愛を持てない僕たち、わたし達。

蒼井瑠水

僕はマガイモノ。

「ふわぁ、むにゃ……」

 僕は高校生になる新学期の朝を小鳥にさえずりを目覚ましに起きた。

 すっと、なぜかいつもより寝覚めのよい朝を、窓から差し込む日差しを浴びながらぐぐっと腕を天井に伸ばす。

「くぅ、……っはぁ」

 気持ちの良い屈伸をして、目を手の甲でこする。

 ゴシゴシ。

 小鳥はちゅんちゅん。

(……ふぅ、最初の高校生活、上手くいくかね)


 自室からでて階段を降り、一階の居間に向かった。食事を並べるテーブル席、卓上には朝ご飯が並んでる。

 出来立てのいい匂いを漂わせる朝食は、白飯の茶碗に目玉焼きと焼きベーコンの乗ったお皿など『The普通』というようなオーソドックスなもの。

「あら、おはよう。あとり」

「うん……おはよう、かあさん」

 眠気の残る中、もにょもにょと小さく口を開けて、小さな挨拶をする。

 返された挨拶に若い顔の女性、僕の母はキッチンから振り返りがちににこりと微笑んだ。

 僕は、その笑顔に少し罪悪感を抱きながらも、「うんっ」と笑って頷いた。

 頂きます、そういって箸で目玉焼きを掴み、齧ろうとすると居間の扉がガチャリ、開く。

「ふあああぁー……っ、だーりぃー」

 そんな気だるげな声をだして居間に入ってきたのは姉の瑠美だった。

 雑に食卓の椅子を引いて、不快な引きずる音の後にがたんと、これまた行儀悪くどっしり瑠美は座る。

「ママー、おはよー」

「はい、おはようさん」

 僕は、頂きますも言わずに箸を拾って掴んだ目玉焼きを顔ごと皿に近付ける瑠美に、気まずげに声をかけた。

「おねえちゃん、おはよ」

「………………」

 姉の瑠美とあまり変わらないような、変声期の迎えてない高い僕の声は、彼女の耳に入ってないのか、瑠美は眠そうな目で黙々と目玉焼きを噛みちぎっている。

「……あの、おねえちゃ……」

「こら、るみ?妹におはようぐらい言いなさい」

 母が瑠美の不遜な態度を見兼ねて叱りつけると、小さく、でもはっきりと鼻で溜め息ついて目をつむる。

「……おはよっ」

 まるで反抗期真っ最中です!みたいな不満げな態度で挨拶を返す瑠美。

「……うん」

 僕はなんとも思ってないと、実際にいつもの事だし、気にしてない振る舞いをした。


「次は、三番線、三番線にて栃ノ木市行き列車が参ります。ガードフェンスより前にてお待ち下さい。次は、〜〜〜」

 僕は駅のホームに立ってる。

 まだ開発停止指定区域なだけあって、他の街と比べると田舎で自然が多いこの町。

 山に囲まれてるこの町より市街地の方に、僕の進学した高校はある。僕と同じ学生は制服だけじゃなくても男子、女子と分かる子がいるが、僕のようにスカートを履いてないスラックスの子は男なのか女なのか分からない顔立ち、身体つきをしていた。

 がたんがたん、がたんがたん、がたん、かたんーー

 電車がゆっくり止まるとドアが開いて人が出てくる、そして入っていく。

 その流れに僕は逆らう事なく、電車に乗り込んだ。

 吊り革に掴まって、肩にかけたスクールバッグを背負い直すと目の前の制服の女子が視界に入った。

 視線の先の女子生徒は眠いのか目を瞑ってこくり、こくりと船を漕いでいてとても気持ちよさそうだった。

 その女子生徒の制服、ブレザーの胸元が膨らんでいるのを見て、同じブレザーの制服を着た自分の体を見下ろす。

 同じ高校の生徒なんだ、って考えてるわけではない。全く考えてないわけではないが、性別が分からないような見た目の自分の体と見比べてある事を思っていた。

(……第一世代か)

 …………と。


 電車を降りて改札をでると、しばらく通学路を歩いて、新年に一度受験で来た高校、笛名高校の

門をくぐった。

 所属の一年二組の下駄箱に革靴をいれて、スクールバッグから上履きの入ったシューズバッグを取り出す。

 爪先の赤い上履きを履いて一年の教室に向かい、階段を上がる。

 周囲は談笑や会話で人の声に溢れ、新学期への活気を感じるような、春の空気。

 階段を登りきって見える向かいの廊下の窓も暖かい陽気な春の青空。

 教室に入って出席番号順の自分の席にスクールバッグを下ろすと、周りの生徒は女子生徒がほとんどのように見えた。

 といっても女子生徒に似た中性的な男子生徒がちらほらいるからかもしれないが。

 ホームルームの時間が近付き、担任の教師が教室に入るとクラスメイトもそそくさと席につき始める。

 キーンコーンカーンコーン。

「それじゃあ、みんな、高校生最初のホームルーム、始めるぞ」

 僕の……人昔前の見る人によっては変な物語かもしれない、『いま』という時代を生きる人が読むのであろう、人生のいう名の小説。

 それが、これから始まるのだ。


 初めての高校生活、慌ただしい時間が過ぎて放課後になった。

(えーっと、これで持ち帰るのは大丈夫か)

 スクールバッグと机の中を確認し、バッグのジッパーを閉める。

 バッグを肩にかけては教室を後にし、上履きをローファーに履き替え、帰路につく。

 初めてばかりの一日。きっとこれが日常になっていくのだろう。

 家に帰ると大学生の姉の瑠美が三年生ということもあって先に帰っているのを靴で確認した。

(……ちょっと気が重い)

 あまり瑠美とは仲良くない。かえって悪い方だ。

 兄弟が苦手というのはとても厄介だなぁと、しみじみ思う。

「かあさん、ただいま」

「あら、おかえり。初めての高校は疲れた?」

「うん、最初だから」

「そうね、早く部屋で休みな?これから晩ご飯作るから」

「うん」

 居間にドアから顔だけ出して母に声をかけ、二階に上がる。

 自室のドアノブに手をかけ、部屋に入るとやっと我が家に帰ってきた、そう感じた。

 気疲れした体は早く休みたい、ベッドに横になりたいと言っている。その言葉に倣って制服をせっせと脱いでいった。

 パンツだけになって自分の細い体にベッドに放り捨ててあった、ティーシャツを被せた。

 むぐっ、と顔を出して袖から腕を通すと、体が休めると思ったのかどっと疲れが押し寄せた。

 ね、眠い……。

 仮眠しようとベッドに倒れ込み、シャツにパンツというだらしない格好のまま、意識が遠のいていった。


「……ぁ、はぁ、くっあっ!あぅ」

 なんか変な声が遠くから聞こえてきて、気付いたらゆるゆるなキャラクターの枕の模様を見ていた。

「……しちゅ、うーん、結構寝ちゃったかな」

 枕に染み込ませてた口から溢れているよだれを啜り、起き上がる。

 可愛いデフォルメのキャラのぬいぐるみが飾ってあったり水色やピンクなどファンシーな色合いの自分の部屋を見回して、頭をボリボリかく。

(時計……)

 ベッドの隅に置いてあるデジタルの置き時計を見て、帰ってから1時間程経っている事を確認するとあくびをしながらベッドから立ち上がった。

 あれ、そういえば変な声、聞こえなかったっけ?

 今は聞こえない気がするが、よく耳を済ませると人の唸り声のようななにか我慢してる声が聞こえる。

(おねえちゃんの部屋から?)

 自室をでてそっと姉の部屋に近付き扉に耳を近付けてみる。

 すると、

「はぁ、はあ、あたしったら、彼に会わないからってこんな」

 …………?なんでこんな息切れして苦しそうなんだろう

 もっと耳を近付け、扉に押し付けるぐらい当てていく……。、と

 ガチャリ。

(っ!!!)

 びくっ、と体が反射的に跳ねて後ろに倒れそうになり、その後方にある廊下の壁に手を付きながら、ばたん!と尻もちを付いてしまった。

「っいたた、……あっ」

「…………な、なにあんた」

 頬をほんのり紅く上気させた瑠美が僕を見下ろしていて、まるで蔑みと困惑が合わさったような、複雑な顔をしていた。

「なにしてんのよ、気色悪い」

「ごっ、ごめん」

「……ふん、所詮人間の紛い物が第一世代さまの行為を盗み聞きしてるんじゃないわよ、くそが」

「……ごめん」

 ここまで聴いてやっと、瑠美が何をしていたのか分かった。

 自分にはない、自分はできない人間の本来の発散行為をしていたのだと。

「ほんとキモチワルイ、なんでこんな弟がいるのかしら」

「……ごめん」

「高位の人間さまの生理行動聞こうとしないで、やめて、ホント」

「……うん」

 はあっ、と大きな溜め息をつくと、「手、洗わなくちゃ」と言って階段を降りていった。

 また、苦手な姉に関わってしまった。こういう気持ちになるの、分かってるのに。

 嘆息しながら、ぺたっと両手を床につき、履いている女性用パンツを覆うようにあぐらをかいた。

 彼女の言う通り、僕は紛い物だ。人間の紛い物。

 男でも、女でもない。なんでもない、人の形をしたもの。

 そう、僕は第二世代と呼ばれるものだ。

 

 第二世代、なんだ。

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