第17話
翌朝、いつものように朝を過ごし、僕らは再び冒険者協会の扉を叩いた。
今日こそ仕事を見つけるためだ。日をまたぐ金銭的余裕はないので、僕らは即日できる仕事から探す。
スタンは力仕事の中で一番給金の高いものを選んだ。一方、僕は報酬が安くとも安全で自分にできる軽作業の仕事を選んだ。本当に、日によって張り出される仕事が違うのだ。
スタンは町の北部には近づかないように注意すると自らの仕事へと赴いていった。
スタンが僕に気遣いを見せたのはその一度だけだった。初日、僕が無事に仕事を終えられたのを見て、二度は同じことを言わなかった。
初日の僕の仕事は、簡単に言えば、倉庫内の清掃だ。倉庫内の荷物や在庫が捌けたタイミングで、大掃除をする人材として駆り出されたのだ。荷物の移動、清掃と軽作業ではあったが十分肉体労働で、僕にはなかなかの仕事量だったが、無事にやり遂げることができた。
スタンは教会での仕事だという。この町の教会も大きい建物だった。町のどこからでも、その建物の一部は必ず目に入った。由緒ある建造物らしく、そこそこ老朽化しているようで、一部古くなってしまった部分の修復があり、その作業の臨時手伝いだという。
その日の夕方、スタンが僕に遅れて宿に戻ってきた。いつもより遅い夕食を食べながら今日あったことをお互いがどちらともなく話し出す。スタンが僕に遅くなったことを詫びたが、どうやら初日から持ち前の筋肉と忍耐強さ、そして人当たりの良さのおかげで、向こうで大活躍だったようだ。
その可愛がられっぷりはすごいものだったようで、帰りに飲みに誘われたのをなんとか断って帰ってきたのだとも教えてくれた。僕は、気にせず飲んでくればいいのにと言ったけれど、困ったように首を振るだけだった。内心ではとても嬉しく感じているのが、報告時の声の調子からすぐに察することができた。自分のことでもないのに、話を聞いて僕はなんとなく鼻が高いような気がした。
次の日、スタンは四日間の短期の仕事だったので、冒険者協会を経由することなく朝早くに昨日と同じ場所へ出かけていった。
僕の昨日の仕事は、一日だけの臨時の仕事だったので、再び冒険者協会へ向かう。
二日目の僕の仕事は、老夫婦の営む小さな商店の後片付けにした。他と比べて報酬金額が安いからだろう、昨日も張り出されていたのを覚えている。倉庫作業と後片付けとどっちにするか悩んで昨日は倉庫作業にしたのだった。僕は、この仕事を誰と特に取り合うと言ったこともなく、スムーズに手続きに移ることができた。
すぐに、僕がドキドキしながら軽作業の現場に行って書類を手渡すと、依頼主が驚いていた。もう誰も来ないと諦めていたらしい。依頼主はおじいさんとおばあさんの二人組だった。僕は少しだけ苦い記憶が蘇った。
僕らは簡単な挨拶を済ませ、作業に取り掛かる。街角にひっそりと建つその店は、外観から時代を感じさせるものだった。長い間、二人で頑張ってきたのだろう。店内のいたるところに、彼ら夫婦の思い出が刻み込まれているようで、作業の合間合間に交わされる二人の会話から、思い入れの強い場所なのだということが分かる。僕は作業の合間合間に彼らのする話に相槌をうった。
話してみると二人はとても気さくで優しかった。あまりに報酬が安すぎるために、今日まで誰からも応募が無かったらしく、僕が依頼を受けたのは掲載を取り下げようと思っていた矢先のことだったそうだ。そのおかげもあってか、力仕事に右往左往する僕に優しく声をかけて応援してくれた。
休憩時に、どこから来たのかといったことや、僕の家族はどうしているのかといったことに対する質問が出た。僕は天涯孤独だけれど、今は一緒に旅をする仲間がいるのだというと、彼らは喜んでくれた。人生は一人でいるには長すぎるからと。
僕が彼らにどうして店じまいをするのかと質問すると、息子夫婦が彼らを別の町に呼び寄せたからなのだと話してくれた。今、この町はとても危険なんだよ、と彼らは外から来たばかりの僕に親切に教えてくれた。
僕は知っていたけれど、知らぬふりをして、どういうことですかと尋ねると、領主様にご不幸があってから町が少しずつおかしくなったのだと答えてくれた。詳しい話はよそ者につぶさには語りづらいのだろう。適当に濁しながら、ちょっとずつ詳細が語られた。昨日すでに聞いたことだった。
そんな中、耳新しい話もあった。
ギリアム男爵の治世についてだ。明確な非難の言葉は無かった。ときには褒める言葉もあったが、言葉の端々から少し不満が漏れ出てきているのが分かる。曰く、今の領主に代替わりしてから、税金が増え、義務が増え、慣習が変わり、様式が変わり、色々なことがちょっとずつ変わり、町が住みづらくなったのだということらしかった。
話の流れで、エドガンとギリアムはそっくりな双子だったということもわかった。これは昨日の話にはでてこなかった。
彼らは、知恵も力も体格も考え方も判断力も性別も同じ。唯一違っていたのは、名前だけ。それぞれに微妙に得意不得意は違ったかもしれないが、総合すればほぼ同じような能力であった、というのが町の大方の意見だそうだ。
だから、エドガン様が男爵位を継いだ時、ギリアム様はおもしろくなかっただろうと、夫婦は語ってくれた。ありそうな話だ。
兄という目の上のたん瘤がなくなり、自分のやり方で領地を治めてやろうと思ったのだろうと、彼らは言う。そのせいで、自分たちには逆に暮らしにくい町になってしまったと。だから、私たちはこの町から出ていくのだとも教えてくれた。
二人のとめどないお喋りに付き合いながら、僕はなんとか仕事をこなし、帰路についた。
この日もスタンは大人気だったようだ。一日にあったことを楽しそうに話してくれた。
僕もスタンに老夫婦がとても親切で楽しく仕事を終えたこと、彼らが非常におしゃべりな人物だった話をする。それから彼らに聞いた話も。似た話題は、スタンの職場でも出たそうだ。語られた内容は大差なかった。ギリアム男爵への小さな不満と町の異変。
次の日も僕らは仕事に出掛け、夕暮れに戻った。それから、一日の話をして眠りについた。
さらに翌日。
僕はスタンを見送る。
スタンが僕に一時の別れを告げて一足先に職場へと向かう。その足取りは軽い。
奇妙に歪んで、不思議と傾いて、いやにジグザグした通りを、スタンは軽快に歩いていく。スタンは、ねじくれても、曲がっても、いびつでもない。長い脚を規則正しく動かして、まっすぐに進んでいく。
見送った後で、僕は冒険者協会へ通いなれた道を行った。行った先で、僕にできそうな仕事は無かった。少しの無力感に苛まれながら、僕は宿に戻ると、軽い運動をこなしながらスタンの帰りを待った。
夕方になった。ふと思い立って、僕はスタンの帰りを宿の外の通りで待つことにした。一日することがなくて、暇すぎたから、気分を変えるためと、今日一日何もしていないというちょっとの罪悪感からだ。それに、今日は四日目で短期の仕事の最終日。スタンは疲れて帰ってくるだろうと思った。
きっとスタンは、わざわざ外で帰りを待っている僕の姿を見て笑うだろうと思った。
僕がぼんやり夕日を眺めていると、子供が夕闇迫る路地で遊んでいるのが目に入った。幾人かが、楽し気にはしゃいでいる。僕の知っている遊びをしている。石を蹴って駆け出して。じゃんけんをして飛び跳ねて。
三百年たっても同じ遊びが残っているんだと思った。
男の子がはしゃいでいる。目まぐるしく彼らは駆け回る。甲高い声があがる。長い影が伸びる。
夕日に照らされて、彼らの影が長く伸びる。伸びる。伸びる……
はっとして、顔を上げる。
男の子と目が合う。
一人ではなかった。
一斉にこっちを見ていた。
男の子たちのたくさんの目と僕の目が合う。
みんな僕を見ていた。
声もなく。感情もなく。
光のない深い淵のような眼が、僕を見ていた。
じぃっと、無感動に。
彼らは動くのをすっかり止めていた。置物のように。
ただ、傾いていた。
ただ、歪んでいた。
ただ、折れ曲がっていた。
ただ、ねじくれていた。
そして。
一人が笑い出した。けたけたと。
そうすると、それにつられて他の子どもたちも一斉に笑い出した。
げらげらと。
高く低く、彼らの笑い声が通りにこだました。こだまは僕の耳に届き、不思議な余韻を残した。
それから、子供たちは僕の周りで円く輪になる。笑いながら回り始める。
家々が通りに斑の影を落としている。その上を子供らが躍る様に回っている。僕を中心にして、ぐるぐると。
そして、突然。
彼らは走り出した。一人、また一人と。どこかへ向かって走り出した。
僕にはわかった。
北へ。
追いかけるつもりは全くなかった。スタンとの約束があったから。
僕は彼らを見送った。どうしようもないから。
そして、不安になって僕は部屋に戻った。
日が沈んだ。赤い夕陽が地平線に溶けて消えた。
スタンは帰ってこない。
仕事の最終日。だからきっと四日間一緒に過ごした人たちと仲良く飲みにいっているのだろうと思った。とても気に入られている風だったから。
僕は一人で晩御飯を食べた。
ベッドに腰かけて待つ。
外はもう夜で、窓からは何も見えない。
少しずつ増す不安。
まさか。
夜の鐘がなる。
もう寝る時間だと言うのに、スタンは帰ってこなかった。
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