第7話
「え…………、エリオットさん、でも、女性は」
「接近すると蕁麻疹、触れると呼吸困難、失神。変わらずだよ。だから見合いそのものが成功するとは思えないんだが……、どうも相手も訳ありの女性のようで。もしかしたら、こちらの事情をよくわかった上での打診かもしれない。つまり、なんらかの偽装結婚」
王宮勤務で、それなりの立場もありそうなエリオットが「断れない」と言うからには、よほどの相手から持ち込まれたのであろう。訳ありの相手が。偽装結婚。結婚?
「じゃあ、もしその話がまとまったら、エリオットさん、け、結婚するんですか」
「その相手がエスコートもキスもできない男で良いというのなら、もしかしたら。俺はそういう結婚には賛成できないが、会って話すまでは相手が何をどう考えているかわからない。せめて、俺を抜擢した理由くらいは知りたいものだが……」
「そんなの、かっこよくて好みで未婚だから、じゃないですか。権力を使って手に入れようだなんて。私にはそんなことするひとの気持ちは想像もつかない、ですけど。でも……あり得ない話じゃないし、むしろよくある話かもしれませんね。若さと美しさで金を積まれて強引に年上の男に嫁がされる女性だっているわけで……」
エリオットが男性で、相手が女性であるだけで、構図は変わらない。相手はそれができるくらいの大物だと、エリオットはすでに覚悟をしているのだ。
(結婚か……そっか、そうなったら、今みたいにここに通ってこれないって意味での打ち明け話だよねこれ。そっか……)
まだだ、まだ。彼の目の前で落ち込んではいけない。そう自分に言い聞かせても、感情を完全に支配するのは不可能で、セシルはうなだれてしまった。それをどう受け止めたのか、エリオットは低く穏やかな口ぶりで言った。
「それで、と言うのも強引なんだが、用心棒の件。君は以前、商会にあまり頼りたくなくて断っていると言っていたが、どうだろう。俺ももしかしたらこの先、今ほど自由でいられなくなるかもしれない。やはりここはセキュリティを強化した方が良いと思う」
(ああ、そうだ。私が用心棒を断った理由はそうなんです。商会、つまり実家を頼りたくなくて。本当に、もうここに来ないための準備を始めているんだ、エリオットさん)
さらに落ち込む。何事もなかったように、いつもみたいに笑っていたいのに。
「セシル? 顔色が悪い。立っているのが辛いなら休んでくれ。君の料理は好きだが、無理をして欲しくない」
「あー……うん……えっと。エリオットさんお見合いするの、嫌だなって。あ、ごめん」
本音が口からもれて、セシルは慌てて両手で口を覆った。すでに、触れ合う近さまで距離を詰めていたエリオットは、やや強引とも思える力強さで、ぐいっとセシルの手首を掴んで口元から手を外させた。
「嫌って、俺に先を越されるのが?」
「そうじゃないけど」
「他に何が?」
(言えるわけがない。あなたを好きで、他の女性に奪われるのが見たくないだなんて)
「うまく言えなくてごめん。自分でも混乱してる。エリオットさんがいるのが当たり前になりかけていたから、甘えているのかな。もう来ないつもりなのかと」
「そんなことは言っていない。俺は君の料理が好きだ。俺の体はもう、君なしで生きられないくらいに、君を求めている。目をそらさないで、俺を見て欲しい」
くっ……と奥歯を噛み締めて、セシルは顔を背けた。目を合わせられるわけがない。恋心に気づかれてはならないのだから。
(「俺の体はもう、君の【料理】なしで生きられない」でしょう、いかがわしく表現してないで、正確に言ってよ……! もっと……、もっと私から離れられないくらいに骨抜きにしておけば良かった。からあげ作るのが遅すぎたかな。絶対好きだってわかっていたから、とどめのつもりだったのに。遅……)
「今は気持ちが盛り上がってそんなこと言っていても、あなたはきっと結婚したら家庭を大事にするよ。ここにはもう来ない。来ちゃだめだ。奥さんの元に帰らないでここに通うって言うなら、私はあなたを出禁にする……!」
「君に拒絶されたら、俺は」
その瞬間、エリオットは間違いを犯したのだ。
片手でセシルの細い顎を掴み、無理やりに自分の方へと向かせる。青い瞳を潤ませたセシルを見つめ、目を閉ざし、唇を奪った。
逃げようとしたセシルを許さず、両腕でその細い体を掻き抱き、噛みつくように口づける。やがてセシルの体から力が抜け、ぐったりとしたその身を投げ出すようにエリオットの腕に預けるまで。
長く。
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