『モーガン』による異世界転生生活記録

HAKU

No.01『流行り物の食わず嫌いはよろしくない。』

 河野こうの たけるが、高校の帰りの道を歩く。


「ふぁ、疲れた。」


 タケルは、目を閉じあくびをする。

 彼が、上を向いた状態で目を開けると、そこには予想だにもしない光景が広がっていた。


「は?」


 彼の目の前にはなんと、トラックが自分に向かって、落下してくる光景が映る。


「(嘘だろ…、このままじゃ、死…。)」


 タケルが目を閉じ、これから起こる衝撃を迎え入れる。


 ――――――――――


「『河野 武。18歳、高校生。趣味はゲームと、歌か…。とはいえ、RPGの知識は疎い様だな。というかなんだ?SRPGって…。』」


 タケルが目を覚ますと、暗闇の中で、クリスタルのように輝く椅子に座っていた。

 目の前には、薄い青髪を、地面に着くぐらい伸ばした、白衣の女性がいた。


 女性が、先程まで見ていた、ボードから目を離し、タケルを見る。


「『ああ、起きたか少年。』」


 タケルは、立ち上がろうとするが、何故か体が動かなかった。


「『ああ、そうだ。君に少々、神経を麻痺させる薬を打っておいた。』」


 そう言うと女性は、白衣から注射器を取り出す。


「な!」


「『安心したまえ、拘束具をつけては雰囲気が台無しだから、打っただけだ。どういう訳か、口も聞ける代物だし、ワタシに協力してくれれば、解放もするさ。』」


 女性は、タケルの手前にある椅子に腰かける。


「『さて、君は、気を失う前、何があったか覚えているか?』」


「ああ。」


「『そうか、良かった。トラックに潰されそうになった君を、助けたのはワタシだ。だが無論、あのままでは、君は死ぬ。』」


 タケルが、唾を飲む。


「『そこでだ。君にとある世界を救ってもらいたい。ワタシは、とても困っていてな。その世界を救ってくれたなら、君を、トラックが落下する前の時間に戻してやろう。どうだ、悪くない話だろう?』」


 真顔のまま、淡々と話す女性に、疑問をぶつけるタケル。


「ひとつ聞いていいか?何故、あのトラックは空から降ってきたんだ?」


「『そういうものだろう?トラックに潰され、神様にチートスキルを貰って、異世界に行く。それが、異世界転生と言うやつだろう?』」


 タケルは、女性の言い草に違和感を覚える。


「いや、トラックが空から来る超常現象なんて、起こる方がおかしいぞ?」


「『おや?違ったのか?やはり、果実を食わせて転生させた方が良かったか。』」


「おい、転生させた方が良いってなんだ?俺は、トラックに潰されそうだから、ここに来たんだろ?」


 女性は、自身を睨みつけるタケルを見て、ため息を着く。


「『はぁ、ここまで疑われては、雰囲気ぶち壊しだな。真実を話そう。ワタシは、最近、読書にハマっていてな。異世界転生もの、というのに興味が湧いたのだ。だから、この目で見たくなってな。異世界転生した人間が、どのように生活するかをな。だから、君には、その実験体になって欲しいのさ。』」


「なぜ、それに俺を選んだ!」


「『目に付いたから。』」


「ふざけるな!!」


 タケルが、叫ぶ。

 その声に、女性は耳を塞ぐ。


「『うるさいな、君は。協力してくれないなら、別にいいさ。そしたら、ワタシは君を、元の世界に返してやる。0,1秒、トラックが落ちる手前の世界にな。』」


 タケルが、その言葉に目を開く。


「『ああ、安心したまえ。ワタシも外道じゃない。どう足掻いても、必ず死ぬ位置に戻してやる。植物状態やら、頭以外まともに動かせない体になる事は決して無い。』」


 タケルが、女性を睨む。


「鬼畜野郎が!」


 女性は、そんな事気にも止めてないようで、金色の懐中時計を、白衣のポケットから出して、見る。


「『ちなみに、そんなに悩んでいる暇は無いぞ。その神経毒は、不良品でな。今まで、何百種類、何万もの生き物に使ってみたが。皆、1時間程度で心臓麻痺を起こして死んだ。解毒剤がなければ、治らないし、解毒剤は無論、ワタシが持っている。』」


 女性は、白衣の裏側から、試験管に入った薬品を取り出し、タケルに見せる。


「さっきっから、お前。鬼畜なことしかしてねぇじゃねぇか!!」


「『勘違いしないでくれ。この薬を、君に打ったのは、脅迫のつもりで故意だが。その薬自体は、ワタシと肩をぶつけた男が、『骨が折れたから、慰謝料よこせ!』と叫ぶものだから、治療しようとした時に作ったものだ。丁度、新しい接着剤を作っていたところだったしな。』」


 女性は、どこか遠くを見つめる。


「『まさか、治療後に死ぬとは、思わなかった。だが、死因はその薬で、接着剤には問題がない事が、分かったわけだし、実験体には感謝せねば。』」


「お前…。」


 タケルの静かな怒りは、女性には届かず、彼女は再び時計を見た。


「『あと、10分だな。さて、どうするか決めたか?ワタシの実験につき合わずに死ぬか、実験に付き合い、生きるか。』」


「分かったよ!付き合う!!」


「『礼を言う。』」


 女性は、白衣の内側から、薬を取り出すと、タケルにそれを飲ました。


 自由になったタケルは、女性に掴みかかる。


「貴様!良くも!!」


 しかし、女性はそれに無反応だった。


「『言っておくが、君如きを殺すのに、さほど時間はかからないぞ?協力してくれると言うから、生かしておいているだけだ。』」


 タケルは、それを聞き、女性を離す。

 女性は、青白い眼鏡を直しながら、話す。


「『さて、次は、チートスキルとやらだな。少年、君はどんなスキルが欲しい?似たような力が得られるように、ワタシの薬を君に投与しよう。』」


「もう薬は、懲り懲りだよ。」


「『チートスキルがなければ、異世界転生と言えないのではないか?まぁいい。現地で何か必要になったらワタシを呼べばいいさ。』

 『ただし、与えるスキルはひとつだけだ。複数あるとつまらないし、元より、薬の多量摂取は命に関わるからな。』」


 女性は、そう言うと、再び椅子に腰掛ける。

 タケルも椅子に腰掛ける。


「そういえばお前。名前はなんて言うんだ?」


 女性は、頬杖を着きながら答える。


「『ワタシの名は、『モーガン』。ワタシを呼びたくば、そう言うがいい。』」


『モーガン』の言葉が終わると、タケルは、光に包まれ、突如地面に空いた、穴へと落ちていく。


「『さて、予定とは違うが、まぁ良い。楽しませてもらうとしようか。』」


 1人になった『モーガン』は、最初からくわえていた棒状の物を噛み砕いた。


 ――――――――――


 タケルは気がつくと、街のはずれに倒れていた。

 周りは中世の西洋がモデルだろうか。そんな印象の格好をしたものばかり。


「はぁ、とりあえず聞き込みかぁ。」


 タケルは、様々な人に、話を聞いた。

 RPG系はあまりやらないが、異世界転生と言えば、RPG。RPGと言えば情報収集という基本中の基本ぐらいは知っていた。


 数人に話しかけた後、建物の影で、タケルは『モーガン』を呼び出した。

 『モーガン』は、何も無い空間に突如空いた穴から、その姿を現す。


「『呼べ、と言ったのはこちらだが。随分唐突に呼び出してくれるでわないか。着替えるのに手間取ってしまったではないか。』」


 『モーガン』は、気だるそうに建物に、もたれ掛かる。


「着替え?」


 タケルの質問に、『モーガン』は眼鏡を直し、答える。


「『この伊達眼鏡といい、このサイズの白衣と服といい、ワタシは君らの為にまぁまぁ、雰囲気を大切にしてやってるんだ。』

 『ほら、眼鏡と白衣なんて、パッと見でワタシが研究者に見えるだろう?この飴だって。この死んだ目に合うように、わざわざタバコ型にしてるんだぞ。』」


「その咥えてたの飴なのかよ。」


「『ああ、だが気をつけてくれたまえ。ワタシは、一か八かの時に眼鏡を外す系研究者だ。伊達眼鏡だしな。普通に邪魔。』

 『こういう事は予め言っておかないと、イチャモンつけられるからな。』」


 『モーガン』は、1度眼鏡を外して見せた後、再び眼鏡をかけ、タケルに質問する。


「『さて、ワタシを呼び出して、なんの用かね少年。』」


「ああ、そうだった。さっきまで俺は、周りの人達に話を聞いて回ったのだが、そこで色んな情報を得た。」


「『話は通じたのか?』」


「ん?まぁ、一応な。」


「『ふむ、であればこれは成功か。』」


 『モーガン』は、白衣の内側から、空になった試験管を見た。

 その光景に、タケルは眉を寄せる。


「おい、てめぇ。まさかまた、なんか盛ったのか?」


「『ああ、飲むだけで、知らない言語でも、見聞き可能になる薬をな。』」


「このっ…。」


 タケルは、何か言い返したかったが、とりあえずメリットしかなかったので、辞める。


「『それで、何が分かった?』」


「まず初めに、この世界は、魔物なんかは出るが、特に世界の危機に陥ってる訳じゃないらしい。」


「『なに、その点は問題ない。これから起こる。』」


 タケルは、『モーガン』の言い草に違和感を覚えたが、話を進める。


「それと、俺は一応、冒険者ということになると思うが、この世界では、冒険者はギルドに登録した方が、良いらしい。しかし、登録には、金がいるらしい。当然日本円じゃどうしようもない。」


「『ふむ、で?』」


 タケルが、頭を下げる。


「お金を恵んでください。」


「『それは、チートスキルか、なにかの部類として、大金を渡せば良いのか?』」


「ああ、いや、初期装備の1部的な感じで、チートスキルとは別で…。」


「『断る。金が無ければ働け。』」


「そ、そんなぁ。」


 膝を着くタケルを見て、『モーガン』がため息を着く。


「『やれやれ、まぁ、ワタシは、この世界の金貨を作るなど、朝飯前だからな。君が、努力すれば、恵んでやらんでもない。どうだ?つい先程、出来た薬の実験台になって…。』」


 白衣から、新しい試験管を出した鬼畜女に、タケルは、距離を置く。


「ならねぇよ。分かったよ。働くよ。働きゃいいんだろ?」


 タケルは、目の前の畜生から、逃げ出すように走り出す。


「『ま、せいぜい頑張りたまえよ。少年。それじゃあ、ワタシも、準備を始めるとするかね。』」


 彼女は、突如現れた穴の中に、入っていった。


 ――――――――――


 タケルは、とりあえず、様々なところに話をかけ、即日、日雇いOKの仕事。ギルドの食事処の店員のバイトを8時間行い、何とか、寝床を獲得した。


 タケルが、ベッドに入ろうとすると、突如部屋に穴が空く。


「『よっ!少年、よく働いてたではないか。初バイトだと言うのに、大きなミスもなく。素晴らしい働きぶりだったな。』」


 タケルは、『モーガン』を見て、嫌なものを見たと言わんばかりの顔をする。


「見てたのかよ。」


「『まぁな。で、君は、今日いくら貰ったんだ?』」


「1万…モガンだったか?この世界の通過の名前は。」


「『1万モガンか。なるほど。』」


 『モーガン』は白衣のポケットから、大きな袋を取り出し、タケルのベッドに投げた。

 袋の中には、1万モガンが、入っていた。


「これは?」


「『君が、今日働いてた分の小遣いだ。あの後よく考えたら、君は、ワタシの実験に付き合ってくれているのだからな。それなりの小遣いはやろうと思ってな。しばらくは、君が働いて得た給料と、同額を渡してやろう。』」


 彼女がそこまで言うと、再び、空間に穴が空く。


「『では、少年。おやすみ。良い夢を。』」


 『モーガン』は、穴の中に入っていった。


「なんなんだ、あいつ。」


 タケルは、考えが分からない、ド下劣畜生女に疑問を持ちつつ、夢の世界へ旅立った。

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