第46話 頭と心がぐちゃぐちゃです
「アンネリア、大丈夫?だから言ったでしょう?元気になったからって、あんなに無理して家事をするから」
「そうよ、あなたは侯爵夫人なのよ。あの女がいた頃とは違うの。とにかくもう、掃除も洗濯も動物の世話も禁止だからね」
3人きりになった途端、リアナとマーサが駆け寄ってきた。
「だから違うのよ。私は熱なんてないし、元気そのものなの。それを旦那様が、勘違いしただけ。そもそも、旦那様が好きな事をしてもいいと言い出したのよ。それなのに、私から家事を取り上げるだなんて」
「それだけアンネリアの事が、心配なのよ。旦那様はアンネリアに、今まで味わえなかった貴族としての幸せを感じて欲しいのではなくって」
「そうよ、旦那様は誰よりもあなたを大切にしてくれているじゃない。あなただって今日、旦那様を意識していたでしょう?旦那様の事、気になるのではなくって?」
「私は旦那様に特別な感情を抱いてなんていないわ。そもそも旦那様は、つい最近までキャサリン様をあんなにも愛していらしたのよ。それなのに、掌を返したようにあのような仕打ちを…たとえ今は私の事を大切にしてくれていたとしても、きっともっと魅力的な令嬢が現れれば、私もぼろ雑巾の様に捨てられるのよ」
そうよ、あの人は移り気が激しい人。きっと私も、すぐに捨てられるわ。だからこそ、私は今出来る侯爵夫人としての仕事を淡々とこなす、ただそれだけよ。
「確かに旦那様はちょっと見る目がない所があるけれど…でもあの女、旦那様の前ではうまく立ち振る舞っていて、一切の隙を見せなかったものね。旦那様が騙されてしまっても、無理はないわ。そんな中、アンネリアが現れて、あの女の化けの皮がはがれた。あんな性格が悪い姿を見せられたら、嫌いになるのも当然よ。何度も同じことを言わせないで」
「そうよ、アンネリア。あなたとあの女は、天と地、ゴミと宝石くらい違うのですもの。それにアンネリアは、ありのままの姿を旦那様に見せているじゃない。旦那様はありのままの姿のアンネリアに好意を頂いているのよ」
「ちょっと待ってよ。どうして旦那様が、私に好意を抱いているという話になるのよ。私と旦那様は、ただの契約の夫婦よ」
「アンネリア、本気で言っているの?旦那様があなたを大切にしているのなんて、子供でも分かるわ。そもそもあなた、こんな風に3人きりになる頻度が多いと思わない?私達若いメイドだけを、侯爵夫人でもあるあなたの傍に置くこと自体、異例な事なのよ。普通は必ず、メイド長や同等の古株のメイドも傍に置くはずよ」
「アンネリアには黙っていて欲しいと言われていたのだけれど、実はね。あなたから今まで通り接して欲しいと言われる前に、旦那様に呼び出されて“アンネリア嬢が望むなら、今まで通り接してあげて欲しい”と直々にお願いされていたのよ。急に侯爵夫人として生活するアンネリアが、少しでも心穏やかに過ごせるようにと」
「だからこうやって3人きりになる時間が多いのは、旦那様のアンネリアへの気遣いなのよ。もちろん、私たちはアンネリアの事を大切な友人だと思っているのは確かよ。でもね、本来夫人とメイドがこんな関係を築くこと自体、異例中の異例なのよ」
旦那様が私の為に、リアナとマーサにそんなお願いをしていただなんて。
「アンネリアだって気が付いているでしょう?旦那様があなたの為に、色々と動いて下さっている事を。今日の馬だって、朝一番に旦那様自ら足を運んで、馬を探していらした様よ。旦那様は侯爵家の仕事とは別に、王太子殿下の右腕としてそれこそ目が回る様な忙しい日々を送っていらっしゃる方なのに」
「そうよ、きっとろくに寝ていらっしゃらないのではないかしら?とにかく、アンネリアは旦那様から格別に大切にされているという事を理解するべきだわ」
「そんな事は、分かっているわ…でも、どうしても頭が付いていかないのよ」
元々旦那様は、雲の上の存在だった方だ。結婚だって、元々契約だったし。正直触れ合う事がない存在だと思っていた。でも今は、当たり前の様に傍にいて、当たり前の様に気遣ってくれる。
旦那様の優しさが、嬉しくない事は決してない。でも、もし旦那様に素敵な令嬢が出来て捨てられたら…そう考えると、どうしても心に壁を作ってしまう。
旦那様のお陰で、実家は一般的な伯爵家へと生まれ変わった。なぜか我が家に執拗に嫌がらせをしていたアッグレム伯爵は処罰され、伯爵家はなくなった。
そのお陰で、我がファレソン伯爵家の評判も回復したと、お母様がおっしゃっていた。アッグレム伯爵がなぜ処罰されたのか、詳しくは教えてくれなかったが、どうやら悪事がバレたらしい。
その件に関して、カレッサム伯爵夫人にもお伺いしたが、こちらも詳しくは教えてくれなかった。それでもアッグレム伯爵がいなくなったことで、家族が平和に暮らせているのだから、有難い。
もうファレソン伯爵家の脅威、アッグレム伯爵がいなくなったのだから、私はいつでも実家に戻っても問題はない。だから後は、旦那様に素敵な令嬢が見つかるのを待つだけ。
そう、素敵な令嬢を…
「アンネリア、大丈夫?暗い顔をして。とにかくあなたは、旦那様から大事にされているのよ。その事だけは、忘れない様ね。さあ、湯あみをして寝ましょう」
私は旦那様から大切にされている。そんな事は分かっている。でも…
何だかモヤモヤした気持ちのまま、その日は眠りについたのだった。
※次回、アレグサンダー視点です。
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