彼女にフラれて病んでる俺の前に現れたのは、TS転生した俺だった。

オーミヤビ

第1話 突然の別れ

「ごめん、別れてくれないかな……って」


 目の前の彼女のその言葉に、俺は頭が真っ白になった。

 音が遠のき、視界が狭窄する。

 額に変な汗が滲み、膝がガクガクと嫌に震える。


 ……オーケー。

 オーケー。


 いったん落ち着け、俺。


 情報を整理しようではないか。

 こういうときこそ、一度現実を顧みることが大切なのだ。 


 今日は、10月の2日。


 9月が終わり夏休み気分はとうに抜け、来週の中間テストが終われば学内は文化祭ムードに突入するような頃であり。

 そして俺にとっては彼女との1周年記念日でもあった。

 

 これまで、彼女とはいろいろなことを共に過ごしてきた。

 高校生のカップルは半年くらいで別れるというが、俺たちはそれを乗り越えて今でも仲良くやれている。


 しかしこの1周年という大きな節目を機に、俺は彼女との距離をさらに縮めようと努めているのだった。

 そして後に控える文化祭、ゆくゆくはクリスマスなんかを経て、彼女との関係をより親密に、確固たるものにしようと陰ながら画策していたのだ。


 そんな折にかかってきた彼女からの連絡。

 俺の視線を釘付けにしたのは『会える?』という四文字。

 向こうからのアクションからは久しぶりだったものだから、ルンルン舞い上がって約束の場所へ向かったのだ。


 そうしてみれば、待っていたのは神妙な面持ちをする彼女。

 加えて、開口一番に告げられる別れの……わ、……わか……れの。

 

 

 いやいやいや。


 これはきっと何かの間違いに決まっている。

 舞い上がり過ぎてテンションがおかしな方向に、聞こえてくる声を捻じ曲げたのだ。

 そうに違いない。


「なんて?」


 だから俺は、努めて冷静に、包み込むようなナイスガイのほほえみを浮かべながら聞き返した。

 しかし慣れないことをしているからか、無理に吊り上げた口角がピクピクと引きつる。


「……実は前から思ってたんだ。私たち、合わないなって」


 うぉおい。

 話を勝手に進めるな。

 俺はまだ君の要求を飲み込むことはおろか咀嚼すらできていないというのに。


 っていうか、俺たち合ってなかったの??

 嘘だろ??

 だって今までそんなこと……。 


「あ、合わないって……どこら辺が?」

 

 絞り出した声は変に上擦って、やけに大きく周りに響く。

 目の前の彼女は俺から少し目線をそらして、ため息混じりに口を開いた。


「……みつるってさ、いつも自分のこと、話してくれないじゃない?」


 彼女の声は穏やかだったが、その裏には長い間抱えてきたであろう不満と寂しさが透けて見えた。

 

「いや……いや、 そんなことないだろ? 俺、普通に話してるじゃん」


 その様子に俺は焦りを覚えながら言い返すが、彼女は首を横に振って面持ちを変えることはない。


「違うんだよ……ただ、話してるだけじゃなくて、充の気持ちを知りたいの。何を感じてるのか、何が不安なのか、何を考えているのか……私は、もっと充のことを知りたかったんだよ」


 つらつらと彼女から発せられる言葉が俺を締め付ける。


 いやそんなことない……だろ?

 だって今まで普通に会話してきたし……。


 でも言われてみれば、あまり自分のことを発してきたことはなかった気もしてくる。

 

「俺、そんなに話してなかったか?」


 俺の言葉に彼女は苦笑を浮かべながら答える。


「うん。何度か聞いたけど、いつも『なんでもない』とか『大丈夫』って言われるだけで……そのたびに、私には充が遠く感じてた。近くにいるのに、ずっと距離があるみたいで、すごく……寂しかった。」


 彼女の言葉に、俺はもはや何も言うことはできなかった。

 いや、いくらでも言い訳じみた言葉を並べることはできたが、目の前の彼女の表情がそれを止めた。


 すでに、答えを出しているのだ。

 今更何を言っても変わらないのだろう。

 1年も付き合っていればわかる。

 わかるのに、この様なのだが。


「もう、疲れたんだよ、充。私はもっと、二人で支え合っていきたかった。でも、これ以上は無理かもしれない……ごめんね」


 彼女の瞳に浮かんだ涙が、決意をさらに強く伝えてくる。俺はただ黙って、その場に立ち尽くしていた。

 

「……別れよう、充」


 その言葉は、胸の中でやけに重々しく響いた。

 俺は何も言えないまま、トボトボと去っていく彼女の背中を見送ることしかできない。

  

 恋が錯綜する季節。

 

 折橋おれはし充。

 齢16の初めての恋路は、こうして幕を下ろした。

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