机にはノートが開かれており、『これって何の話してるの?』と、ノートには書かれていた。
冬華のノートを取り、僕は『鬼が怒って軍を作った、それに応じて人の方も自衛隊よりもっと強い軍を作ったって話』
と書いて冬華に渡した。
彼女はそれで分かったようで、コクコクと頷いてから感謝の笑みを零した。
……それから数分後、授業の終わりを告げる音が学校に響く。
今井も、読んでいた口がピタリと止まり教科書を閉じた。
「続きはまた明日だな。
それでは、失礼します」
そう言いながら、足早と教室から去る。
今井が教室から離れたのを確認して、一人の生徒が
「アイツさぁ、マジで何言ってんのかわかんねーよなぁ」
と、皆に同意を求めるように大きな声で言った。
まだ僕と変わらない十三なのに横を刈り上げ、髪の毛を整髪料で全て後ろに流しているその男子は、
このクラスを仕切っているリーダー格の存在で、喧嘩の腕っ節も相当らしい。
そんな彼を慕う数人の男子が、すぐに彼の元へ走っていきながら『だよなー』と同調を口にする。
当然、彼は女子からも好かれている。
が、いつも彼の横にいる女子は一人だけだ。
肩甲骨まで伸ばした黒髪の毛先を赤に染めているのが特徴的な子、
どうやら二人は幼馴染らしく、今の所は黒奈の一方通行だが女子の中で彼女の権力は一番らしい。
その最たる理由が彼女の父親だ。
彼女の父親は新潟の指揮系統を担当している相当なお偉方で、何か彼女の勘に触れるようなことがあればすぐに酷い目にあうらしい。
そんな彼女が勝忠を自分のモノと主張するんだ、皆は黙って諦めるしかないのだろう。
「なぁ、風魔……お前もそう思うよな?
珍しくセンコーの話を聞いてないもんな」
彼が、唐突に僕に訊ねてくる。
彼の目は、『同意以外は認めない』と告げていた。
「そうだね、とても分かりにくかった」
……うまく笑えているだろうか。
口角を上げながら、僕は本多の言葉に同意を示した。
そんな僕を見て、本多は満足気な笑みをうかべて、他の子と別の談笑へと移した。
「ねね、アキ」
そのすぐ後に、冬華が横から服を引っ張る。
……なんだろう、何処か分からない所でもあったのだろうか。
そんな疑問を、彼女は聞かずとも答えた。
「今日も空いてる? また、二人で遊びたいな!!」
……難しいな。
何が難しいかと問われれば、断る事がだ。
今日は恐らく父は帰ってくるのが早い。
殴られるのは勘弁なのだが、こんなに目を輝かせている冬華を前にして断るのは、かなり躊躇ってしまう。
どうしようか、なんて悩んでいるとガラリと教室の戸を引く音が聞こえた。
まだ休憩時間は終わっていないから不安を感じながら教室の入口に顔を向けると、頬がやせこけたスーツ姿の男が二人程の武装した男を後ろに引き連れて現れた。
スーツの男が僕たちに視線を一瞥した後、
「───────因幡 冬華は何処だ?」
そう、訊ねてきた。
冬華は、なんの疑問も抱かずに手を挙げた。
「そうか……いや、特徴的な白色の髪をしていたから聞くまでもなかったのだがね。
───────悪いが、君を拘束する」
それを聞いて、僕は真っ先に彼女の前に飛び出て彼女を守る様に立った。
面倒そうに顔を顰めて、男が僕に歩み寄る。
「……子供だからといって何もされないと思うなよ。
このような行いをしたら、君も拘束───────」
「僕は征鬼軍茨城支部長かつ、総統補佐を務める
彼女とは親交があるが……拘束される理由が分からない。
理由を述べて下さい、でないと僕は彼女を連れて逃走します」
狡いかもしれないが、使えるものは使わせてもらう。
よくある話なのだ、鬼と内通しているだとかいい理不尽に拘束して理不尽に拷問して殺された、なんてことは。
その理不尽から、彼女を護りたい。
絶対に、死なせたくないからだ。
そんな、似合わない感情を抱き、僕はできる限りの態度を装った。
男はため息を吐き出し、
強烈な拳を、僕の鳩尾に食らわせた。
「カッ……ハッ……!?」
「アキ!!」
「言ったはずだ、子供だから何もされないと思うなよ、と」
息ができない。
脳が、痛覚を優先して身体を思うように動かせれない。
それでも冬華は、守らなきゃ。
僕を好いてくれる、今も殴られた僕を心配してくれた彼女だけは絶対に護らないとダメなのに……!!
なのに、足は地面を踏ん張ることが出来ずに膝を崩してしまう。
なんて情けないのだろうか。
「───────まぁ待て、いいじゃないか理由くらい話しても。
なにしろ、あの風魔殿のご子息なのだろう?
先日、彼のご息女には私の後輩がお世話になったのだ。これくらいは答えてやらねば可哀想だろう」
言いながら、髭を整えた中年の男性が教室へと入る。
その男は迷うことなく僕の方へと視線を向けてきた。
目が会った瞬間、一瞬だが男は自身の口元を舌で舐めずる。
その瞬間、肉食動物に狙いを定められたかのような身の毛がよだつ感覚が僕を襲った。
「私の名は
君のお父上の補佐を努めさせてもらっている。
まぁ、補佐と言っても私の方が立場は上なのだがね」
粘り気のある言葉が、僕の身体を蝕む。
あまりの、気持ち悪さに目を背けたくなった。
だが、僕は聞かなければならない。
彼女が、拘束されなければならない理由を。
そしてそれがどのような正当性があろうと、どんな手段を選んででも、冬華を護る。
僕はその為の屁理屈を考える頭を、回転させる準備をする。
やれやれ、とわざとらしく呟いて男が口を開いた。
「彼女の叔父は我が征鬼軍の兵士たちを殺して回っていた、最低な反逆者なのだよ。
そして、彼女の本棚にはコレがあってね」
言いながら、スーツのポケットから『平和主義の心得』と書かれたタイトルの本を出す。
「君なら、これがどれだけ重罪か分かるね?」
「……平和主義連合が渡して回ってる、指定禁止書物ですよね。
持っているだけで国家転覆罪として扱われるって噂の」
「そうだそうだ、平和主義連合……ここはまだ授業に出てなかったかな?
まぁ、予習と思ってキミたちは聞きたまえ」
わざとらしく咳払いをして、周囲の視線を集める。
そして森は、その場で教師を気取りながら説明を始めた。
「平和主義連合とは、鬼も人も手に取り戦争なんてやめようと馬鹿らしいことを宣う集団だ。
奴らは常日頃から我々、征鬼軍の戦場に現れては無差別に襲い掛かり、戦争を無理やり中止させる訳の分からん奴らだ」
隠しきれない怒りが、本を握る手に現れる。
わなわなと震える手は、力加減を忘れたのか本に皺が出来てしまっていた。
「そいつらは当然、我々征鬼軍の兵士の命も殺めている!!
……不愉快だ、あぁ不愉快だ!!
と、失敬。少し取り乱した。
その為、彼らはテロリストとして扱っている。
この本は、奴らが平和主義連合へと誘う為の手段の一つなのだ!!」
本を床に投げつけ、踏んづける。
余程憎らしいのは分かったし、冬華が連行される理由も分かった。
確かに、連れていくのに阻止できる道理はない。
だから次は、どうやって彼女を奪い返して逃げるかを考えよう。
思考を切り替え、頭を回し始める。
その矢先だった。
「少年、余計な手は煩わせるなよ?」
スーツの男が、突き刺すように僕を睨む。
……気付かなかったが、彼の胸部分が少し膨らんでいる。
その膨らみは恐らく銃器の類なのだろう。
まぁ、冬華が抵抗する手段を隠していないとは言えないし、それに気付けなかった僕が間抜けすぎる話だ。
ここでは、何も出来ない。
悔しいが、それが現実であると結論が出た。
ならここは悔しいけれど、頭を下げるしかない。
「申し訳ありません森丸吉様」
「構わんよ、まぁ私はそこいらの鬼畜連中とは違う。
この少女が、しっかりと情報を話してくれるというのならすぐにでも解放してやるさ」
男の言葉には嘘が含まれていたのを、僕は見逃さなかった。
同時に、決意もした。
絶対に彼女を助ける、そう心に誓う。
そしてその的解をパズルのピースを集めるかのように情報を纏めて、導き出した。
後ろへ振り返り、冬華と目が合う。
彼女に伝わるかは分からない。
だが、『助けるから待ってて』と目で彼女に伝える。
……怖い思いをさせるかもしれない。
そんな罪悪感を抱えながら僕は、冬華の前から離れ、彼女の姿を晒す。
スーツの男が冬華を拘束しようと、胸ポケットから手錠を取り出す。
そのまま彼女の腕に手錠をかけようとした、その時だった。
パン、と乾いた音が教室に響く。
それは冬華が、スーツの男を叩いたから出た音だった。
……子供の平手打ちなんて痛くないだろう。
だが、大人としての軍人としての矜恃が傷ついたのだろう。
眉間の皺をさらに深く刻ませながら、男が冬華を睨む。
「どういうつもりだ?」
訊ねる男の視線は明確な怒りが、殺意が混ざっていた。
普通の女の子ならそれだけで泣いていい。
そのハズだ。
だが冬華は身体の内から湧き上がる恐怖心を払い除けて、男を睨み返していた。
「アキを、殴った分のお返し。
息できないくらい思いっきりお腹を殴っておいて、やり返さないなんて微塵も思わない貴方が悪いもん!!」
「……ガキの分際で───────!!」
「御門くん、みっともない真似は良さないか?」
怒りのまま拳を振り上げる御門と呼ばれたスーツの男は、森に諌められる。
その語気は強く、偉そうなだけの見た目とは正反対な印象を感じた。
腐ってていても、それなりに格はあるということだろう。
「……申し訳ございません、丸吉様」
御門はその後、大人しく冬華に手錠かけて彼女を連行する。
冬華は、何も声をかけてこなかった。
信頼しているのか、それは分からない。
けれど。
何をしてでも助けると決めた、だから───────
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『今から転校生を紹介する』
4年ほど前の事だった。
降り続ける雨を気にしていた周囲だが、教壇に立つ教師の言葉に全員静かになる。
瞳には雨への関心など忘れ、転校生への好奇心を宿らせて、興味津々な表情を浮かべながら。
普段の授業との違いに教師は呆れながら笑みを浮かべつつも、『いいよ』と扉の前の生徒に声を掛けた。
『……失礼、します』
途切れそうな声と共に、暗い表情をした少年が入ってくる。
そして、チョークを手に取り名前を書く。
”風魔 秋夜“
それが少年の名前だった。
自信のなさげな、怯えた表情の少年は周囲に視線を配りながら、小さく口を開いた。
『……ふうま し『アキヤってよぶの?』』
秋夜の言葉を遮り、教壇前の机に座る少女が訊ねる。
白髪の赤目。
まるでアルビノの兎のような可憐な容姿をした少女は、目を爛々と輝かせていた
前の学校で虐められ、自信を喪失していた秋夜は少女が自身に一目惚れしたとなど微塵も思わず、この名前に興味があるのだろうか、そう解釈した。
『……ううん。しゅうやって呼ぶんだ』
氷のような冷たい声音で秋夜が答える。
その言葉は壁のように、少女の明るさを拒んだ。
『しゅうやって言うんだ、難しいね!!
……ねね、ここのクラス下の名前の子似た名前多いんだ!!
だから、アキって呼んでいい?』
だが、少女は諦めなかった。
挫けることなく少年に話し掛けたのだ。
『おい、因幡。
自己紹介がまだだ、後にしろ』
厳しく言う教師に、少女はしょんぼりとした様子で顔を俯かせた。
その後、終夜は再び自己紹介を始めたのだった。
『ふうま、しゅうやと言います。
皆さん、よろしくお願いします』
深々と少年が頭を下げる。
教師は、そのまま秋夜を少女の隣の空いている席へ指を指した。
『秋夜くん、君はこの席だ。
隣の子はいなば とうかと言う子だ。
知ってると思うが因幡は───────』
『大丈夫です、把握してます』
教師の言葉を遮り、秋夜は席へと座った。
座って直ぐに、冬華が肩をつつきながら秋夜に話しかけた。
『でさ、アキってよんでいい?』
それはさっき少年に訊ねたことの、返事を促す言葉だった。
変わった女の子だな、なんて思いながら秋夜は答えた。
『いいよ、なんて呼んでも』
『ありがとう、アキ!!』
少女がこう呼ぼうと思ったのは、独占欲の現れだった。
皆と違う、自分だけの名前で彼を呼びたいという、少女の年不相応な思いが彼への名前で現れた。
そんなことは露知らず。
だけれど、少女の能天気とも呼べる明るさに少年は何処か救いを感じながら少年と少女は出会った。
そして、二人の運命はこの時から廻り始めたのだった───────。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一週間後、征鬼軍の地下一階のある一室。
景色が正面の鉄格子以外がコンクリート模様となっているその部屋内の中央に少女が、因幡 冬華椅子に座らされて拘束されていた。
目隠しをされ、手足を椅子に縛り付けられて自由が一切ないが身体には痣ひとつ無かった。
それは、少女が答えられた質問には全て答えたという何よりの証拠だった。
実際、少女は聞かれたことは全て答えた。
どうやって本を入手したかと聞かれたら若い男が学校の通学路で子供に配っていたのを貰ったと。
他に貰った子達の事を聞かれたら記憶にある限りの、事細かな情報を。
本を読んだかと聞かれたら読んだと。
内容は覚えているかと聞かれたなら、呪術や呪装具といったモノが分からないから五ページで読むのをやめたと。
ならなぜ持っているのかと聞かれたら、秋夜に教えてもらおうと思ったから置いていたと。
質問には全て答えた。
だから、彼女は何もされることなく。
しかし死刑になることは変わらなかった為、その場に拘束され続けていた。
子供からすればとても長く感じていた一週間は、秋夜との思い出を掘り起こすことでとても短く感じていた。
だが、そんな彼女も1日だけ涙を流したことがあった。
その際に、監視役の男がなぜ泣いているのかと訊ねたが冬華は答えなかった。
秋夜が目で助けると伝えてくれた。
彼女なりに、秋夜の性格はある程度把握している。
酷い目にあってでも耐え抜いてチャンスをモノにする、そういう男であると冬華は信じていた。
だから、自分の為に過酷な目に遭う事となった秋夜に罪悪感に苛まれ涙を流し、秋夜の不利になることは答えなくないと彼女は確固たる意志を持ってなんでもないと答えた。
その努力が実ったのかは冬華には分からない。
だが、ギィと鉄格子が開く音が聞こえた。
誰だろう、そう冬華は思った。
「お待たせ。
……助けに来たよ、冬華」
だが、話しかけてきた少年が秋夜だと分かり冬華は目を滲ませた。
「ごめんね……ありがとう、こんなわたしを助けに来てくれて」
声を震わして精一杯の感謝を伝える。
目隠しを外され、久方ぶりの秋夜の顔を見る。
……その、酷く腫れ上がった顔を見て冬華は堪えていた涙を只管に流すのだった───────
悲哀で、純愛たる箱庭の中で 桜野 ヒロ @sakurahiro0226
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