満たされないものに水を注いでも

あんちゅー

空っぽが満ち満ちて

確かに物足りないものばかりだ


胸を掴んで離さない言葉はただ


この器の物足りなさを指摘するだけだった


何が必要だとか


どうすればいいだとか


それならと相対的に浮かんでくる疑問に


応えるような言葉では無い


けれど


不思議と腹は立たなかった


まんじりと思っていた事を形にしてくれた


感謝はあれど


憤慨はなく


腑に落ちてしまえば


心地好くすらあったのだ



訪れる不幸は小さなものだった


人よりも怖がりだからこそ


必要以上を求めない


耐えられない苦痛は舞い込まない


身の程を弁えた生活は平穏だ


平均的な収入と


平均的な生活に


平凡な思考が


自分自身の全てだった


夢を見ず


憧れはない


成功はこの身を蝕む毒なのだと


言い聞かせては


目の前の事で精一杯な風に装う


実に穏やかな日々は


特別な物なんてなくても生きられる証左だ


このまま生きていけるのならば


それ以上いらないのだろう


自分はこの程度の人間です


どうか、どうか、このまま


安らかに死なせてあげてください



人生とは1本の線のようなもの


その線の揺れ幅が人生の幸福と不幸を象る


線が大きく跳ねれば波が起き


その波は最後には揺れ戻る


だからきっと


多くを望まない自分が望んだことこそが


大きな過ちであったのだろう


大切な人が死んだ


私とは別の人と共に死ぬ


その選択こそ


私があの人に選び取らせたものだ


空白を突きつけられた気分に


不思議と涙よりも初めに溜め息が出た


憧れたあの人を安心させられる


それは私ではなかったのだ


平凡こそが毒なのだと思い知った


まだ若いその髪が白くパサついているのに


気がついたのは棺に花を納める時だった



生き残った見ず知らずの他人にかけられた


最後の言葉が胸を締め付ける


空っぽな人


あの人がいなくなる随分前からそれは


埋まらないものだと思っていた


何も無い私にとって


この空虚さは当然なものでないと


思い立つまでに随分と時間が掛かった


この空白は埋めてもいいのだと


それは私への慰めであるかのように


自分自身を抱きしめて眠る


明日何があろうとも


気にすること無く眠ることが出来る


揺れる線をただひたすら揺らすことが


私の空白を埋めるのだろう


隙間に必死で注いでいた無色透明な水は


その器の深さを誤魔化して


心とは裏腹な安心を得る


昼に見る夢のようなものだ



一人で勝手な許しを得ることすら


もう私の隙間を埋めるようなものでなく


私は今日も満たし続ける


底のひび割れた器に自分で染めた水を只管


それ以上のものを知らないから



今日も私は笑えていますか?




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満たされないものに水を注いでも あんちゅー @hisack

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