【毎日投稿】湯けむりの向こうに消えた泥湯の謎と、自称探偵と若女将が挑む温泉街の事件簿
湊 マチ
第1話 泥湯の異変
結城紗奈は、旅館「八重の湯」の朝の喧騒を抜け、露天風呂に向かって足を速めていた。まだ朝の湯気がたちこめる湯船からは、どこか緊張感のある静けさが漂っている。普段ならここは宿泊客が泥湯に浸かりながらリラックスしている時間だが、今日は様子が違った。
湯船を管理するスタッフの佐藤が、眉をひそめながら指を差す。
佐藤:
「ほら、若女将。お湯はあるんですが、泥が全部なくなってるんです。」
紗奈は湯船の縁に近づき、しゃがみこんで底を覗き込む。確かに、そこには泥湯の特徴的な粘りも色味もなく、透き通った湯がたたえられているだけだった。お湯の底がはっきりと見えるのは異様だった。
紗奈:
「……これは何? どうして泥だけがなくなるの?」
佐藤は困ったように首を振る。
佐藤:
「それが分かれば苦労しませんよ。朝来てみたら、こんな状態で……。設備の問題か、どこかで流出したのかもしれませんが、ここに来て何の異常も見つからないんです。」
紗奈は軽く唇を噛む。泥湯はこの旅館の目玉だ。これがなければ宿泊客に失望されるのは明らかだ。しかも、今日の宿泊客には初めて訪れる泥湯を楽しみにしている人も多い。
紗奈:
「原因が分かるまで、当面の間は使用を中止して、他の露天風呂を案内するしかないわね。佐藤さん、他のスタッフに連絡をお願いできる?」
佐藤:
「分かりました。でも……若女将、本当にただの設備不良なんでしょうか?」
その言葉が妙に引っかかった。泥湯の設備は毎日点検しており、不調の兆しはこれまで一度もなかった。それに、泥湯の泥だけが抜き取られるような現象が設備上で起こるとは考えにくい。
そんな紗奈の思考を断ち切るように、後ろからのんびりとした声が響いた。
黒瀬隆三:
「こりゃ面白い。泥湯が透明になっちゃうなんて、事件の匂いしかしないなぁ。」
振り返ると、スーツ姿の男が湯船を眺めながら、片手にノートを持ちメモを取り始めていた。フリーライターを名乗るこの男は、数日前から旅館に滞在している自称探偵、黒瀬隆三だった。
紗奈:
「黒瀬さん、朝早くから何をしてるんですか? これは旅館の内部問題で、あまり気軽に話題にしないでください。」
黒瀬:
「そう言うなよ。こういう変わった出来事には、いつだって面白い理由があるもんさ。それに、たまたま散歩してたら耳に入っただけだよ。」
(軽く笑いながら)
紗奈:
「でも、これはただの設備の問題で……」
黒瀬:
「いやいや、若女将さん。これ、ただのトラブルじゃないかもしれないぞ? 泥湯の泥だけが消えるなんて聞いたことがない。自然現象でもない限り、何者かがやった可能性を考えるべきじゃないか?」
紗奈は彼の言葉に一瞬返事を詰まらせる。確かに、今のところ自然現象か人為的な原因かを判断する材料は何もない。
紗奈:
「……まさか。でも、何者かがやったとしたら、目的は何なんです?」
黒瀬:
「それを探るのが俺の役目ってわけだ。まぁ、実際はただのトラブルかもしれないけど、探偵の鼻がピンと来るのさ。」
(鼻をつまみながら笑う)
紗奈は半ば呆れつつも、どこか気になるものを感じていた。この泥湯の異変が単なる偶然ではなく、何か大きな問題の始まりであるような気がしてならない。
モノローグ(紗奈の心情):
「泥湯が消えたなんて、ただのハプニングだと思いたい。でも、この奇妙な感覚は何? 泥湯だけがなくなるなんて普通じゃない……何か、もっと大きな出来事が待ち受けている気がする。」
紗奈の背後では、湯けむりに包まれた湯船がただ静かに揺らめいていた。湯の底に隠された秘密が、彼女をどこへ導くのか、このときはまだ誰も知らなかった――。
次の更新予定
【毎日投稿】湯けむりの向こうに消えた泥湯の謎と、自称探偵と若女将が挑む温泉街の事件簿 湊 マチ @minatomachi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。【毎日投稿】湯けむりの向こうに消えた泥湯の謎と、自称探偵と若女将が挑む温泉街の事件簿の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます