テーマ: さよならは言わないで




「ねえ、お願い。さよならは…」

「言うよ?さよなら」



目を潤ませて訴えかけようとした言葉をばっさり。

それまで悲しそうな表情で目を潤ませていた女は

マッハで鬼のような表情となり、

歯軋りと唸り声を上げてビンタを一つかまして立ち去った。



仕事だけどさ、仕事だけどやっぱ辛えわ。



自分はその日その場で仕事が変わる便利屋だ。

今日は別れさせ屋さん。


Vチューバー相手に廃課金し、

親の金まで使い込んだ男の叔父が依頼してきた。


頼むから目を醒させてやってくれと。

彼からすると、甥にあたるクズはどうでもいいが、

親である兄は大学に通いながらバイトをし、

その金で自分を養ってくれた恩人らしい。


兄貴が不幸でいるのが耐えられん。

涙を浮かべる依頼人に、

甥ってどんな子?

理由もなくクズって呼んじゃダメだよ。

と尋ねてみたら、無言でスマホを差し出された。

見るとSNSのアカウントだ。


美少女アイコンでひたすら女と思われるアカウントへ

へクソリプや罵倒を送り、

盗撮アカウントをフォローし、

女性の自立を促すアカウントへ炎上を仕掛け、

同類の仲間とリアルタイムで盛り上がっている。

そしてVチューバーに廃課金して、

リアルでもストーキングしていた。


推しVのアカウントをチェックすると、

出掛けた先の写真が上げられたのと同日に、

同じ店で匂わせ風の写真をポエム付きであげている。

どうも本気で恋愛妄想に取り憑かれているように見える。

ここまで入れ込ませられるとは、このVやるなあ。


Vのアカウントをもう少し覗いてみると相当羽振りが良い。

フォロワー数はそこまで多くないが、

少人数制の限定配信やリアルでのファンミを開いたり、

コメントに律儀にピュアな返事をしたりして

女性経験少なめの男心をがっちり掴み、

太客を複数確保してる印象だ。

チェキの桁が凄え。


このVやるなあ。


少し感心した。



課金する金の出所は?小遣いやってんの?と聞くと

母方の祖母から引き継いだ不動産があり、

月30万ほどの不労所得があると言われた。

この祖母が孫に甘かったようだ。


それだけあっても親の金に手をつけるのか。


大学卒業後一度就職したが、給料の少なさにやる気を無くして1ヶ月で辞めてしまったらしい。

何もしなくても30万。汗水垂らして働くのがバカらしくなるよねえ。


そしてその後、転職するでもなく、

自立するでもなく、快適な引きこもり生活を続け、

親の寄生虫をやっているらしい。



あかん、フォローが出来ないクズだ。

年齢を聞いたら38歳らしい。

おお、不労所得で38年生きて、

やることが女の罵倒と女へのストーキングか。

これは開示請求が届く前になんとかした方が良い。


すまん、俺もうどうしていいのかわからん。


依頼人のおじさんが苦渋の表情を浮かべている。

お兄さんは我が子が社会復帰できるように、

現実で遊ぶ友達や居場所を作ってほしいと

行政にも病院にも相談に行き、講習を受け、本を読み、

自分達の接し方に問題が無かったかも含めて真剣に悩んでいるらしい。


夫婦だけで悩まず専門家に相談に行き、

息子を一方的に責めず、放置もせず、見守りを続け、

どうなって欲しいかのビジョンもあり、

自分達の振り返りができている。

ごく普通に息子への愛情があり、

常識の範囲内で対応が出来る親っぽい。


そんな人格者からでもクズは生まれるんだなあ。

お婆ちゃんがヤバめだな。深く聞くのはやめよう。

妙に感心してしまった。



自分は何でも屋さんだ。

実はVもやってる。



本業だとこまめに配信して、

顔を覚えて貰い再生数を稼ぐのだろうが、

自分の場合飯の種ではなく話の種であるので、

配信は月一でだらだらと30分ほど生配信を行い、

20人ほどしかいないリスナーとだらだら喋っている程度だ。



そんなやる気のない配信でも

年に一度くらい万単位のお布施が飛んでくるので、

甥御さんのような人間が存在していることを知っている。



今回の依頼もVであるから沸いてきた。



まあ、やれることをやってみるけど、

無理かも知んないから期待しないで。


手付金をわずかに貰い、

残りは成功報酬でと言う約束で請けた、



そして結論を言うと

このVへの妄想を砕くことには成功した。


方法としては簡単で、零細Vチューバーとして

成功してる御方のお話が聞きたあいとDMを

送ったのだ。写真付きで。


割と簡単に食いついた。

なぜなら自分はイケメンで、

スーツ姿でキメ顔でポーズ取ってる手首には

ロレックスを巻いていたからだ。


背景はラグジュアリーなホテルの切り貼りだが、

背景より自分の顔の方が眩しい。

そしてロレックスはさらに眩しい。


普段は上場企業のビジネスマンだが、

副業をしたくて始めたVで伸び悩んでいた時に

あなたのことを知りました!と言う設定だ。



本当に簡単に食いついた。

リアルでも会うことになり、あっという間に

手を繋ぎ、指を絡ませ、いい感じ?の距離感まで近づいた。


ここで、今度行くお店こんな感じと高層階のホテルの

写真を送ったら、配信に写真を用いて、

いつ行くかをたっぷり匂わせしていた。



これは来るな。



予想通り来た。



白いスーツに薔薇の花束で決めた甥御さんを初めて見た。

これはほんまあかん。



早々に判断して、何も知らないさわやか好青年として

毅然とした態度を取ると、

ひとしきりVを罵り、

薔薇の花を振り回しながら地団駄を踏み始めた。


なのでそいつを抑えるふりをして耳元で囁いてやった。


「君のこと知ってるよ。お家も。森田誠也くんだろ?」



効果はてきめんで真っ青になり逃げ出した。

妄想の恋が破れ、身元が割れ、

さあ、これからどう出るかはまだわからない。


残されたのは王子様を見るような目でこちらを見て来る

やり手のVだ。


こっちも面倒だ。

これを片付けなければ。


ごめん、今の人を見て気が付いた。

やっぱりこんなの良くないよ!

ファンの人に申し訳ない!!

ボクが迂闊だった!!



多少芝居が強かったが、普段から芝居してるのは

相手も同じだ。


すぐさま空気に酔いそんな‥と乗ってきた。

どこまで本当かなあ?


腹の中で苦笑いしながら相手の出方を見る。


相手は私達これからじゃない、と

目を伏せているようでロレックスをガン見しながら

声を震わせる。


それでもか弱く可愛らしく見えるのだから恐ろしい。


お願い、と言い出したのでバッサリ切り、

そして盛大にビンタを受けた。痛い。



まあ、芝居の終わりには良いオチだろう。痛いけど。



周りの好奇の目を浴びながら飯を食って帰った。

依頼主のおじさんを呼び出し経緯を話し奢ってもらった。

流石はラグジュアリーなレストランだけに、

奢ってもらった飯代だけで依頼料として十分だったが、



成功報酬は数ヶ月様子を見てから、と言うことでまとまった。

え、まじでくれるの??

驚いたが、くれるなら貰いたい。



よろしくお願いしまーすと手を振って別れた。




一ヶ月後、飯代を超えた分厚い紙袋を受け取った。

甥御さん、誠也くんは唐突に自分が所有している

マンションのひとつに引っ越し帰ってこないらしい。



身元が割れたから逃げる。わかりやすい。

え?実家に怖いお兄さんが突撃したら

ご両親どうなんの?見捨てたの?

なんか伝えた?え?聞いてない??

自分のことしか考えていない様子にむかついたが、

おじさんは満足らしい。



あの親子は物理的に距離を置いたほうが良い。



少し離れて、息子がいない生活を経験した方が良い。

兄貴達も、あいつのことも定期的に様子を見に行くよ。



変な依頼を請けてくれてありがとうと

最後に深々と頭を下げて依頼人は帰っていった。



何だかなあ。



ご両親も叔父さんもごく普通の人だ。

逃げた奴が悪いと分かっていても罵りもしない。

冷静に事実を受け止め、見守る体制に入ってる。

生活費は自動的に手に入る。

経済的に困ることはないし、

あいつが孤独死する可能性は低そうだ。



恵まれてる、実に恵まれてる。




引きこもりの甥御さんが少し羨ましくなった。




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