テーマ: 手を繋いで
カンカンカンカン
アパートの階段を登る。
はとこの部屋は2階の一番奥だ。
持っている合鍵を鍵穴に差し込む。
まずいな、空いてる。
この辺の治安は世紀末ほどではないけど
良いわけじゃない。
鍵はかけるんだよ、といつも一声かけているけど、
鍵が空いている。
「まみちゃんはいるよー」
声をかけてからドアを開ける。
ドアはゴミ袋で開きづらい。
ゴミ箱の中身は殆どがシリアルやバランス栄養食、
プロテインバーの紙箱や袋だ。
はとこが調理した食事を部屋の中で
食べられなくなってから何年も経つ。
食べられなくても
なんとなく栄養のあるものを選んでいるのが彼女らしい。
ただ、量が多い。
できれば一度病院で検査を受けてほしい。
そんなに広くないキッチンを通り抜け、
六畳一間の部屋に入る。
はとこが万年床の上で座り込んでいた。
彼女の膝にはスマホがある。
「まみちゃん起きてた?」
はとこのそばに座り込み、顔を覗き込む。
うん、とはとこが頷く。
ここに彼女が住んでいると聞き出したのは半年前だ。
半年前、この部屋はゴミで溢れていた。
ゴミだらけの部屋の中で、ゴミに埋もれてはとこは寝ていた。
はとことは年が離れている。
小さい頃、お正月に本家で集まった時、
本家のお嬢さんをしていたのがはとこだ。
当時のはとこは大学生で、にこにこつやつやしていた。
他の親戚の男の子に持ってきた本を買って破かれて
こっそり泣いていた時、自分を探しにきてくれて、
泣き顔を見つけると抱きしめてくれた。
そっと手を繋いで自分の部屋に連れて行ってくれた。
そして出版社は違うけど、と同じ題名の本をくれた。
私はもう読まないから良かったら貰って頂戴?
私から貰ったって言えば意地悪されないから。
「女の子が本を読んでも良いのにね」
そう言ってもう一度抱きしめてくれた。
そんな優しかった人がゴミに埋もれて動けなくなっている。
はとこは祖父母に進学を大反対されていたが、
押し切って進学した。
会計士の資格を取り、会計事務所で働いていたと
聞いていた。
そこで、酷い目に遭ったらしい。
詳しいことは聞いていない。
ただ、本家の娘がこれでは体裁が悪いという理由で
このアパートに押し込めたのだという。
初めてアパートに来たとき、
ゴミに埋もれてはとこが息をしていないと思った。
救急車を呼ばなきゃ、とスマホを開いた時、
ゆうなちゃん?と声をかけられてスマホを落とした。
ゆうなちゃん、久しぶり。
こんな姿でごめんね。
涙を浮かべるはとこを見捨てるのはどうしても嫌だった。
まずゴミを捨てた。
嵩張ってるだけで重いものは入っていなかった。
ダンボールも捨てた。
散らばって山になっていたものを縛って捨てた。
資源ごみの日ではなかったので、
ゴミステーションを検索して捨てた。
沢山のゴミを捨てたらがらんどうの部屋ができた。
照明とカーテン、布団以外何もない。
台所に調理器具も皿もなく、テレビもなく、
当然化粧水や乳液も、
櫛も歯ブラシも歯磨き粉もなかった。
洗濯機も洗剤も、石鹸もシャンプーもなかった。
ギリギリトイレに紙はあった。
あるのは布団の隣にある、
ケーブルを挿しっぱなしにされたスマホだけだった。
スマホを繋いで、ネットで食料を買い、
それで生活していたらしい。
はとこはひどい状態だった。
変よね、ネットにはなんでもあるのに、
お前は買うのを許されてないって言葉が頭に響くの。
お風呂に入ろうとすると誰かが責めてくるの。
そうすると、何も買えないの。体が動かなくなるの。
買ってそのまま食べられるものだけようやく買えるの。
変よね、私変よね。
お金はあるの。お給料は悪くなかったから。
カードも使えるの。
私はなんでも買えるはずなのに買えないの。
わかってるの。わかってるけど
どうしていいのかわからないの。
そう言って寝たまま涙ぐむはとこを見て、
スマホを貸してと頼んだ。
自分の言いなりにスマホを渡してくれた
はとこのスマホから、通販サイトを開く。
まず野菜ジュースをカートに入れる。
常温保存の牛乳パックもカートに入れる。
バックのやつなら飲んでそのまま捨てれば良い。
サプリメントと、お湯を注ぐだけのコーヒーやお茶も
カートに入れる。
紙コップをカートに入れる。紙皿も入れる。
使わないかもしれないけど、
ないと食べたいと思った時に諦めてしまうかもしれない。
本当はもっと良い食器を使ってほしいけど、
今のはとこにはすぐ捨てられるものがいい。
あと、綺麗なベットカバーとシーツ。
枕カバーを忘れるところだった。
あと、ナイトウェアを複数。
ふわもこの暖かいのもカートに入れた。
下着は5枚セットを2つ。
ブラつけられる感じじゃないから
バッド付きのキャミソールも5枚。
ハンドタオル、バスタオルも5枚。
外に出ておかしくない楽なワンピースを2枚。
Tシャツとカーディガンも似合いそうなものを選ぶ。
おっと、靴下もいる。
玄関を見たらスニーカーが1組あったので取り敢えずいらない。
洗濯機をカートに入れる。
本当は乾燥機付きのドラム式が欲しかったけど、
この部屋のスペース的に無理だ、残念。
今のネットすごい。保証つけるだけじゃなく
設置も手配してくれる。
当然洗剤も入れる。漂白剤と柔軟剤も入れる。
電子レンジとかはもっと動けるようになってから
はとこ好みのものを買えば良い。
今必要なものなんだろ?と悩みながら選びに選んで、
これはいらないかな、というものを削除して、
はとこにスマホの画面を見せた。
ねえ、これ買っていい?
まみちゃんが買うんじゃないよ。
私が欲しいの。
ねえ、買って?
カートに入れた商品の合計額は20万を超えていた。
彼女は言った。
良いわ。私の代わりにボタンを押して。
うん、と答えて決済をした。
それが半年前のことだった。
週に2回、彼女の様子を見に行く。
最終寝たままだった彼女は起き上がるようになっていた。
でも頭がまとまらないことが多いらしい。
何かをしようと頭でわかってても
体が動かないまま一日が終わることが多くて悩んでいた。
スマホをのぞいていても字がうまく読めないし、
動画の音も聞き取れないので、
画像だけ眺めているらしい。
いつもごめんね、ありがとう。
はとこは弱々しく笑った。
はとこの手を取ってぎゅっと握る。
「こんなことなんてことないよ」
はとこは自分にやさしかった。
本家の娘という立場から自分をいつも守ってくれた。
こっそり悩み事を話すと真剣に聞いてくれた。
家族でも何も聞いてくれないのに、
このはとこだけは真剣に話を聞いて、
ゆうなちゃんはどうしたい?
やりたいことがあるならお手伝いするよ?
と手を握ってくれた。
おやつを作ってくれることもあった。
誕生日にギフトカードを送ってくれて、
好きなものを買ってね、
と手書きのカードが添えてあった。
ねえまみちゃん。
また、手を繋いで外を歩きたい。
まみちゃんの話を聞きたいし、自分も聞いてほしい。
変なことで笑って、にこにこして、
一緒に行ったことないとこに行きたい。
食べたことないもの食べたい。
バイトしてるからお金はあるんだよ、奢るよ。
ねえ、思い出して。
あなたがしてくれたこと。
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