第6話
振り返ると、書類に貼り付いていた顔が叫んでいる。
細面のロングヘア、顔の下半分が髭で覆われた神経質そうな男──!
「ディルク様!」
駆け寄りながら、大袈裟なまでの狼狽したヘルマンを不思議に思うが、すぐにその理由がわかる。
「おい、早く匂いを消せ!」
ディルクはいきなり金髪の侍女の髪をつかみ、彼女の耳に叫んだ。
「聞こえたのか? あぁ?」
その場に立たせると、おもむろに腕を振り上げる。
僕はとっさに踵に力を込めた。
「……はぁ?」
構えた左腕に、割と大きめの衝撃が入った。
侍女と彼の間に割り込み、ディルクの平手が僕の腕で止まったためだ。
倒れなかった侍女と僕を見て、ディルクの顔がみるみる歪んでいく。
「……貴様、バラ騎士か。魔術で移動なんて、こすい真似しやがって」
大きな舌打ちとともに、拳は下げられるが、顔は強張ったままだ。
こういう時、どういう表情が相手にとって適切なのか、いまだに判断ができない。
いつも通りを崩さないように、少しだけ口元を緩めて会釈をした。
「初めまして、アキムです。三日後の婚礼、よろしくお願いします」
「婚礼なんてやれると思ってんのか? ったく。こんなこと、騎士団に報告すなよっ!」
視線から外れていた右手で、僕の肩を突き飛ばしてきた。
後ろに女性がいる手前、避けることは難しく、受けるしかなかったものの、意外と力が強い。
思わずよろけた体は、床へと倒れていく。
「……へ?」
受け身を取ろうと身構えたのに、僕の肩は床にぶつからなかった。
支えられたのだ。しかも、両手で。
だが、目の前には執事のヘルマン、侍女2人、庭師が2人、ロドスは遺体のそばのはず……?
「何事ですの?」
少女の声に顔をあげた。
驚きながら見回せば、僕の体を支えていたのはメイド型魔導球体関節人形だ。
この人形には見覚えがある。
「呼び鈴は鳴らしましてよ」
人形の背から、ひょっこりと美しくも豪華なお人形が顔をだした。
──さっきの、あの、少女だ。
「魔導造形師ニクラスの弟子、ミアでございます。ニクラスの代わりに、
彼女は僕に気づくと、朱色の目を大きく見開き、満面に笑顔を咲かせた。
「またお会いできて光栄ですわ」
僕の前へ滑るように移動すると、目を潤ませながら手を握ってくる。
氷のように冷たい小さく細い手に驚いていると、美しい小さな顔が、僕の胸元から覗きあげた。
「……騎士様の目は、湖の底の翠玉のよう。美しいですわ……」
僕はミアの肩を強く押し退くと、僕は後ろを向いて、ペンダントを指で確かめる。
首にある。目の色を変える魔術も発動し続けてる。
なんで、僕の目を……?
「勝手に入ってくんな! うぜぇんだよ、ガキ!」
怒鳴り声に、体を戻したときには、ディルクがミアに向けて腕を振り下ろしてた。
出遅れたと思った瞬間、ばんと大きな音が。
ミアが吹っ飛ばされると目を細めたが、そうはならなかった。
ミアは振り上げられたディルクの手首をがっちり掴み、微動だにしない。さらには毅然とした態度で言い切った。
「あなた、耳がついていて? わたくし、何度も呼び鈴を鳴らしましてよ」
ふと、彼女の顔が横に向く。
そこは薄暗く死体が横たわる部屋だ。
大きな瞳をより見開き、真っ黒な瞳孔をさっと広げた。
「……あら、そこにあるのは死体? 死体ですわ」
ドアの前に立ち塞がった僕をすり抜け、つま先にかかる牡丹のようなスカートをつまむと、ぐんぐん進んでいく。
「まあ……お可哀想に……」
ミアは腐敗の程度も気にせず、落ち窪んだ眼光を覗き込み、慈愛のこもった表情で優しく遺体の頬を撫でだした。
異様な行動に驚きつつも、僕は彼女の手を取った。
「あ、あの、危ないです。まだ死因がわからないのです」
「時間魔法がかけられていますわ。それなら問題ございませんでしょ? さすが、騎士様ですわ。用心深いのですね」
にっこり微笑んだミアを見て、僕は呆気に取られてしまった。
魔導球体関節人形を造る者は魔石を用いるため、魔力の流れをみることができる者もいる、と聞いたことがある。
だが、熟練の魔導造形師でようやく見れるものだ。
だが彼女はかけられた魔術を感じることはもちろん、どんな魔術かも当ててしまった。
一体、どんな目をしているのだと、戸惑い続けてる僕の後ろで、ディルクが「ああ!」と声をあげた。
ディルクはミアに向けて顎をしゃくる。
「ガキ、そのバラ騎士とお前の人形で犯人探しをしろ! その鞄なら、いくつか持ってきてんだろ、気色悪い人形をよ」
ミアが持ってきた赤い革鞄から、カタタタタと音が鳴る。
「……犯人探しの期限は3日。わかってんだろうなっ!」
何をいいだすのかと口を開きかけたとき、ミアが僕に勢いよく振り返る。
まるで真っ赤な薔薇が開いたようだ。
大きな瞳をさらに大きく見開いて、
「わたくし、人が人を殺す人間に、お会いしてみたかったの……!」
ミアは僕の胸へとしなだれかかる。
「よろしくお願いしますわね、翠玉の騎士様」
揺れるペンダントを指でピンと弾いた。
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