第2話 聖女様と奉仕活動(前編)

 アイリスをコラボカフェに誘った(誘われた?)日の翌日の学校。


「やっぱり、放課後になるとぬるいな」


 手洗い場の水で顔を洗った俺はポケットから取り出したハンカチで滴る水を拭う。

 この水がもう少し冷たかったら眠気も一緒に洗い流せるのにとため息を一つついた。


 眠気の原因は昨夜遅くまでゲームをしていたからじゃない。

 ゲームは適度な時間で切り上げてベッドに入ったのになかなか寝付くことができなかったからだ。


 アイリスと遊びに行くけど、遊ぶって何をしたらいい?

 それに服とかどうする?


 平日は学校と家の往復。休日は家に終日引き籠っているか、出かけても一人で近所の本屋がいいところだ。


 友達と遊びに行くなんてことをしてこなかったから何をすればいいか、どんな服を着て行けばいいかわからない。

 さすがにいつもの緩いスウェット姿で行くのはまずいということぐらいはわかるけど。


 あまり気は進まないけど、姉さんに聞いてみるか。背に腹は代えられない。

 顔を拭った後のハンカチで手を拭きながらそんなこと考えた。


 教室の自席まで戻ると自席を含めて十人分の机に積まれているプリントの山を見てあらためてうんざりする。

 このプリントは今後の授業で使うもので、それを授業中に居眠りを連発してしまった俺が奉仕活動として、まとめてホチキス留めをしなくてはいけない。

 罰と言うと角が立つからって奉仕活動なんて言い方をしているけど、やってることは一緒だよな。まあ、居眠りした俺が悪いのだけど。


 俺が陽キャなら一緒にやればすぐに終わるねなどと声を掛けてくれる友達がいるだろう。

 しかし、ぼっち生活邁進中の俺にそんな友達はいない。


 ぼっちでいることに慣れているけど、ぼっちが好きなわけではない。

 だから、ゲームの世界に居場所を求めて、そこで出会ったアイリス達とは楽しくやっている。


 さて、やるか。


 プリントを一枚ずつ取り、整えてホチキス留めをしようとしたとき、

「丹下君、それを一人でやるのですか」


 誰もいないと思っていた教室で声を掛けられて思わずビクッとした。


「わ、綿矢わたやさんか、びっくりした」

「驚かしてすいません。それにしても、三枚堂先生もこの量を丹下君一人に任せるとは酷いですね」


 同じクラスの綿矢雫わたやしずくが、さらさらとした銀髪を揺らしながら静かに教室に入ってきた。

 銀髪に碧眼と日本人離れした可愛らしさに加えて表情が豊かで朗らかな雰囲気からいつも周りには友達がいて、一部の生徒からは聖女様なんて呼ばれている人気者の美少女だ。

 もちろん、入学当初から男子生徒にも人気があって、上級生がわざわざうちのクラスまで彼女を見に来るなんてこともある。

 つまり、俺と違って学校生活を謳歌しているカーストトップのリア充な人物だ。


「しょうがない。居眠りしてたのが悪いから」

「ですが、これ学年全員分ですよね。今日中に終わりますか」


 小さく頭を横に傾けながら聞く綿矢さんの姿は幼さとクールさが同居していて不思議な魅力がある。


「終わるかどうかわからないけど、やらないことにはどうにもならないから」


 さあさあ、同情するだけならさっさと帰ってくれ。けっこう本気で急がないと終わる気がしないから。

 そういえば、テストも終わったってことで、クラスのリア充どもはカラオケに行くとか言っていたな。早くそっちに行かないと出遅れるぞ。


 俺が最初の一組目をホチキスで留めて二組目のプリントを一枚ずつ取り始めると、

「これ、使いませんか? 一枚ずつ取るの大変ですよね」


 こちらの行く先を塞ぐように立った綿矢さんがポケットから取り出したのは、本やプリントを捲ったりするときに使う指サック。それも袋から出したばかりの新品だ。


「えっと、俺に? いいのか」

「はい、これを使えば作業が早く進みますから」


 綿矢さんから指サックを一つもらって装着する。


「……ありがとう」


 これって後で新しいものを買って返した方がいいよな。肌に直に触れるものだし、俺の汗がしみ込んだものなんか返されても困るだろう。


「さあ、どんどん作業を進めて早く終わらせましょう」

「へっ!?」


 作業を再開しようとした俺が振り返ると俺と同じように指サックを装着した綿矢さんが最初の山からプリントを取っている。


「どうかしましたか」

「どうして綿矢さんが?」

「一緒にやった方が早く終わりますから」

「だけど、これは俺が授業中に居眠りしたからやらされているだけで」

「でも、一人でやれとは言われてないですよね」

「そりゃそうだけど……」

「それでは、私が手伝っても大丈夫ですね」


 綿矢さんはそう言うとニッと笑って、二つ目の山からプリントを取る。

 後から追われるかっこうとなった俺はとりあえず作業を進めなくてはと次のプリントを取った。


― ― ― ― ―

今日も読んでいただきありがとうございます。

昨日は公開初日としては過去最高のブックマークと評価をいただき本当にありがとうございます。一年ぶりの連載にも関わらず忘れ去られていなくて安心しました。

★★★評価、ブックマーク、応援、コメントをお待ちしています。

皆様の応援が何よりの活力でございます。よろしくお願いします。

次回更新予定は12月2日AM6:00です。

明日は新キャラ登場。


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