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いちさん(えいのーと)
テーマ:セーター
寒くなってきた。
冬服を取り出し並べてみる。
カーキーのカーディガン、黒のトレーナー、
グレイの裏起毛シャツ、グレイのダッフルコート、グレイのダウンコート、グレイのチェックパンツ、グレイのセーター。
気が付いた。とにかくグレイが多い。
自分はこんなにグレイが好きだったろうか問うてみたが、別にそんなに好きじゃない。
なぜこんなにグレイばかり増えたのだろうか記憶を探ってみる。
“気温で上着を変えましょう”
“毎日違う色を身にまとい、いつでも新しい自分でいましょう”
“パーソナルカラーは大事です。わからないなら診断士に依頼してみてもらいましょう”
“身だしなみはとても大切です、服のメンテナンスをしましょう”
“自分はどんな人かを考え、どう見られたいのか意識しましょう”
“姿勢は?”
“こんなにみっともない姿をしていませんか?”
“恥ずかしくない姿になりましょう”
おおおおお、思い出した。
どこだったろう、何がきっかけだったろう。
そうだ、SNSだ。
なんとなくみてた時に間違えていいねをタップしたら、
やたらとファッションの記事が流れてくるようになり、
記事をなんとなく読んでるうちに、
インパクトのある写真やイラストを見るうちに。
今まで何も考えてなかった自分が大罪人みたいに感じるようになり、
慌てて服を買いに行った。
パーソナルカラー診断士とやらにも合う色を探してもらった。自分はブルベの冬らしい。
ブルベ冬さんに似合う色はこれです!と並べられた色を見て、一つも好きじゃないことに気がついた。
しかし、自分の好きより似合うことが大事だと
並べられた色や薦められる模様の服を買った。
沢山買った。薄給が飛んだ。
そしてスキンケア用品も買った。
日焼け止めも買った。
靴も買い直した。
全部店の人に相談して決めた。
そうやって買い揃えたものを眺めて改めて気が付いた。
自分、こいつらが全然好きじゃない。
しかし、自分の好きより似合うことが大事だと気が付いたじゃないか。
努力した。
毎日まわりを見渡して研究した。
自分には何が似合うのか、周りはどんな服を着ているのか、髪型は、髪質は、眉の形は。
どうすれば馴染むのか。
研究して気が付いた。
これ、全然面白くないな。
普通、服を買い揃えることも着飾ることも楽しいものらしい。
SNSのキラキラは好きなことを楽しんでるから輝いてるようだが、自分全然楽しくない。
ビルのガラスに映った自分を眺めると、多分前より周りに馴染んで小洒落た自分なのだろう。
でもこれが本当に自分か?と自分に問うてみたら、
偽物だ、という答えが返ってきた。
それでも頑張った。
アホ毛を許すな、爪を揃えて磨け。
今日はオリーブのコート、足元はベージュ。
今日は差し色にオレンジのボタンが付いた黒シャツ。
白は汚れやすい、気を遣え。
柄物も取り入れろ、靴を磨け、磨き方にも気を配れ。
周りの評判は上がった。
ニコニコしてもらえる人が増え、会話も増えた。
世界がうまく回り始めた手応えを感じ、
身につけているアイテムの何もかもが全然好きじゃない事に蓋をした。
毎日毎晩、外から見える自分のことを考えた。
今日はこれを着る、明日ははこれを着る。
眉を切り揃えているか、鼻の下の産毛は剃ってあるか、
毛穴は?日焼けは?
ひたすら考えて、毎日を過ごし、季節の変わり目を迎えた。
新しく服を買い直す時、ふとグレイのセーターが目に入った。
自分には似合わない系統、イエベ春向きのグレイ。
あ、この色が好きだ。
そう思ったら全てがどうでも良くなった。
ひたすらグレイと黒い服を買った。たまに白も買った。
色を無視するように白黒グレイで全てを揃えた。
爪は切ろう、肌も整えよう。
髪の毛も気を遣い、眉毛指毛もチェックしよう。
毛穴も引き締めよう、ムダ毛は脱毛しよう。
形が崩れてきた服は着ない。靴もシーンごとに取り替える。
体型を維持して筋肉を付ける。
だけどもう好きでもない色を選びたくない。
その思いで服以外をキメにキメた。
買い込んだ服は捨てた。
一気に灰色になった自分に誰も何も聞かなかった。
周りの態度も変わらなかった。
なんだ、何着てても良いんじゃん。
憑き物が落ちた。
あー、思い出した。
モノトーンでワンシーズン過ごしたらスッキリしたのか、
春には春っぽい緑のシャツに自然と手が伸びた。
夏には濃い青のパンツを買った。
秋には煉瓦色のベストを初めて買ってみた。
季節を感じる色を手に取るのは楽しかった。
そして思い出した。
この時は好きじゃないものを選ぶのがとにかく楽しくなかった。
楽しくないのに金が飛び、好きじゃない事に時間と頭を使い、嬉しくないのに褒められるのがストレスだった。
ふとスマホを開き、去年写真を探してみる。
あった。飲み会の写真だ。
好きじゃない色を身につけた、悪くない自分がそこにいる。
でもなあ。
お前、悪くないけど好きじゃねえんだわ。
グレイのセーターに触れる。
自分には似合わない、イエベ春に似合うグレイ。
お前のこと好きだわ。
セーターを抱きしめた。
合う合わないじゃない、お前が好きなんだよ。
とてもとても幸せになれた。
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