第21話 雨、縮まる距離④(雫視点)

「お風呂もいただいて、家まで送っていただき本当にありがとうございます」


 私――綿矢雫は七海さんの運転する車の後部座席からお礼を言った。


 制服は乾いたけど、雨はまだ止まないし、地下鉄の方もまだ復旧していない。


 そんな状況を知った七海さんがそれなら車で送ってあげるよということになった。


 ちなみに丹下君はなんだか冷えるからお風呂に入ると言って一緒じゃない。


 玄関で見送ってくれた時も大きなくしゃみをしていたけど大丈夫かな。

 風邪とかひかないといいけど。


「こっちこそ、龍ちゃんと仲良くしてくれてありがとう。ほら、龍ちゃんって学校であまり友達いないでしょ」

「えっと……はい」


 丹下君は友達がいないというか、上手く気配を消しているというか、目立たないようにしているという感じ。必要以上に話さず印象に残るようなこともしない。


 ゲームなら名もなき町人というところで、次の町へ進んでしまえば記憶の中から消えてしまうような存在。


「昔はそれなりに友達もいたんだけど、いろいろあって、自分で友人関係全部切って、今みたいな感じだからね」

「そうなんですか」

「もともと人付き合いが苦手とかコミュ障ってわけじゃないからね。むしろ、私なんかよりよっぽど周りに気を遣うタイプかも」

「たしかに私と話している時は普通ですね」


 ボイスチャットを使っての戦闘中のやり取りや世間話だってコミュ障って感じはしない。


 むしろ、ゲーム中の様子を知っている人間からすると学校での姿に違和感を覚える。


 私も人のこと言えないけどね。


「周りとの関係を絶ってリセットしたのに、雫ちゃんと友達になったってことは、きっといい距離感なんだろうね」

「私も丹下君と一緒にいると居心地よくていつも助けられます」


 自分が自分らしく仮面を被らなくてもいい時間がゲームをしている時で、あの場所は私にとっても大事な場所。


 ゲームの世界で出会ったばかりの頃のタツは人馴れしていない野良猫みたいだった。こっちが近づき過ぎるとあっという間にどこかに逃げて行ってしまいそうな警戒心の塊。


 でも、その雰囲気がどこか昔の自分に似ているような気がしてほっとけなくてちょっとずつ距離を縮めて仲良くなった。


 きっと、最初の頃はテキストチャットでタツのタイピングがまだ早くなかったというのもあると思うけど。


 あれがゲームの世界じゃなく現実の世界でクラスメイトとして出会ったら絶対に仲良くなることはなかったと思う。


 仮想現実でモニター越しに出会ったからこそ今の関係に繋がっている。



 翌日。

 もしかしてという私の悪い予感は当たってしまった。


 始業開始の予鈴が響く教室に丹下君の姿がない。


 スマホを確認すると、

『今日は熱があるから休む。悪いけどノート後で見せて』


 私のせいだ。


 昨日の雨に濡れたせいで風邪をひいたに違いない。


 相合傘をしている時も私が濡れないようにさしていたから丹下君はぐっしょりと濡れてしまっていた。


 罪悪感で胸が締め付けられる。


 しかし、風邪をひくのを代わることはできないからやれることといえば、頼まれたノートを分かりやすく書くこと。


 そして『ノートは了解。大丈夫? かなりひどい?』と体調を気遣うメッセージを送ることくらいしかできない。


 授業と授業の合間の休憩時間にLINEを確認するけど、返事どころか既読すらつかない。

 きっと、寝ているのだろう。


 丹下君の様子が気になるけど、頼まれたノートをきちんと書かなくてはと授業にいつも以上に集中しているとあっという間に昼休憩になった。


『心配かけてごめん。熱だけだからすぐによくなると思う』

 朝のメッセージの返事が昼休憩になってすぐの時間に送られてきた。


 もしかしたら、寝ていただけじゃなくて、授業の邪魔にならないように時間を考えて返信したのかもしれない。


 まったく、病人なんだからそんな気を遣わなくてもいいのに。


 放課後になると、週末用の課題プリントを丹下君の机から回収して教室を出る。


 学校近くのコンビニでノートをコピーして課題プリントと一緒にクリアファイルに入れる。

 それと、お見舞いの品としてゼリー飲料とスポーツドリンクも買った。


 友達のお見舞いなんて行ったことがないから何を買えばいいかわからない。

 とりあえず、水分と栄養の補給をと考えた。


 コンビニを出て、昨日は二人で歩いた道を一人で進む。

 流石に昨日の今日なので迷うことなく丹下君の家にたどり着くことができた。


 インターフォンを一呼吸おいてから押す。


 ――病気なんだから無理をさせてはいけない。

 ――ノートのコピーとお見舞いの品を渡したらすぐ帰る。


 これからの自分の行動をイメージしながら玄関ドアが開くのを待った。


「あれ、雫ちゃん、どうしたの?」

「あっ、七海さん」


 丹下君が出て来るとばかり考えていたけど、病人なのだから出て来るはずがない。


「もしかして、龍ちゃんのお見舞い?」

「はい、私のせいで濡れてしまって、それで体調を崩してしまったんだと思います。すいませんでした」

「そんな謝らなくていいよ。雫ちゃんを濡らさないようにしたのも、家まで連れてきたのも龍ちゃんが決めてしたことだから」


 とは言っても罪悪感というかもやもやした気持ちは拭えない。


 返事に詰まっている私を見た七海さんは、

「じゃあさ、ちょっと龍ちゃんの様子見といてくれる? 私これからバイトなんだよね」


 たしかに七海さんの服装はこれから出かけるという様相でいる。


「よ、様子を見るって、何をすればいいですか?」


 人差し指を顎に当てて、首を傾けながらうーんと考える七海さん。


「呼吸の確認?」

「こ、呼吸の確認っ!?」

「あと、喉乾いてそうだったら何か飲み物を与えておいて」


 七海さんは、それじゃあ、あとは若い二人でごゆっくりと言って出て行ってしまった。


 ちゃんと話したのは昨日が初めてだけど、丹下君の突っ込みが鋭い理由がなんとなくわかった気がする。


 とりあえず、様子を見てと頼まれているので、昨日は入らなかった丹下君の部屋へと向かい、部屋の扉を優しくノックした。


― ― ― ― ―

 今日も読んでいただきありがとうございます。

 いよいよ、丹下君の部屋に二人きり……。

 ★★★評価、ブックマーク、応援、コメントよろしくお願いします。

 皆様の応援が何よりの活力でございます。

 次回更新予定は12月21日AM6:00です。

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