長い眠りの後で

たろう

第一章 出会い

第1話

※自分は面白いと思ってるんですけど、五話とかまで退屈かもしれません。


ゆっくりと目を覚ます。深い眠りから覚めたように、すっきりとした目覚めだった。もし、晴れた朝だったなら、そのまま飛び起きて朝の身支度に何の憂いもなく取り掛かれそうな、そんな心地よい目覚めだった。


けれど、目を開いたはずなのに、目に見えるのは暗闇以外には何もなく、自分が本当に目を開いているのか、それともいまだに閉じているのか、にわかには判然としなかった。


だから僕は、馬鹿馬鹿しくはあるが両手で自分の顔を触り、指先で自分の目が位置するはずの場所をなぞって、本当に目が開いているのかを確認しなくてはならなかった。


そうすると、徐々に頭が働き始める。少しずつ。自分に起こった出来事を、思い出し始めた。

思考が急速に活性化し、頭の中をいろいろのことが一足飛びに駆け巡って、そして……。


そして、僕は一つのことを思い出すに至った。


「ああ」


と吐息のような声が口からこぼれた。それはひどく掠れていて、さながら長い間大声を出した後のような、喉がひりつくような感覚があった。


それと同時に、僕はとめどなく涙をこぼすのだった。温かい雫が目からあふれ、顔の両側、耳の付け根へと流れ落ちた。


ただ、悲しかった。


どうしようもないことが、ほんとうにもうどうしようもないほど過去へと流れ、もう何物にも触れることができないのだと理解した悲しみが、僕を絶望の淵へと追いやったからだ。


嗚咽は、しかし声にはならず、ただ掠れた息だけが口からとめどなく零れ、僕はそうして自分が涙に溺れてしまうのではないかと思った。


両手は僕の顔を多い、どうにもならない現実に耐えるように、その苦痛を別の痛みでもって紛らわせるように、強く強く顔へ爪を立てた。


痛みは痛みでしかなく、僕のこの悲しみを少しも和らげてはくれなかった。ただ痛みだけが、現実を僕に痛みとして実感させてくれるのみだった。この痛みのために死ねたならと、ひどく感傷的で子供じみた考えが脳内の大半を占めていた。


そうして、僕はまた知らぬ間に眠りに落ちた。




泣きながら眠ったからだろうか、二度目の目覚めはあまり快適なものではなかった。頭がいささかぼんやりして、じっとりと汗をかき、悪夢から目覚めたときのような嫌な倦怠感が全身にわだかまっていた。


このまま、死んでしまいたかった。死んだら向こうへ、母のいるところへ行くことができるだろうか。


でもそれは許されないのだと思った。僕が生きることこそが、母の願いだったから。


僕は、小さい子がどうにもならなくてイヤイヤするように、現実を受け入れがたい心持を抑えるのにひどく苦労して、やっと起き上がることができた。


静かだった。ほとんど空気の流れもない。


かすかに自分の着ている服の衣擦れの音が耳に届いた。


そして、ここから出なくてはと唐突に思いついた。


暗くて周りが見えなくても、記憶の中の自分のいる場所を思い出し、どのように移動すればよいのかはわかっていた。


だから僕はゆっくりと自分が横になっていた台座から起き上がると、両足を移動させ、ただしく地面へと足をつけた。二度三度地面の硬さを確かめてから、両足に力を込めて立ち上がる。問題なく立ち上がることができた。


それから僕は、自分の右側へ体の向きを変えると、少しずつ慎重に移動した。躓いたりしたら大変だ。両手を前に伸ばして、いつでも扉へぶつかってもいいように構えながら、二歩三歩と歩みを進める。


すぐに、指先に硬いものが触れる。たしかに記憶の通りそこに扉があった。僕はその扉に魔力を込めた。


しかし、動かない。


魔力を籠めれば開く、そういう作りだった。おかしい。


もう一度、今度はもっとたくさんの魔力を流し込む。


動かない。


僕は少しだけ焦った。本来なら、わずかな魔力で容易く開かれる扉だったはず。つまり、何か、機構に問題が起きて上手く作動しなくなってしまったのだろう。


これはまずいと思った。


せっかく目覚めたのに、これでは外に出られずただ死を待つだけになってしまう。何のために眠りについたのかわからない。


仕方なく、僕は原始的な方法、つまり力任せに開けることを決めた。


両手を扉に垂直にたてて、軽く力を籠める。


動かない。


当たり前だ。ここは石室。その扉もまた石できていたから、きっと重いはずだ。


それに、あれからどれだけの時間が流れたのか分からないから、もしかしたら外が崩れて土砂にうまったとか、何か障害物が扉をこちら側に押しているせいで開かないのかもしれない。


そう思うと僕はますます焦ってしまって、なんとか開かないかと、両腕に徐々に力を込めていくと、それは、最初はうんともすんとも言わなかったが、反発しながらもわずかに開く気配があった。


もう少し強く。


僕は体勢を変え、両手ではなく右上半身を扉に預ける形になって、全身に力を込めて扉を押した。


はやる気持ちと裏腹に、扉はもったいぶるようにちょっとずつしか動かなかった。それでも、動くということは外に出られるということだ。


僕は二度三度と休憩を挟み、掛け声とともに勢いをつけて思いっきり扉を押した。ゆっくりと扉が開いていくのがわかる。両脚に精一杯の力を籠める。


光が、薄い隙間から漏れ始めた。


柔らかな空気の流れが肌に感じられ、それと同時に外から音が小川のように、そして、扉の開きに合わせて、洪水のように押し寄せてきた。


僕は早鐘を撃つ心臓に鞭打つように、休む間もなく扉の隙間から転がりでた。


辺りは森だった。


驚きにぼうっとしている僕の全身を柔らかな風が包んだ。


暖かな木漏れ日が地面に美しい濃淡を生み出している。緑の世界。濃い草木の息吹が僕の鼻腔をくすぐった。


思い切り息を吸い込むと、爽やかな香りと自然の精気が肺を満たした。


素晴らしい。柔らかな土の感触も心地よかった。


けれど、ふと気づく。


ここに森なんてあっただろうかと。確か、ここは集落の外れの崖下で、木々は燃料や建材にするために切り倒され、開けた土地だったはず……。


いったいどれだけの時間僕は眠っていたのだろうと、先ほどの疑問が首をもたげた。


そうして自分の考えに沈み始めたとき、近くで人の声がした。


全然周囲に気を配っていなかった僕は飛び上がるほど驚いて、その声の方へ顔をとっさに向けると、そこには腰を抜かしたように、地面に這いつくばる老婆の姿があった。


ああ、あ、と驚きに声にならない声をあげ、両の目は限界まで開かれている。髪はすっかり白くなり顔もしわだらけの高齢の女性だった。もうだいぶ高齢なのだろうけれど、見開かれた青い目は、曇りなく澄んでいて、子供の目のようにキラキラと輝いていた。


僕は、極力彼女を刺激しないようにゆっくりと近づいて、大丈夫ですかと声をかけた。できれば笑顔も浮かべて敵意がないことをアピールしたかったけど、知らない人に表情を取り繕えるほど僕は愛想の良い人間ではなかった。


僕の言葉に女性がはっとして起き上がろうとする。どうやら腰が抜けてしまったようでそれは上手くいかないようだった。


僕が一歩一歩近づくと、彼女はお尻を擦るようにしながら後退った。


「驚かせてしまいすみません。大丈夫ですか?」


僕はできるだけ優しく聞こえるよう声音を調節しながら、再度声をかけた。


彼女はそこで僕の言葉の意味が分かったように、大きく頷き、そして大きく頭を横に振った。


酷く混乱してしまっているのだろうと思うと、これ以上近づいて怖がらせてもいけないと思った。


だから僕は静かにしゃがみ込んで視線を低くし、なるべく視線の高さを揃えようと思った。怯えた子供をあやすときの要領だ。


「お怪我はありませんか?」


僕が高めの声でゆっくりと声をかけると、お婆さんは神様……と何か大きな勘違いからくる言葉を零した。


いやいやいや!なんで?


「……違いますよ」


僕はそう言ったけれど、お婆さんは急に土下座の体勢をとって地に伏してしまった。


どうしたものかとあたりを見回すと、僕が出てきた石室の扉のあたりが祭壇のように祭られているのが目に入った。


石室の石扉が倒れて、その祭壇を破壊してしまっていたけれど、残った部分から推察できた。


なるほど……。


どこかから摘んできたのだろう野の花と、何かお供え物が地面に散らばっていた。出てきたとき全く気付いていなかった。よく見ると、おばあさんの足元にも、摘んできたばかりの花が散らばっている。


僕は盛大な勘違いをしているお婆さんに慌てて、でもできるだけ音はたてないように気を配りながら近づくと、その小さな両肩に手を置いた。


「違いますよ!僕はただの人間です!」


「神様!」


彼女ははっとして顔を上げると、僕の顔をまじまじとみて、そして恐れ多いというように驚愕の表情を浮かべて再び地に額をこすりつけるように、ますます頑なに畏まってしまった。


彼女の何か呪文のような、祝詞のようなものをぶつぶつ唱え続ける声だけが、森の中に溶けて消えていった。

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