第24話

「亡くなられたのですか?」


仕事の休憩時間に昨日の夕方男の子が亡くなったという話題が出て、僕は思わず同じ日雇いたちの会話に口を挟んでしまった。


「そうなんだよ。俺の近所のガキでさ。たまに遊んでやったりしていたから、なんだか信じられない出来事ではあるんだけど」


そう言うのは、強面だけど気のよさそうな男の人だ。少しやんちゃそうなよくいる若者と言った風情。


「夕方、いつものように近所のガキどもと遊んでくるって言って、そのまま夜になっても帰ってこなかったらしい。で、母親が騒いで、父親が探しに出ようとしたときに知らせが届いたんだと。なんでも、帰りが遅くなった男が帰り道の途中でたまたま死んでる子を見つけてくれたって話で」

「可哀そうに……。ご両親もさぞ気落ちしていらっしゃるでしょうね。お悔やみ申し上げます」


僕は心からの弔意を表した。


「俺は親族じゃねぇけどよ、丁寧にどうも。……俺もまだ信じられねぇ。昨日の朝会ったときはあんなに元気だったのに」

「この世の中何があるかわかったものじゃないからなぁ。そういうこともある」


お喋りの輪の中にいたもう一人の男が口を挟む。


「事故死だったんだって?」

「そうらしいっすね。さほど高くない階段で、足を踏み外して落ちたんだろうって。首の骨を……。夕方で薄暗かったせいだろうって話っす」

「あぁ、そういうことはあるな。子供なんて、とくに男のガキなんて、危険なことをほいほいやっちまうからよ。俺の幼馴染だったヤツも、五歳のときに川遊び中に死んじまったのがいた」

「階段って、どこにあるヤツだ?」


別のおじさんが質問する。


「あーっと、銀杏通りから横道にそれた路地のところにあるやつっすね」

「あぁ、あそこか。ほんとに小さい階段じゃねぇか」

「そうなんすよ。しかも、いつも遊んでいた場所を考えると、変なんすよ。家とは反対方向らしくて。あいつ、死んじまった子なんすけど、日が暮れる前には絶対家に帰るよう母親にきつく言われてたらしいっす。ちょうどその前日に家のもの壊したから、その罰として時間通りに帰るって約束させられたみたいっす。なのに、家とは反対方向に、しかもあの時間に行ったのか。母親の方はもう昨日は半狂乱だったみたいっす。今朝にはだいぶ落ち着いて、話せるようにはなったみたいっすけど、意気消沈してて、何も手につかないような状態らしいっすね。可哀想っすよね。しかも、直前まで遊んでたのが俺の弟なんで余計申し訳なくて。俺の弟含めた近所のガキどもは、鐘が鳴ったときに、死んじまった子に危険だから帰ろうって言ったらしいんすけど、あいつが自分は怖くないからって残ったらしいんすよね」

「昨日の今日でよく知ってんなぁ」

「いや、うちの母親がいろんな近所の話にすぐ首を突っ込む性格で……。しかもご近所の顔見知りの不幸なんで張り切っちゃってるんす。昨日はずっと弟から根掘り葉掘り聞き出してたっす。そんで、今朝はその家に押しかけて、色々お悔やみ方々話を聞き出してきたみたいなんすよ。まぁ、母親としては聞き出したって思ってなさそうっすけど。弟のこともあるし。いつも通りおしゃべりして、大げさに驚いて同情してって感じで相手の懐に潜り込むのが上手いというか。たぶん今頃は家のこと全部ほっぽって、近所の女連中と色々情報交換という名の噂話に明け暮れてるんだろうなぁって」


控えめな笑い声があがる。


「ありそうなことだ。俺のとこの母親もそうだわ。すぐ他の家のことに首を突っ込みたがる」

「自分とこの嫁もぴーちくぱーちく近所の奥さん連中で集まっておしゃべりに興じてるぜ。ちょっと見ない間に、家からいなくなってると思ったら、あっちでぺちゃくちゃ、こっちでひそひそ。本当のことと想像とがない交ぜになってて、たぶん喋ってる本人にも正しいかどうかわかってないんじゃねぇかなぁ」

「噂好きなのはしょうがねぇ。けど、噂が広まって、さらに尾ひれ胸鰭背びれまでついちまうのが手に負えないんだよな」

「ちげぇねぇ。それで、間違ってるって指摘されても、私は聞いただけだから、って言うんだよ。ほんと参るぜ。ご近所にも迷惑だからって言って聞かせても梨のつぶてさ」


そう言って、がははと彼らが笑い合う。


「それにしてもよぉ、お前の弟は、兄貴と違ってちゃんと夜遊びせずに家に帰るなんて、できてるよなぁ」


にやにや顔の無精ひげの男が、やんちゃ青年に絡む。


「俺は大人なんで良いんすよ。それに、あいつ、この前やらかしてお袋からかなり厳しく叱られたっすから。まだ日も浅いのに約束をやぶって墓穴を掘ったらまずいって、分かってるんすよ」

「賢いじゃねぇか」

「まぁ、噂もあったっすから」

「噂?」

「俺も良くは知らないんすけど、子供の間で流行ってる、とかなんとか。夕方の鐘を聞いても帰らないと二度と家に帰れなくなるとか、鬼ごっこをすると鬼が出るとか、そんなやつっす」

「なんだそりゃ」

「さぁ?母親が弟から聞き出したことなんで。俺の弟、結構怖がりだから、すぐそういうのを真に受けちゃうんすよ。だから昨日も早く帰ろうって結構強めに言ったらしいっす」

「かわいいじゃねぇか。子供はそういうの根拠もなく信じがちだからな」

「まぁ、仕方なくはある。最近、ほら、別の場所でも子供が死んだだろ。同じ夕方頃に。それを覚えてたんじゃないか」

「ああ、一週間前くらいの事故っすね。俺はよくは覚えてないっすけど」

「運悪く首に縄が絡んで、そのまま息ができなくて、ってヤツだよ。男の子だった。一人で遊んでて、発見が遅れたらしい。可哀そうに」

「え、それは俺は知らないぞ。俺が知ってるのは二週間くらい前の子供の死亡事故だ。たしか、女の子だった。いや、違う。こっちは首を絞められて殺されたんだったな」

「あぁ。それ、犯人はどうなったんだっけ?」

「まだ見つかってねぇな。俺は見つかったって話を聞いてない。ほんと、警邏隊の連中は役にたたねーな。すぐ犯人みつけろってんだ。ふんぞり返りやがって」

「子供にひでぇことしやがる。神様もお許しにならないだろう。すぐに殺した男が見つかると良いが」

「だな。俺が警邏隊だったら頭勝ち割ってやるぜ」

「いや、犯人が男とはかぎらんだろ。女かもしれん」

「いいや、こういう野蛮な犯行は男が犯人って相場が決まってるんだぜ?女の場合は毒よ!やっぱ」

「だんなの飯に毎晩ちょっとずつってやつか」

「おめぇ気をつけろよ。夜遊びのし過ぎで、ここんところ早く帰ってねぇんだろ。そろそろ恨みが溜まってるはず。今日あたり、晩飯に毒を仕込まれてるな。間違いねぇ」

「やめろよ……」

「おお、びびってやがる。じゃあ今日はとっとと帰ってやれよ」

「ええ……、マリーちゃんに今日も会いに行くよって約束したんだが」

「マリーちゃんとは俺らがよろしくいってやるからよ!」


そう言って、おじさん連中は、どうやら所帯を持っているらしい無精ひげの男性の背中をばしばしと叩いている。


そんな子供の死亡という重い話題の会話をして、さらにお年寄りの死亡事故の話にまで話題は波及し、収拾のつかないまま休憩は終わった。僕は午後の仕事の大変さを思って、気合いを入れ直した。





日が傾いたころ、お疲れさまでしたと挨拶をして僕は家路につく。行き先は家ではなく宿だけど。


今日も疲れた。疲れたけれど、職場の人たちは気が良い人ばかりで、大変ではあるけれど働きづらいということはなく、僕は、この仕事を見つけられた幸運を天に感謝する。また明日も頑張らねば。


他愛もないことをつらつらと考えながら、昨日と同じ道をぶらぶらと歩いていると、ふと、剣の素振りの練習とは、本当に素振りだけするのだろうか、という考えが頭をもたげた。そして、そう思いついたら、確かめに行くのもいいなと思った。ちょっとスタンを覗きに行ってみたい。覗いて、それからスタンと一緒に帰るのもいいなと思った。


そう思いついて、スタンのいる方へ行こうと足を止める。けれど、そういえば彼はどこで素振りの練習をしているのだろうと思い至る。


僕は、生憎スタンからその場所を聞いていなかったことに気付き、仕方なく、宿に戻ったら聞いておこうと頭の片隅に入れておく。


また、教会の見える通りに来たとき、夕闇の迫る中、女の子たちが僕に背を向けて肩を寄せ合っているのが見えた。昨日とは違う女の子かもしれない。


楽し気におしゃべりに興じている。可愛らしい声でくすくすと笑い合っている。


僕はなんとはなしに、つい彼女たちに近づいて声をかけてしまった。


「あの、えっと、噂を知ってる?」


僕が言葉を発した瞬間、女の子たちがぴたりと会話を止めた。


水を打ったような静寂。


周りにたくさんの家路をたどる人たちがいるのに、何故か周囲の喧騒が遠ざかったように感じられた。


奇妙な沈黙が、僕と女の子の周囲にわだかまっている。彼女たちは、止まったまま動かない。僕からは顔が見えない。


「ごめんね、急に話しかけて……」


僕がおどおどしながら言葉を続けると、女の子たちが僕の方に振り向いた。


四人の視線が僕に突き刺さる。


彼女たちの顔を見たとき、僕は奇妙な感覚にとらわれた。その理由はなんだろうと、僕は思った。

そして、気付く。


彼女たちは、顔形から髪型服装背丈年齢までそれぞれ違うのに、その表情が全く同じだった……。


光のない八つの目が僕をじっと見つめている。


一種独特な、共通した雰囲気を目の前の女の子たちは纏っている。秘密の共有者だけが醸し出すあの雰囲気を。


彼女たちは僕を見て、くすくすと笑う。それはかそけき声。


「なあに?噂ってなあに?」

「知らない」

「知らない」

「あなたはだあれ」


そういって少女たちは逃げ出した。手を繋ぎ繋ぎ駆けていった。


笑い声だけをあとに残して。


長い影をつれて彼女たちは路地に走り去った。


僕らのやり取りを気にするものはいなかった。みんな、家へと、宿へと、飲み屋へと、それぞれの道を歩いていて、こっちを見ている人はいなかった。


いや、見ていた。


僕は見られていた。


すぐに僕は気づく。通りの角に、知らない女性の後ろに、柱の陰に、ちらちらと、ちらちらと、女の子たちがこちらを窺っている。


そして、僕が、彼女たちの視線に気づいたと知ると、蜘蛛の子を散らしたように、三々五々一斉に駆け出していくのが見えた。


あとに残された僕にはどうすることもできなくて、そのまま宿に帰った。


スタンはまだ帰らない。



******



二人が男爵邸を抜け出して、しばらく後のことだった。


一人の男が屋敷の正門と屋敷の正面入り口とを結ぶ道に立っていた。


くすんだ金髪に青い目をしたその男は、一見すると童顔で細身の頼りない男に普段は見えていた。しかし今は、その優しそうな目元には緊張感が滲み、口元は厳しく結ばれている。そして、見た目の物腰の柔らかさとは別の、物々しい雰囲気を纏っていた。


男は崩れ落ちた屋敷をじっと見つめながら、頭の中で起きたことを組み立てようとしていた。


「残された気配から察するに、この事件に関与している外部の者は二人だ。一人ではない。もしかしたら三人かもしれないが、せいぜいそれくらいだろう。一つひどく曖昧な気配があったが、すぐに消えた。屋敷の倒壊のせいで、これ以上は探れない」


誰にともなく独り言のように男が言葉を紡ぐ。


すると、どこからともなく応えの声が届く。


「我々のほかに監視している者の可能性も?」

「不明だ」

「でも、どうやって?ここに近づける者はこの町には残っていなかったはず。”影法師“に対抗できる者など、言うに及ばない。なのに、突然エドガンは消滅した。跡形もなく」

「そうだ。貴重な観察対象は屋敷とともに消え去ってしまった。そして、それは影法師に対抗しうる者が現れ、倒したということだ」

「冒険者協会からは、もうここしばらく誰も派遣されていません」


別の声が届く。


「協会を通さずにここへ来たのはなぜか。金も入らないのに、自ら危機に飛び込むなど、崇高な精神の愚か者なのか、それとも何かそうせざるを得ない理由があったのか」

「やっかいな男を処分してくれたことだけは感謝しておこう。あの程度の精神力のくせに三年も居座り続けるとは、想定外だった」

「そのおかげで、まぁまぁ情報は手に入れられました」

「”庭師“の女よりも」

「庭師は完全に監視対象外でした」

「庭師を倒した者との関連は?」

「不明だ。それなのに、みすみす逃してしまうなど」

「仕方ない。まだ探せばどこかに痕跡は残っているはず。人員を確保して、できるところから始める。それから、町の方へも人を回せ。まだ居るはずだ。可能ならば、あれを倒した何者かを、この町から出て行かれる前に確保したい」

「今用意できる人数は多くありません」

「かまわない。出来る範囲でやれ」

「わかりました」

「生半可な精神力の持ち主では、近づくことすら叶わない。中に入るのにも篩にかけられる。それを突破し打ち倒す者など……。予言との関連は?」

「不明だ。急げ。ことは急を要する」


そう男が言うと、周囲から気配が去った。金髪の男は、それから一人で、残された手掛かりを求めて無人の屋敷の敷地内を歩きはじめた。



※後半の会話部分はこの先の展開の布石なんですけど、もしかしたらここ以外も含めて一部こっそり書き直すかもしれません。かなり遠い先の展開に関係してくるんですけど、まだどういう展開にするかを完全には決めきれていなくて、数パターンで悩んでいます。私はライブ感だけで書いている。

人間の登場人物が出そろうところまでがプロローグみたいなもので、プロローグだけで30万字くらいったらどうしよう。

仕事でメンタルがやられたら更新ストップします

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