第5話 アイリスと雫

 コラボカフェが開催されている繁華街までは家の最寄りの駅から二駅と近い。

 待ち合わせ場所はファッションビルの正面入口だ。


 近くまで来たところで時間を確認すると、まだ待ち合わせの時間まで三〇分はある。入店時間が指定されているから遅刻しないようにと思ったがかなり早く着いてしまった。


 さすがにまだアイリスは着いていないだろうと思いながら、待ち合わせ場所に同年代の女の子がいないか確認する。


 んっ!?


 待ち合わせ場所にいる人たちを順に見ていき、三人目のところで俺は慌てて近くの柱の陰に隠れた。


「……マジかよ」


 どうしてこのタイミングでうちのクラスメイトが……。

 柱の陰からちょこっと顔を出して再度確認する。


 キャスケットを被って、いつもはしていないメガネを掛けているから一瞬スルーしかけたけど、綺麗な銀髪、整った幼さの残る顔立ち……。

 間違いない。綿矢さんだ。


 学校から比較的近い繁華街だから休日とはいえ、うちの学校の生徒がいる可能性は考えていたけど、まさかクラスメイトがいるとは。


 別にこれから悪いことをしようとしているわけじゃない。ただ、友達と待ち合わせをして遊ぶだけ。健全で有意義な高校生の休日だ。

 でも、今日の俺は姉さんが選んでくれたシャツに普段使わないワックスで整えられた髪型という普段の俺とは違う格好でいる。この気合いの入っているように見える姿をクラスメイトに見られるのはかなり恥ずかしい。


 ここはアイリスに待ち合わせ場所を変更する連絡をするべきか……。


 ブーンブーン


 ゲームの時に使っているチャットアプリにアイリスからメッセージが届いた。


『ちょっと早いけど待ち合わせ場所に着いたから待ってるね』


 なぬっ!?


 俺はもう一度柱の陰から顔を出して、待ち合わせ場所にいる人を確認する。


 ――っ!? そ、そんなっ。

 いない。綿矢さん以外に俺と同年代とおぼしき女の子が……。


 これはボイスチェンジャーおじさんの可能性が上昇だ。

 チャットアプリですぐに返信を送る。


『早いな。俺もすぐに着くと思う』


 そして、再度、待ち合わせ場所にいる人を見る。

 数秒後、スマホを見てキョロキョロと周りを見渡す綿矢さん。

 間違いない。アイリスは綿矢さんだ。


 先日、奉仕活動を手伝ってくれた時に声が似ているなと思っていたがまさかだ。


 しかし、どうする? 

 ここで俺がタツだとばれても大丈夫だろうか。もし、タツが俺だと知ってもアイリスは今までと同じように遊んでくれるだろうか。


 今ならまだこちらに気付いていない。

 このままアイリスに会わない方がいいんじゃないか。


 そんな考えが頭をよぎった時、

『ありがと。楽しみにしてる』


 アイリスを誘った時の言葉が思い出された。

 アイリスは俺と一緒に行くことを楽しみにしているのに全く声を掛けずに帰るのはさすがにまずいんじゃないか。


 気持ちを落ち着かせるために一度深呼吸をして、隠れていた柱の陰から身を乗り出す。


「うおっ!」


 一歩踏み出したところにニッと笑う綿矢さんが立っている。


「丹下君、こんなところで何をこそこそしてるの?」

「えっと、ま、待ち合わせ。友達と遊ぶ約束をしてるんだ」

「そっか、奇遇だね。私もこれから友達と遊ぶから待ち合わせをしていたところ」


 ん? ちょっと待て。

 どうして綿矢さんはいつもの丁寧な話し方じゃなくて、俺とゲームをしている時の話し方なんだ。俺がタツだってことはバレてないはずなのに。


「綿矢さん、もしかして……、いや、絶対、俺がタツだってわかってるでしょ」

「もちろん。というか、丹下君はずっと気づいてなかったの?」

「身バレしてるなんて思うわけないだろ」

「ちがう、ちがう。学校でずっと私がアイリスだって気付いてなかったでしょ」


 目を細めながら口を尖らす綿矢さんはいつもより幼く見える。


「だって、まさか同じクラスにいるなんて思わないから」

「そう? 私は入学してすぐに丹下君がタツじゃないかって思っていたけど」


 そんなに前から気づいていたのか。俺が綿矢さん=アイリスかもしれないと思ったのが数日前だってのに。


「マジかよ!? どうしてそんなにすぐにわかったんだ」

「クラスで自己紹介した時に先生がくじで順番を決めたでしょ」

「ああ、あの時は運が悪くて俺は一番最初だったんだよな」

「そう、その時に今みたいに「マジかよ」って呟いたのを聞いてね」


 まさか口癖から身バレしていたとは。


「そんなに癖があるか?」

「うーん、すごく癖があるというよりも、いつもゲームをしながら聴いていたってのもあるかな。あと、これは偶然だけど、丹下君が休憩時間にスマホでチャットアプリを操作しているのをたまたま見ちゃって」


 チャットアプリではゲーム内で俺とアイリスが所属しているギルドのメンバーと情報交換をしたり、一緒にボスの討伐に行く予定を調整したりするときにも使っている。


 障子に目ありじゃないけど、自分の周りにいる人がゲームの中の知り合いってことは意外とあるのかもしれない。


「それで確信したってわけか」

「うん。でも、偶然でも見ちゃったのは悪いと思ってる」


 すまないと小さく頭を下げる綿矢さん。


 狭い教室の中で生活をしていれば、意図せず他人のスマホの画面くらい見てしまうことはいくらでもある。それに学校でスマホを使っている時は誰かに見られて不味いものなんか見てないからそんなこと気にしない。


 そんな些細なことでもこうやって謝る姿は学校で聖女様と呼ばれている綿矢さんのものだ。

 でも、話し方はいつもゲームをしている時のアイリスのそれだから俺の脳がこの状況に追い付いていかない。


 ただ、不思議と学校では綿矢さん相手にこんな風に自然に話をすることはできないのに彼女がアイリスだとわかったら自然といつも一緒にゲームをしている時のように話すことができている。


「ん? んんん?」


 頭上にはてなマークを浮かべながら俺を見る綿矢さん。

 顔に何か付いているのだろうか。


「な、なに?」

「もしかして、私が学校と全然違うから困ってる?」

「俺の表情からそれを読み取るとはエスパーか」


 ただ、そのエスパー的な力を発揮するために距離を縮めてこちらを見つめると、俺の心臓が必要以上に忙しく働くことになるからやめて欲しい。


「エスパーってわけじゃないけど、当然かなと思って」

「困ってるというより驚いてるに近いかな。学校とゲームの時じゃ別人みたいだから」

「学校では猫被ってるから。でも、丹下君だって違うよね」


 聞いたかクラスの男子諸君、みんなが崇めている聖女様はどうやら偽物らしいぞ。


「そうか?」

「学校だと背景の一部に溶け込んでるけど、ゲームをしてる時は私にツッコミを入れてくるでしょ」


 なんでだろう。他人に自分のことを背景だって言われるとちょっと凹む。


「それは学校でツッコミを入れるような友達がいないだけで……、ってナチュラルに存在感がないってディスらないで、事実だけど」

「学校以外に友達がいるなら学校でぼっちだっていいと思うけど」

「じゃあ、替わる?」

「いいね。貴重な休憩時間に行きたくもないトイレに誘われて、笑顔で一緒に行くのも大変だから」


 今度学校でその場面に出くわしたら思わず吹き出してしまいそうだ。


「聖女様も大変だな」


 この言葉を聞くと、綿矢さんは腕を組んで口をへの字に曲げるとジト目でこちらを睨んだ。


「誰が言いだしたのか知らないけど、そういうのって困る。こっちはそのつもりがなくてもその名前がこっちを縛ってくるでしょ。一種のしゅだよ」


 どうやらこの二つ名は地雷だったみたいだ。


「そ、そうかな。聖女様ってファンタジー小説に登場するみたいで可愛らしい気がするけど」

「んぐっ、か、可愛いとか、そういうのじゃなくて――」


 さっきまで組んでいた腕を解くと今度は両手の人差し指同士をつんつん合わせる綿矢さん。


 ここでこのまま綿矢さんがヒートアップして話し続けては目立つというか、周りの目が痛い。

 冴えない陰キャ相手に美少女が騒いでいる姿を見られて、通報でもされたら大変だ。間違いなく事案発生でお巡りさんの厄介になってしまう。

 少し早いがコラボカフェの近くに移動した方がいいな。


― ― ― ― ―

 今日も読んでいただきありがとうございます。

 明日は短い話ですが短編版にもない新作部分になります。お楽しみに!

 ★★★評価、ブックマーク、応援、コメントをお待ちしています。

 皆様の応援が何よりの活力でございます。よろしくお願いします。

 次回更新予定は12月5日AM6:00です。

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