第32話 七海の差入れ

 綿矢さんによる聖女様の救援依頼のおかげでクラスの士気が一気に上がったみたいだ。


 七時くらいにはクラスの全員が集まって作業に取り掛かっていたから、クラス委員が三枚堂先生と相談して朝のHRはいつもの教室ではなく、この作業をしている教室ですることになった。


 生徒が車座になって座って、その中心で連絡事項を話す三枚堂先生。


 なんだか、部活のミーティングみたいで俺もちょっとテンションが上がる。


「いい感じに仕上がってきてるじゃないか」


 HRの後、俺を廊下に呼んだ三枚堂先生。


「いえ、まだまだです。みんなが朝から集まってくれましたけど、予定よりまだ遅れてますから」

「そうじゃないさ。幹事を決める時はみんなの気持ちがばらばらだったのに今はいい感じにまとまってきてるじゃないかってことだ」

「それはきっと、綿矢さんがみんなに声掛けをしてくれたからです。綿矢さんの普段からの行いとか人柄とか、そのおかげだと思います」


 綿矢さんのお願いだからみんなこうやって協力してくれている。俺があんなメッセージをみんなに送ったところで来てくれるのは綿矢さんと伊緒くらいだ。


「俺はそれだけじゃないと思うけどな」

「言っときますけど、俺は雑用や庶務のようなことしかしてないですからね」


 今のうちに釘を刺しておかないと、変な実績が残るとまた厄介事を頼まれかねない。


「ねえ、龍君、題字周りの装飾ってこれでいい?」

「了解、すぐにそっち行く」


 俺はそれでは作業に戻りますと伝えて、伊緒の方に向かった。


 作業は以前から参加してくれていた人がパートリーダーの様になって、慣れない人に上手く手順を教えて、それを綿矢さん、伊緒、富樫が統括して、全体の統制を俺が執るという形で進められていった。


 徐々に作品は出来上がっていくのだが、時間が経てば当然みんなの疲労が蓄積して集中力の低下も起きてくる。三時頃には作業の手が止まる人も出てきた。


 完成まで道筋はもう見えている。あとは時間との勝負だな。


 ヴー、ヴー、ヴー


 少し長めの休憩を取らないといけないなと考えていると、スマホがバイブして着信を伝える。

 画面には七海姉さんからの通話を知らせる表示。


 いつもメッセージばかりなのに珍しいな。


 一度廊下に出てからもしもしと応えると、

『あっ、龍ちゃん、おつー』


 いつもと同じ調子お気楽な声が響く。


「何か緊急の用事?」

『緊急と言えば緊急かな。かわいいかわいい弟が頑張ってるみたいだからお姉ちゃんが差し入れを持って来たんだけど、運ぶの大変だから手伝って。今、学校の正面の駐車場にいるから。あっ、台車も忘れずに』


 そういえば、昨日そんなこと言ってたっけ。でも、運ぶのに台車が必要って何を差し入れに持って来たんだ。


 俺は足早に姉さんがいる駐車場に向かうと、我が家の車ではない黒のミニバンの前に姉さんとヒラソルのマスターが立っていた。


「姉さん、マスターも一緒ってどういうこと?」

「マスターもうちの高校のOBだから一緒に差し入れ持って行こうって」

「龍之介君だけじゃなくて雫ちゃんもいるし、三枚堂のクラスってのも何かの縁だからな。今日は奮発したのを持ってきた」


 白い歯を見せてピースをするマスターの姿はなんともアンバランスだ。


「マスターまでわざわざありがとうございます」

「じゃあ、龍ちゃんも運ぶの手伝ってね」


 姉さんがスライドドアに手を掛けて開けると、車の中には俺が想像していたお菓子の姿はなく、クーラーボックスや段ボール、大きなステンレス製のポットが積まれていた。


「姉さん、これって……」

「私たちからの差し入れ。ヒラソル特製BLTサンド、プリン、コーヒーとカフェオレ」

「これって、差し入れレベルじゃない気がするけど……」

「どうせやるなら本気ガチでやらないとな。あとは、美味いと思った人がうちの店に今度来てくれればそれでOKだ」


 とりあえず、駐車場でずっと話すわけにもいかないので、台車にクーラーボックスとサンドイッチの入っているダンボールを積む。


 台車を押す俺を先頭に姉さんとマスターが続いて校舎の中に入って廊下を進むと、当然ではあるが、めちゃくちゃ注目を浴びる。


 だって、大柄でスキンヘッドにサングラスをかけたマフィアが俺の後に付いて来てるんだから。


「ねえ、あれ何?」

「どこかのクラスのコスプレ?」

「なんか、すげー美味そうな匂いしない?」

「一年の金持ちがケータリング注文したらしいぞ」

「まじか、うちもピザでも注文する?」

「なあ、あのお姉さん、めっちゃ美人じゃない?」

「声かけても大丈夫かな」

「やめとけ、横のお兄さんに鯖折にされるぞ」


 思わず鯖折にされるぞで軽く吹いてしまった。

 みんな好き勝手なこと言ってるな。こうやって噂ってできていくんだろうけど。


「龍ちゃん、聞いた。めっちゃ美人だって」


 鼻を小さくぴくぴくさせながら鼻歌交じりに話す姉さん。


「あー、聞こえなかった」

「うそっ、絶対聞こえてたでしょ」


 同級生が自分の姉を口説いてる姿なんて見たくな光景ベスト10入り確実だろ。


 差し入れを運ぶなんて地味な役のはずなのに姉さんとマスターがいるだけで変に注目を集めてしまう。


「ところで、姉さん、俺が朝早く行くって綿矢さんと伊緒に言ったろ?」

「うん、やっぱり、やるならみんなを巻き込んでわいわいやった方がいいでしょ」

「みんなを巻き込んでって、じゃあ、綿矢さんがみんなに送ったグループメッセージも姉さんが……」

「当たり! 雫ちゃん性格よさそうだし、可愛いし、ああやってお願いすれば私の時みたいにみんな来てくれるかなって」


 綿矢さんが助けてくださいなんて普段言わないような気がしたけど、あれは姉さんがアイデアだったのか。


 悪戯が成功したようにニヤリと笑う姉さんを見ると俺も上手いこと転がされている気がする。


「姉さんが幹事の時もああやって、お願いしてたのか?」

「幹事だけじゃなくて生徒会長の時もそんな感じで上手くいったよ」


 まったく、コミュ力と愛嬌で上手く乗り越えるんだから恐ろしい。


「龍君、七海ちゃんの差し入れって何……」


 台車を作業中の教室の前まで運ぶとそこで作業をしていた伊緒がぎょっとした表情でこちらを見る。


 もちろん、その視線は俺の後ろにいるマスターに向けられているものだ。


「こ、こちら方はど、どちらの組の方だ?」


 病院に連れて来られた猫みたいにぷるぷると震える伊緒。


「こちらは姉さんのバイト先の店長さんで、うちの学校のOBでもあるんだ。それで、姉さんと一緒に差し入れを持ってきてくれたところ」

「七海さん、マスターありがとうございます」


 教室で作業していた綿矢さんも廊下に出てきた。


「綿矢さん、伊緒、姉さんたちが差し入れをたくさん持って来てくれたからみんなに休憩にしようって伝えて」


 これだけあるとプチ宴会だな。


 ●


 作業教室は今や出張カフェ・ヒラソルのようになっていた。


「プリン美味―い」「このコーヒー染みるぅ」「このクラスでよかった」「腹減ってたからマジありがたい」


 クラスメイトの上々の反応にマスターもにんまりとしているように見える。


 ただ、

「お姉さんはここの店で働いてるんですか?」

「ぶっちゃけ年下っていけますか?」

「シフトって何曜日ですか?」


 まさか本当に同級生が自分の姉に声を掛けてるシーンも見ることになるとは……。


「全然、年下もOK! でも、やっぱり、男の子はいろんなことを頑張ってるタイプがいいなと思うから、勉強や部活や今日の準備だって全力な人は素敵だと思うよ」


 姉さんの笑顔の返事に燃え上がる男子生徒の一部。

 お前らきっと騙されてるぞ。


 やる気に満ち溢れる男子生徒をよそに、姉さんはカフェオレのお代わりを女子生徒に注いで回り、

「今日は朝から大変だよねー。よかったらこれ、あとで作業やりながら食べてね」

 とチョコレートの包みも配っている。


 弟ながら家で見ることのない姉さんの立ち振る舞いにちょっと鳥肌が立つ。


「マスター、姉さんってバイトの時もあんな感じですか?」

「いや。仕事もあのぐらいやってくれると助かる」


 因みにだけど、この差し入れの一件で、丹下のバックにはヤバイ組織がいるらしいという噂が流れた。


 ― ― ― ― ―

 今日も読んでいただきありがとうございます。

 今年も一年お付き合いいただきありがとうございました。

 皆様からコメントレビューもお待ちしています。

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 皆様の応援が何よりの活力でございます。

 次回更新予定は1月1日AM6:00頃です。

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