第25話
あの日から二週間近くたった。僕は、職場を転々と変えながらそれなりに頑張って仕事をこなした。仕事が見つからない日もあったけれど、なんとかやれている。本日はスタンと示し合わせて仕事を入れなかったので、休みだ。
というのも、スタンが惜しまれつつ警備の仕事の任期が満了したから。もともと警備の仕事をしていた人が不幸な事故でケガを負ったため、その補充人員として冒険者協会から派遣されていたので、その人の復帰とともに退職となってしまったのだ。
スタンはこの機会に一緒に街を見て回ろうと言った。この街を散策したのは、到着した翌日で、ばたばたしていてざっとしか回れていないことと、街で起きていることの情報集めがその理由だった。対処をするにしろしないにしろ、知っていることが多いほうが後々動きやすいだろうとのことだった。一理ある。
僕には特に否やは無かったので了承した。
「ユージンは、どこか最初に行きたいところはありますか?」
宿を出るとすぐにスタンが僕に尋ねてきた。
「うーん。この街で何かが起きているのは分かっているんだけど、はっきりしたことは何もつかめていなんだよね……。行かなければいけないところもないのだから、僕は行くべき先を決められないよ。スタンが行きたい場所でいいんじゃないかな」
僕は素直にそう答えた。
「ええ、そうですね。はい。なので、今行くべき場所ではなく、ユージンが今行きたいところをお聞きしています」
「今行きたいところ?適当に街を見て回るのなら、どこでもいいと思うけど……」
「そうなんですが、とりあえず、ユージンの行きたい場所に最初に行って、それからぐるっと街の様子を見て回りましょう。あなたが行きたい場所のほうが、何かに気が付く可能性が一番高いかと思います」
「そういうことなんだ。うーん。でも、特にこれと言って行きたいところは……」
ちらっと見上げると、何かを期待しているような目で僕を見つめるスタンが見えた。その視線を意識しながら僕は頭を巡らせる。そんなに期待されても、手掛かりとなりそうなことに運よく出会うなんてことは、そうそう起きないと思うよ、スタン。
「あ!そうだ」
僕はずっと前に考えていたことを思い出した。
「はい」
「教会だ。教会がすごく立派だから、一度しっかり見たいと思ってたんだ。忘れてた。丁度いい。スタン、行こうよ」
僕がそう言ってスタンを見ると、女の子たちの視線を集める素晴らしい顔を歪めて渋い表情だ。請われて行きたいところを言ったのに、どうしてそんな反応を返されなくてはならないのか。
「……本当に、ただ教会を見るだけですよね?」
疑ってかかっているのが、声音から分かる。何故?
「うん、もちろん」
「何か裏があったりしませんか?約束など?」
「裏?どういうこと?特にないけど。僕はただ、教会の中を覗きたいなって。リンデンの街にあった教会はとっても立派だったから、ここにある教会はどんなものなんだろうって思っただけだよ」
僕は忌憚ない意見を述べる。
そんな僕の顔を疑わしそうにスタンが覗き込む。じっくり僕の目の中を覗き込んで、やっと納得したのだろう。それでも、まだ半信半疑に近い気持ちのようで、しぶしぶといった体で僕を教会へと誘う。
しばらく歩いていると、背の高い建造物が道の先に姿を現す。
「この街の大聖堂は立派ですね。あんなに尖塔がいくつも連なっていて、鍾塔も素晴らしい」
「本当に。正面にある薔薇窓も美しい」
そんな風に外観をほめたたえながら内部へと入ると、礼拝の最中だったようだ。たくさんの信者が長椅子に腰かけるその前で、司祭様が信者に向けて悪魔の誘惑について話しているところだった。
僕らはその邪魔をしないよう、一番後ろの空いた席に一旦すわり、拝聴させてもらいながら説教が終わるのを待った。
高齢の司祭様なので声がところどころ聞き取りにくくはあったけれど、年季の入った語りは実に堂に入ったもので、内容もさることながら抑揚の付け方など声の調子が素晴らしかった。途中、奉納籠が流れて来たので、僕らもわずかばかりの寄付をさせてもらった。
それからしばらくたって、司祭様のありがたいお言葉が終わり、どうやらこの時間帯の礼拝が終了したらしい。休憩のために司祭様が奥へと引っ込み、それに合わせて信者たちがゆっくりと退席していく。
ほとんどの信者たちがいなくなってやっと僕らは、がらんとした聖堂内を自由に見て回ることができた。まだ残っているのは十人もない。お年寄りのご夫婦に若い女性の二人組、眠ってしまった子を連れた家族に一人きりの男性たち。
一番に目に付いたのはやはり内装の素晴らしさだ。身廊の天井の高さと美しい形の柱や梁、後陣にある立派な主祭壇が厳かな雰囲気を高めている。正面奥のステンドグラスを通して降り注ぐ光は、天上も斯くやといった美しさで、時を忘れて僕らはその光景に見入った。
それから、通路を進んで翼廊もしっかりすみずみまで観察させてもらう。リンデンの街の教会ではここまでは見ていなかった。この教会に付随する二つの翼廊の一番奥には背の高い像がそれぞれ立っていた。けれどそうとう古い物らしく、細部は欠けたり削れたりしていて顔どころか性別も判然としなかった。
僕はその像に惹かれてしばらく眺めた。
言葉もなく眺めていると、はっと隣に立つスタンのことを思い出す。だいぶ僕のせいで時間を使ってしまったことに思い至った。このあと街の散策もあるのに。
スタンを見上げると、まだ大丈夫ですよという風に頷くけれど、僕は首を振って次へ行こうと合図する。
十分に雰囲気を楽しんだ僕らが、そろそろ出ようと中央の通路を進んでいるとき、僕らの前方、教会前室のほうからざわめきが届いた。それは大きいものではなかったけれど、静寂を乱すには十分だった。
僕とスタンが何だろうと一瞬立ち止まって観察すると、どうやら教会関係者、しかも高位のどなたかが現れたのだろうことが察せられた。身なりの良い男がお供を引き連れて教会に入ってくる。光の加減か、くすんだ金髪の男だった。
彼にいち早く気づいたシスターブラザーが色めきたっている。そして、その内の一人が奥へと知らせに行くようなので、僕らは道を譲る。しばらく後、今し方奥へ向かった男が、さきほどまで説教をしていた司祭様と、さらに助祭様と思しき若い男性も引き連れて戻ってきた。お年だろうに、やや急ぎ足にやってくる。
そして、司祭様と助祭様が身なりの良い男に向かって頭を下げるのが見えた。今やたくさんの人から取り囲まれているので、僕らの位置からはどんなやりとりが彼らの間でなされているのかは見ることも聞くこともできなくなった。しばらくして、彼らは固まって身廊を進み、奥へと向かうように見えた。
僕らはそんな彼らの邪魔にならないように側廊へと一旦抜けて、それから教会出口へと向かう。
もう一度教会中央の通路に目をやると、ふと青い目と視線が合った。身分の高そうな男は思ったよりも若いようだ。その男が僕をじっとみてる。隣に大柄で人の視線を集めるスタンがいるのに、彼はまっすぐに僕を見ていた。
そして、僕を見るその男の表情は、何か不可思議なものを見るような顔をしている。
けれど、目が合ったのはその数瞬だけで、すぐに男は視線を逸らして、自らを取り囲む一団と共に静かに歩き去ってしまった。
「なんだったのでしょうね。かなり高位の方のようでした」
スタンが僕を横目で見ている。
「さぁね」
僕は首を振って歩き出した。
やや薄暗かった教会を出ると、青空の広がる外の自然な光は目にまぶしかった。先ほどまでの思い雰囲気は一気に晴れ、爽やかな陽気に心が浮き立つ。
「さて、それでは次はどこへ行きたいですか?」
スタンが聞いてくる。
教会前の広場はにぎわっていて、色々な人が行き交っている。絵描きがカンバスに向かい聖堂の絵を描いている。占い師が隅の方で席を設けているのも見える。
屋台がいくつかでていて、美味しそうな匂いが届いてきた。スタンが朝の日課を済ませるのを待ってから宿を出たので、そもそも外出したのが午前の遅めの時間だった。それから、教会でゆっくりしてしまったので、時間はもう昼に近いのだろう。僕のお腹が、空腹を訴えている。
隣に立つスタンが耳ざとく聞きつけて、笑いながら何か食べましょうと言ってくれた。
居並ぶ屋台を見比べて、僕は鳥の串焼きを、スタンが焼いた豚肉や野菜なんかを薄いパンにはさんだものを食べた。おいしかったので、さらに追加で食べて、僕らは取り合えず大通りに沿って歩くことにした。
この街は真ん中に教会とその関係者の居住地があり、そこを中心として放射状に通りが街をぐるりと取り囲む城壁まで伸びている。領主とその家臣たちの居城は街の近くを流れる川の上流、少し離れた丘の上に鎮座しているそうだ。
大通り沿いはやはりにぎわっていて、いろんな店が軒を並べている。僕らには手がでない高級な店もあった。
色々な店を冷やかしながら歩いていると、路地裏に長い影が見えた気がした。
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっと」
僕はその路地に入っていく。誘われるように。
路地は大きな通りと違い、雑然としている。あちこちにゴミが落ちていて、人々の生活が色濃く表れていた。
その路地で男の子たちが遊んでいる。幾人か女の子も混じっている。
その様子が微笑ましくて、壁に寄り掛かって眺めて見る。
「子供はどこも遊び場に変えてしまいますね」
スタンが言う。
みると、子供たちはそれぞれ幾人かのグループに分かれて思い思いに遊んでいるようだ。石蹴り、お手玉、縄跳びなどのようだ。僕の知っている遊び。
しばらく眺めていると、男の子の集団が集まってなにやら話し合うと、二組に分かれるのが見えた。
「騎士ごっこでしょうか」
スタンの言葉通り、見ていると分かれたグループの幾人かが、前に進み出た二人の少年を囃し立てている。二人は手には長い木の棒を持ち、一礼すると構えた。そして、誰かの合図と同時に、手に持つ木の棒を小気味よい音をたてながら打ち合わせ始めた。とても熱が入っている。
通りで遊んでいた子供たちの誰もかれもが、二人の打ち合いに見入っていた。女の子たちが、声援を送る。
一組目の決着がつくと、次の男の子たちが前に進み出た。そして、一礼して構える。声変わり前の少年らしい高い声で、試合の始まりが告げられ、何かを叫びながら二人がぶつかる。
面白い。
スタンは、懐かしそうな顔をしてじっとそんな子供たちの様子を眺めている。
ふと、女の子の一人が不安そうな顔をして眺めているのが目に入った。どうやら、今打ち合いをしている男の子のどちらかの知り合いなのだと思う。両手を組んでじっと見ている。
気付くと勝負あったようで、わーっと歓声が響いた。女の子が安堵して手を下ろす。微笑ましい光景だと思った。きっと幼馴染とかなのだろう。
それからもう何試合かあって、騎士ごっこは終わった。
次は何して遊ぶかを問う声が路地に響いた。周りで見ていた女の子たちも集まって、わいわい騒いでいる。口々にやりたい遊びを叫んで、多数決をとっているようだ。見ていると、遊ぶ内容で何やら一悶着あったらしい。女の子が声を上げた。場は一瞬静まり、リーダー格の男の子が何事か女の子を宥めて次の遊びを決めたようだった。
かくれんぼをするらしい。見ていると、鬼定めが始まる。人数が多いから、一人に決めるのは大変そうだ。鬼定めは手順が長いから、これだけいると時間がかかるだろうと思った。
けれど、彼らは僕の知らないやり方で鬼定めを始めた。全員が丸くなって、リーダー格の子が一人ずつ指さしていく。月・火・水・木・金・土・日と言いながら。そして、「日」で指さされた子が抜けていく。
スタンも見たことがないのか、おやっという顔になった。
とうとう、一番最後に残った子が鬼役になった。
僕の知っている鬼定めは、特定の台詞を調子を取って歌い、それに合わせて一人ひとりの顔を指さしていく。セリフの終わりに当たった子は違うよと言いながら抜けていくというのを繰り返し行うものだ。そして最後に残った子が鬼役となる、そういう手順だった。地域ごとに言葉回しが違ったり、顔じゃなくて差し出した手を指したり差があるのは、昔の経験から知っていたけれど、こんなに違うやりかたもあるんだなと感心してしまった。
それから、僕らは別の大通りも一つ一つ見て回る。広すぎて一日で全ては回れなかったけれど。
職人の工房がひしめく区画や裕福層の住宅街、市場に処刑場などいろいろな区画があって、さすがにスラムには行かなかったけれど、路地に一度入ると、どこにも子供の影がたくさんあった。
みんな思い思いに遊んでいる。駆けっこにおままごと、石投げに投げ輪。騎士ごっこはどこでも人気があった。そして、それらの遊びを数人ずつのグループでこじんまりと遊ぶ姿が散見された。気になったのは、みんな少しだけ退屈そうな顔をしていたことだろうか。
傾き始めた午後の遅い日差しの中つまらなそうにみんな遊んでいた。
そのことがなぜか強く印象に残った。
しばらくして夕方の鐘がなり、子供達が家路につく。またなと言って家路につく。
—―鬼が来る前に家へ帰ろう。
そう誰かが言った。
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