第26話 一命を取り留めたが~アレグサンダー視点~

 それにしても遅い、遅すぎるぞ。


「ガウン、どうしてアンネリア嬢の家族は、出てこないのだ?一体何をやっているのだ」


「落ち着いて下さい、旦那様。彼らが出てこないという事は、きっと彼らの中に、アンネリア様と同じ血液を持つ方がいらっしゃったという事なのでしょう。とにかく今は、待つしかありません」


 確かにガウンの言う通り、伯爵たちが出てこないという事は、きっと同じ血を持つ人間がいたという事なのだろう。このまま手術も成功してくれるとよいのだが…


 祈る様な気持ちで、手術室の前で待っていると…


「旦那様、王太子殿下に報告して参りました。それから、王太子殿下からの伝言です。“明日の貴族会議は任せておいて”だそうです」


「わかった、ありがとう」


 これで貴族会議は問題ないだろう。それよりもアンネリア嬢だ。一体いつまで手術はかかるのだろうか。


 窓からは明かりがさし始めてきた。夜が明けたのだろう。こんなに長い時間、手術をしないといけないだなんて…


 その時だった。


 ゆっくりとドアが開いたと思ったら、医者が出てきたのだ。


「アンネリア嬢はどうなったのですか?助かったのですよね?」


 すぐに医者に駆け寄った。頼む、助かっていてくれ。


「一命は取り留めました。ただ、出血が酷く、まだ意識が戻らない状況です。一時はかなり危険な状況でしたが、幸い夫人とアラン殿の血液が一緒だったため、何とか手術は成功しましたよ。専用の馬車を使って、屋敷に帰っても問題ありません。侯爵家専属の医師には、今後の治療方法の説明を行いますので」


 貴族病院では、よほどのことがないと入院する事は出来ない。その為、手術が終わるとそのまま返されるのだ。アンネリア嬢も、そのまま屋敷に帰る方向で話が進んでいる様だ。


「そうか、夫人とアラン殿の血液が一緒だったか。よかった。それでは、すぐにアンネリア嬢を連れて帰る手配を整えます。専属医師だけでは不安なので、貴族病院からも、医師と看護師を派遣して欲しいのですが」


「もちろんです。何人か派遣いたしましょう。もし準備が必要でしたら、一時的ではありますが、お部屋で休んでいく事も出来ますので、気軽にお声がけください」


「ありがとうございます。すぐに帰る手配を…て、アンネリア嬢!」


 ベッドに横たわったアンネリア嬢が、手術室から出てきたのだ。急いで彼女に駆け寄った。


「アンネリア嬢、すまなかった。僕のせいで、君をこんな目に遭わせてしまって…可哀そうに、意識がまだ戻らないそうだね。今すぐ侯爵家に戻ろう。すぐに手配を…」


「侯爵様、お待ちください。アンネリアは、伯爵家に連れて帰らせてください。馬車の中である程度話を聞いたのですが、アンネリアはあなた様の愛していた女性に刺されたのですよね?アンネリアは侯爵家で、メイド以下の生活をしていたと聞きます。その上、命まで狙われたとなると、アンネリアをこれ以上、あなた様の元に置いておく訳にはいきません」


「待って下さい、ファレソン伯爵。確かに僕が愚かだったが為に、アンネリア嬢には酷い仕打ちをしてしまいました。その上、命に係わる怪我までさせてしまった事、本当に申し訳なく思っております。ですが、もうアンネリア嬢に酷い事をしていたキャサリンは、今後法にのっとり裁きを受ける予定です。もう二度と、侯爵家には足を踏み入れる事はないでしょう。ですので、どうか…」


「侯爵様は、愛する女性との幸せの為に、アンネリアをお飾りの妻になされたのですよね?その女性が、裁きを受け侯爵家から姿を消すのであれば、なおの事アンネリアがあなた様との婚姻を継続する必要はないはずです。


 こんな事を申し上げたくはないですが、久しぶりに見たアンネリアは、やつれている様に見えました。これ以上私共は、娘に苦労をさせたくはないのです。侯爵家から援助頂いたお金は、必ずお返しします。ですので、どうかアンネリアをお返しください、お願いします」


「侯爵様、どうか娘を、アンネリアを返してください。あの子は親の私が言うのも何ですが、本当に家族思いで優しい子なのです。まだ16歳で、私共家族の為に身を捧げただけでも申し訳なく思っているのに、まさか侯爵家でこの様な生活をしていただなんて…もうこれ以上、アンネリアに苦労を強いたくはありません。どうかお願いします」


 伯爵のみならず、夫人までも涙を流しながら頭を下げたのだ。その横で、悔しそうに唇を噛みながら、同じく頭を下げるアラン殿。


 アンネリア嬢の事を思うのなら、このまま家族の元に返してあげた方がよいのだろう。でも、僕は…


「ファレソン伯爵、夫人、アラン殿の気持ちは分かりました。ですがアンネリア嬢は、まだ僕の妻です。せめて意識が戻るまでは、我が侯爵家で治療をさせて下さいませんでしょうか?アンネリア嬢の意識が戻り、その時彼女があなた達家族の元に戻る事を希望すれば、僕はその気持ちを尊重いたしますので。それに今の伯爵家では、アンネリア嬢に十分な治療を受けさせる力は、まだないのではないのですか?」


 我が家からの援助で、借金はすべて返済したものの、まだまだ経済的に厳しい状況が続いていると聞く。そんな中、大けがを負ったアンネリア嬢の治療を、伯爵家で出来るとは思えない。


 とにかく一旦、侯爵家に連れて帰って、しっかりとした治療を受けさせないと。

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