第7話 ただいま1

「うわあぁ、めっちゃ懐かしーっ……」


 我が家に着いた。

 今日はちょっと濃すぎる一日だったもんだから、なんだか久々に帰ってきたかのような感覚に陥るのだが……隣のもう一人の俺にとっては実際に何年も経っての帰宅ということになる、らしい。


 まぁ異世界に転生して戻ってくることなどはなかったろうから、そこでの年齢分家から離れた歳月になるということなのだろう。


「……そういえばアンタって何歳なんだっけ」

「うわ、乙女にそういうこと聞いちゃうんだ。モテないよ?」

「俺になったり女になったり、コロコロ武器が変わるのズル過ぎね?」


 俺がささやかなツッコミを入れると、ダブスタ俺女はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 やっぱりコイツ、俺よりも意地悪いよな。

 いやもしかして傍から見たら俺も意地悪いのか……?


 という考えがよぎったがそんなはずはないと頭を振り、クスクス笑う彼女をジロリと睨んで質問の回答を促した。

 

「……まぁ真面目に言うと、16歳くらいかしら」

「え、じゃあ俺と同い年? ……ってことは、合計年齢は32ってこと!?」

「おいそこを足すんじゃねぇ。16歳までの環境を2回繰りかえしただけだから、まだ精神はキャピキャピのティーンエイジャーだから」


 もうそうやって言い訳をしてる時点でお爺さんお婆さんの悪あがきとしか思えない。

 というか16歳までの環境でも、この世界と異世界とでは全く別物だろうし、積んできた経験としては32歳も同然だと思うのだが……。


 しかし決してそんなことは口に出すことはない。できない。


 この少女はどうやら本当に魔法を使えるみたいだからな。

 先ほどの現実離れした光景を見れば疑うなどできやしない。

 

 魔法にいったいどんなものがあるのか俺にはわからないけれど、テンプレートみたいに火あぶりの魔法とかを使えるならばあまり彼女の気に触れない方が得策だ。


「ねぇ今失礼なこと考えてるでしょ」

「はーい、ただいまただいまー」


 俺の精神性を持ち合わせているからか、こいつ勘が良い。

 変に勘繰られる前に、俺はさっさと玄関の扉を開いた。

 

 中は暗い。

 電気が点いていなく、人の気配を感じさせない静けさが漂っている。


「あれ、誰もいないの?」

「母さんたちは今日夜遅いし、美智花みちかは塾」

「あー……そういえば、そうだったかな」

 

 両親は同じ会社で共働きをしている。

 詳しくは知らないけどそれなりに大きな会社みたいで、小さい頃から夜でも家を空けることが多かった。


 美智花は俺の妹だ。

 1個下の中3で絶賛受験勉強中。

 いよいよ佳境なのか、最近は塾で家を空けることが多い。


 だから帰ってきても、こうして人がいないなんてことは珍しくなかった。


「久しぶりに顔を見たかったんだけどなぁ……」

「アンタに会っても向こうはなんのこっちゃだろ。何もかもが違うわけだし」

「いや、まぁ、そーなんだけどね」


 そう言って俺は玄関を上がり、リビングの電気を点けた。

 もうひとりの俺も、なんだかソワソワとした感じを醸し出しながらも続いてリビングに入ってくる。


「おわー……、そういえばこんな感じだったねぇ」


 彼女はしみじみというふうにそう言うと、ぐるぐるとリビングを歩き回った。

 やっぱり久しぶりの帰宅でノスタルジックな気持ちにでもなるのだろうか。

 旅行とかで2~3日家を空けるくらいが限度の俺では、十余年間も離れていた彼女の気持ちを想像することはできない。


 先ほどの脅しもあったので何かしでかさないかと一抹の不安はあったが、俺はとくに何も言わず、荷物や制服のネクタイをそこらに放りだし、ソファに身を沈めた。


(はぁ……、もう今日は疲れた……)


 ほぼ1年間付き合った彼女にフラれて、カラオケで喉が枯れるまで熱唱して、トラックに轢かれそうになって、しまいには性転換して異世界に転生した世界線の俺などというヤツがやってくる……後にも先にもここまで色濃い一日はそうないだろう。


 今日はゆっくり寝たい。

 というかもう明日学校行きたくない、もういっそ休んでしまおうか……。


 俺は頭を抱えながらソファに深く沈み込み、天井をぼんやりと見つめた。

 明日どうするかなんて考えもまとまらないまま、リビングに流れる時間が妙に静かで、少し落ち着かない。


 一方、もうひとりの俺はというと、リビングのあちこちをうろうろと歩き回り、懐かしそうに部屋の隅々まで見て回っている。

 棚の上の写真を手に取ったり、テレビ台のリモコンを手にしてみたりと、その様子はまるで、久々に実家に帰ってきた人間のようだった。


 まぁ実家に帰省してくるような人間は身近にいないので実際のところどうなのかはわからないが、たぶんこんな感じなのだろう。


「少しは落ち着いたらどーなのよ」

「落ち着くって、そんなの無理に決まってるだろ何年ぶりに帰ってきたと思ってんの!!」


 彼女はクワッと目を見開いて答えた。

 まぁ心中お察しはするんだけどさ、今日はもうゆっくりさせてほしいんだな。

 

 目の前の美少女の嘆きに反応する余力もなく、俺はフルフルと首を振ってソファに身を沈めようとした、その時。


 きゅるるるというなんとも情けない音が響いた。


 うっすらと重い瞼を持ち上げると、そこにはお腹を押さえてバツの悪そうな顔をした彼女の姿があった。


「……お腹空いた。今日なんも食べてないの」


 何も言ってないのに少女は弁解を始める。

 なるほどやはり、先ほどの音は腹の音だったようだ。


「そうか。それは気の毒に」

「え、『なんか作ってやるよ』とかないの!?」

「え、過去の自分に何求めているんだ」 

「いやいやだって、こんなに可愛い美少女がお願いしてるんだよっ!?」

「さっき効かなかった手札を擦るんじゃない」


 お腹の音に呼応するようにキュルルルンというような表情をするが、それさっきも見たから。


 というかコイツ、やたら容姿のよさを全面的に出してくるな。

 それになんというか、ここまでの言動からしてわがままな感じも見受けられる。


 コイツ本当に俺なのかよ……と疑いたくもなるけれど、でもまぁ理解できなくもない。


 なんせコイツは、やんごとない身分だった……らしいのだ。

 この容姿も合わされば周りからチヤホヤされ尽くしていたことだろう。

 そうなれば多少の我儘だって喜んで受け入れられたはずである。


 異世界の美の基準はわからないけれど、ここまでナルシズムを極めている辺り、この世界とさほど変わらないだろうし。

 性格が変容するのは当然の成り行きといえよう。


 ただまぁ理解できるだけで納得できるとは言っていない。

 

『こういう環境下だと、アナタはこんな感じになります!』と見せつけられているようでなんとも羞恥心を感じないでもないからな。



「まったく……俺くんはケチんぼだなぁ。それだから彼女にフラれるんだからね?」

「ぬぁっ……!! いやフラれたてホヤホヤのヤツにそれはあかんだろっ!!」


 スンっと表情を戻した彼女は、見事に俺のみぞおちにワンパンストレートを放ってくる。

 せっかく波乱が巻き起こって忘れかけていた傷を抉ってくるなんて……なんて人でなしなんだ、異世界の俺は。


「じゃ、今度はフラれないようにガッチリハートを掴めるようにしないとね。ということは、ガッチリと胃袋を掴めるようにしないとね!」


 つなげ方があまりにも無理があってひどい。

 どんだけ腹減ってるんだこやつ。

 

「……はぁ。たぶん冷蔵庫の中ガラガラだから、大層なモンは作れないからな」

「お、やる気になった? 流石昔の俺、やっさしぃ!!」


 手のひら返しもいいところだ……。


 まぁ今日は確かに世話になったんだし、ここは言いなりになってやるとする。

 推定自分の言いなりになるというのもおかしな話だが。


 俺は深くため息をつきながらキッチンへと向かった。

 

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