第29話 アンネリア嬢との生活が始まります~アレグサンダー視点~

「あなた、ここまでアンネリアの為にして頂いているのだなんて…」


「ああ、そうだな…」


 ファレソン伯爵と夫人が、クルリと僕の方を向いた。


「ビュッファン侯爵様、アンネリアの為にここまでしていただき、ありがとうございました。とてもではございませんが、私共ではここまでの治療を受けさせることはできません。どうかよろしくお願いいたします」


 僕に向かって、伯爵と夫人が頭を下げたのだ。


「ファレソン伯爵、夫人、ご理解いただきありがとうございます。それでも僕の事を信用できないという気持ちも理解できます。どうか好きな時に、アンネリア嬢に会いに我が家に来てください」


「ありがとうございます。アンネリアの意識が戻ったら、今後のお話をさせていただきたいお考えております」


「ええ…分かっております」


「それでは私共は、これで失礼いたします」


「どうかアンネリアの事を、よろしくお願いします」


 ファレソン伯爵と夫人、アラン殿は、どうやら帰るようだ。僕も玄関まで見送った。


「旦那様、まずはお着替えを。さすがにその様な格好でいつまでもいらっしゃる訳にはいきません」


「ああ、分かっている。すぐに湯あみをすませるよ。それから、あの女のところに行かないと」


「あの女とは、キャサリン様でございますか?」


「ああ、そうだ。ガウン、あの女の件は、話しが進んでいるのだろうな?」


「はい、朝一番で裁判所に被害届を提出しに行っております。そのうちキャサリン様を迎えに、収容所の人間がやって来るでしょう」


「そうか、ありがとう。それじゃあ僕は、湯あみを済ませてくるよ」


 早速湯あみを済ませ、その足でキャサリンの元に向かった。あの女、あのような事件を起こしておきながら、この家を出ていくから助けて欲しいと言い出したのだ。


 本当にどれだけ図々しい女なのだろう。正直顔を見るだけで虫唾が走る。本当にどうしてあんな女を愛していたのか…


 僕が地下牢を出たタイミングで、ちょうど収容所と裁判所の人間、さらに第一部隊の騎士隊長もやって来た。収容所の管理は、第一部隊が請け負っているのだ。



「侯爵様、この度は大変な事件に巻き込まれたそうで。それで、奥様のご容体はいかがですか?」


「隊長にもご心配をおかけした様で。手術の結果、一命を取り留めましたが、まだ意識が戻らなくて…」


「そうですか…侯爵様、今回の加害者は、あなた様の最愛の人と伺っております。このまま裁判にかければ、彼女の極刑は免れないでしょう。その上、貴族を傷つけた平民という事で、収容所でも酷い扱いを受ける可能性が高いです。本当に、連れて行ってもよろしいのですか?」


 第一部隊の隊長は、カラッセル侯爵家の人間だ。貴族でもある彼は、僕の良くない噂を知っていて、僕に気を使って聞いて来てくれているのだろう。


 そもそも騎士団には、貴族の人間も多い。その為、貴族を傷つけた平民は、どんな理由であれ刑が執行されるまで、酷い扱いを受けると聞いたことがある。その事を隊長は心配してくれているのだろう。


「ええ、構いません。僕が全て間違っていたのです。あのような愚かな女を愛したばかりに、罪のない妻に酷い仕打ちを行ってしまったのです。それにキャサリンも、平民が貴族に手を出せばどうなるかくらい、分かっていたはずです。それでも手を出したのです。正当な裁きを受けるべきだと、僕は考えております」


「分かりました。ビュッファン侯爵殿がそこまで覚悟を決めていらっしゃるのでしたら、私共も容赦しません。それでは、早速引き取らせていただきます」


「よろしくお願いします」


 地下牢へと向かう彼らに一礼した。


 その後僕は、体を清めるため再び湯あみを済ませ、アンネリア嬢の部屋へと向かった。僕が部屋に入ると、2人のメイドがすっと後ろへと下がったのだ。


 2人のメイドの目には涙の跡が。このメイドたちは確か、キャサリンから言いがかりをつけられ、アンネリア嬢に庇われていたメイドたちだ。言葉には表さないが、きっと彼女たちも、アンネリア嬢がこんな目に遭って、悲しんでいたのだろう。


「メイド長、アンネリア嬢の専属使用人は決まったのかい?」


 近くに控えていたメイド長に声をかけた。


「はい、私を含めた5人を、アンネリア様の…いいえ、奥様の専属使用人として、今後奥様のお世話をさせていただく予定でございます」


「そうか、君たち2人は確か、アンネリア嬢と仲が良かったね?今後も色々とアンネリア嬢を支えてあげて欲しい。君たちが傍にいてくれたらきっと、彼女も嬉しいだろうから」


 さっき涙を流していた使用人2人に、声をかけた。

 僕が声をかけたせいか、一瞬驚いた顔をした2人だったが、すぐに真顔に戻り


「「はい、精一杯務めさせていただきます」」


 そう言って頭を下げたのだ。アンネリア嬢は、この2人と仲が良かった様だから、彼女たちがここにいてくれたら、アンネリア嬢も屋敷に留まってくれるかもしれない。


 彼女たちには、今以上に良い待遇で、働いてもらう事にしよう。今まで迷惑をかけた使用人たちに、臨時の手当てを出すことも決めている。キャサリンがクビにしたメイドたちも、近々戻ってくることになっている。


 今の僕に出来る事はこれぐらいだが、アンネリア嬢が目覚めた時、少しでも喜んでもらえる様にしたい。そう思っている。

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