第14話 穏便に片づけるために~アレグサンダー視点~
「それでしたら、領地から大奥様がアンネリア様に会いにやってくるというのはどうでしょう。さすがに大奥様がいらっしゃるとなれば、キャサリン様はこの屋敷にはいられません。適当な屋敷を準備し、そこでしばらく暮らしてもらうというのは。そしてそのまま、理由を付けて準備した屋敷で暮してもらうのです。アンネリア様を気に入った大奥様が、ずっと王都で暮すようになったと言えば、キャサリン様も戻っては来られないでしょう」
「それは名案ですな。とにかく、あの気性の激しいキャサリン様を穏便に追い出すのは、それが良いでしょう。そうですね、領地から王都までは、4日かかるので、1週間後に大奥様がいらっしゃるという話で、キャサリン様にしたらよろしいのではないでしょうか?」
「分かった…でも、あと1週間も、アンネリア嬢にあのような酷い生活をさせるだなんて…」
「今まで2カ月以上も過酷な生活を強いて来たのです。1週間くらい、平気ですわ。もちろん、私共もフォローいたします。あと1週間の我慢だと思えば、使用人たちも頑張れるでしょうし」
「分かったよ。メイド長を始め、皆には随分苦労を掛けてしまった。僕が愚かなばかりに、本当にすまなかった。あと1週間、よろしく頼むよ」
「「「「かしこまりました、旦那様」」」」
「それじゃあ、僕は早速キャサリンにこの事を伝えてくるよ。ガウン、悪いがすぐにキャサリンが住むための家を準備してくれ。王都で適当な大きさの家で十分だから」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
すぐにガウンに指示を出し、使用人たちもそれぞれ持ち場に戻って行った。彼らを見送った僕は、大きなため息をついた。
今までの出来事を思い出す。顔を真っ赤にして、罪もないメイドたちを怒鳴りつけるキャサリン。自分の言った事が通らないと、大暴れしていた。メイド長が言っていた通り、キャサリンは僕が知っている我が儘な貴族令嬢よりも、もっとひどい女性だった。
思い出しただけでも、虫唾が走る。あれほどまでに嫌っていた貴族令嬢よりも、もっと我が儘で傲慢な女を、僕は愛していたのだ。本当に愚か以外何物でもない。
それに比べて、アンネリア嬢は…
朝早くから、文句ひとつ言わず、テキパキと仕事をこなすアンネリア嬢。質素な食事も美味しそうに食べていた。そもそもアンネリア嬢は、家族の為、僕の理不尽な要求を呑んでくれたのだ。こんな酷い仕打ちを受け、どれほど傷つき、悲しかっただろう。
それなのに、嫌な顔一つせず、文句も言わず、笑顔で必死に働いていた。没落寸前とはいえ、彼女は伯爵令嬢だ。平民出身の使用人を庇い、平民でもあるキャサリンに頭を下げるだなんて。
メイド長も言っていたが、彼女は優しくて大切な人の為なら、自らをも犠牲にできる強さを持った女性なのだろう。
アンネリア嬢…
無性に彼女に会いたくなって、そっと部屋から出た。この時間だと、さすがにもう休んでいるかな?そう思ったのだが、彼女はまだ仕事をしていた。一生懸命壺を磨いていたのだ。真剣な表情で壺を磨いているアンネリア嬢。
その姿は、とても美しくて輝いて見えた。
「アンネリア嬢、一体何をしているのだい?」
僕が声をかけると、びっくりしてこちらを見るアンネリア嬢。美しいエメラルドグリーンの瞳と目が合った。
「侯爵様。奥様に頼まれて、壺を磨いておりました。申し訳ございません、少し磨くのに時間がかかっておりました。すぐに終わらせますので」
そう言うと、再び一生懸命磨きだしたのだ。
「奥様とは、キャサリンの事かい?」
「はい、侯爵様の大切な方なので、奥様と呼ばせていただいております」
「アンネリア嬢、君は僕の妻としてこの家にいるのだよ。奥様は君だ!だからこんな事はしなくてもいいのだよ」
「侯爵様、私はあなた様から莫大な援助を頂いております。確かに形上は妻ですが、居候みたいなものですので。しっかり働いて、少しでも侯爵様や奥様のお役に立てたらと考えております。ですので、私の事は気になさらないで下さい」
にっこりとほほ笑えみ、再び壺を磨き始めたアンネリア嬢。もっと彼女と話がしたい。
「アンネリア嬢、君は…」
「アレグサンダー、ここにいたの?あら?どうしてこの女…失礼、奥様と一緒にいらっしゃるのですか?」
僕の元にやって来たのは、キャサリンだ。眉間にしわを寄せ、こちらにやって来る。
「アンネリア嬢が壺を磨いていたから、気になって話しかけただけだよ。そうそう、キャサリンに大事な話があるのだった。ちょっといいかな?」
アンネリア嬢を密かに睨みつけているキャサリンを見た瞬間、一刻も早くキャサリンからアンネリア嬢を引き離した方がいいと考えたのだ。
ただ、当のアンネリア嬢は、僕たちの事など気にも留めず、モクモクと壺を磨いていた。その姿がまた可愛らしい。
もっとアンネリア嬢と話がしたい。でも、今はキャサリンの件を解決する事が専決だ。
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