16. 旬のいちごパフェも至高!ブラン茫然自失

 

 独特の抑揚と、時々入りこむくぐもるような発音。


 ブリージ系のなまりが濃いキヤルカの潮野方言を、いつしかベッカは心地よく聞くようになっていた。



「……あの娘も、早くあなたに会えていたなら、ずうっと幸せな人生を送っていたのかもしれない」



 さみしそうに言うと、キヤルカは伏せかけた目を引き上げて笑った。



「ごめんなさい、湿っぽい話になっちゃった」


「そう言えば……キヤルカさん。レグリさんも、深奥部の出身でしたっけ?」


「え? どうだったかしら、ええと……」



 キヤルカはうろ覚えの思案顔になったが、はっか湯をこくんと飲んだルーハが、割り込んできた。



「あたし、一緒に地図見てた時に教えてもらったの憶えてるよ。ベッカさん、東部の地図もってる?」


「うん、あるよ」



 先ほど購入した布地図を革鞄から取り出して、ベッカは卓上、女たちの手前に広げた。左半分にイリー世界、右半分に“東部大半島”が大きく描かれている。



「えーとね……ああ、たしかこの辺!」



 少女の指先は、その大半島の南側沿岸地域、近くにぷつぷつと小島が群れ浮かぶ一画をさした。



「……? こうしてみると、そんなに深奥部でもないのかな」



 東部大半島の深奥部というのは、半島の先っちょ、南東部先端あたりのことを大雑把にあらわす言葉だ。


 キノピーノ書店で地理風土関連の書をひもといていた時に、よく目にした。ベッカにとっては精霊使いの原拠点、その所在地を解き明かすべき標的地域である。



「ベッカさん、この丸く細く入っている線、これは“緑の首環道くびわみち”かえ?」


「ええ、そうです」


「ほんとはもう少し、海側にせまった道だったはずよ。レグリの故郷はこの道につながれていたんだから、距離はあっても深奥部には通じやすい地域だったんでないかしら?」



 キヤルカの言葉に、ベッカはじいっと地図を眺めた。



――東部の人びとが古来から使っていた準街道、“緑の首環道くびわみち”……そうか、そう見れば近いかもしれない。同じ文化圏には入る。ここいら辺の人達なら、精霊使いのことも、よく知っていた可能性があるぞ。



「……ベッカさん。まさかこんな所まで、行くわけじゃないよね?」



 少女が不安げに見つめてくる。



「行かない、行かない。もやしな僕が、そもそもイリー世界を出るなんて無理な話でしょう~」



 笑って、ベッカは地図を丸めた。



「でもね、ファダンに行った時に、特にこの辺出身の人達に話を聞けたらな、って思うんだ」


「ああ……。じゃあ、これを持っていく?」



 キヤルカは、手にした小さな巾着をごそごそ探って、うす黄色い巻き布みたいなものを取り出した。


 渡されれば、ベッカの親指の先よりずうっと小さい。



「何ですか、これ。てがら?」



 いったん開けちゃったら、僕の指じゃ巻き直すのめちゃくちゃ大変そうだぞ、と思いつつベッカはこねくり回して見る。



「レグリの形見なのよ。他の持ち物は事件の後にぜんぶ処分されちゃったけど、これ東部特有のものだからねえ。ひょっとして、いつかご遺族にでもめぐり会うことがあったら渡そうと思って、わたしが持ってたの。それを見せたら、地元の近い人はベッカさんに心を開いて、色々と詳しい話をしてくれるかもしれないよ」


「ああ、そうか。なるほど。それじゃお預かりします」



 重いものじゃなくて良かった、と思うベッカにルーハが言う。



「ちなみにそれが、さっきの噂話にでた磯織いそおりだよ。詳しいことはあたし知らないけど、海藻のすじすじ・・・・を編んで作ってあるんだって」


「へえー」



 手巾に包んだてがら巻きを革鞄にしまい、ベッカはここまで沈黙を通しているブランに顔を向けた。とろーんと夢見る表情で、少年はどこでもない前方をみている。



――あれ?



 一瞬、錯覚かと思ってベッカは目をこすった。いや見間違いではない。少年の手前には、完璧盛りの入っていた鉢がひとつ……ふたつ、三つあるのだ。


 いつの間に追加注文していたのだろう、ベッカと女たちが話と地図に集中していた間だろうか。狡猾である……、


 狡猾ではあるが、あまりに幸せそうな子ども顔である。うちひとつの鉢の内側に、苺の葉が緑色に貼りついているのを見て、ベッカは怒るより吹き出したくなった。


 あんまりうまくて、自分とルーハが食べていたのも試さずにいられなかった、ということなんだろう。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る