【電子書籍化】黒騎士の愛は食後のデザートにも甘すぎる

有沢真尋

第1話

「シャーリーだ、仲良くしてくれ。年齢はお前と同じ……いや、一つ下の十九歳だ」


 セシルの父、フィッツジェラルド伯爵がその美女を屋敷に連れてきたのは、セシルが十七歳のとき。


(私のひとつ下だと、十六歳のはずですが。父上、何か間違えていませんか? 見た目も少し年上に見えますが、大人っぽいだけですか?)


 セシルは混乱しつつも、自分と同じ金髪に青い瞳のシャーリーに対し、微笑みながら丁寧に挨拶をした。シャーリーも大変友好的な笑みを浮かべて「はじめまして、よろしくお願いします」と非の打ち所のない貴族令嬢の挨拶を返してきた。身につけているドレスこそ質素であったが、きちんと行き届いた教育を受けてきたひとなのだとすぐにわかった。

 伯爵は咳払いとともに、手短に事情を説明した。


「シャーリーは私の旧友の娘で、先日母を亡くして身寄りがないとのことで、私が引き取ることにした。これからはこの屋敷に住むことになる。セシル、家族として彼女の力になってあげて欲しい。肩身の狭い思いをさせないように」

「わかりました。遠慮せず声をかけてくださいね」


 顔色を変えずに快諾したセシルであったが、そこは生まれも育ちも貴族。シャーリーなる女性が何者か、このときにはすでにぼんやりと思い当たっていた。


(愛人の子、でしょうか。しかもおそらく、お相手とは母上が存命のときからのお付き合いですね。とっさに年齢をごまかしたのは、いざ事実が明るみに出ても「妻が死んだ後に付き合いが始まり、末娘より後に生まれた子だ」と言い張るため。身寄りが無くなったのなら、親の責任として手元で育てようとお考えになったのはわからなくもないですが。御本人の年齢的には後見人になるだけで十分なのでは……)


 わざわざ家に招き入れる必要までは無いのでは、と。

 理性的な判断としてそう思わなくもなかったが、何しろ相手は母を亡くしたばかりとのこと。いきなり突き放すのは躊躇してしまった。

 さらに言えば、セシルは社交界を苦手としており、普段から着飾ることもしない負い目がある。(父は可愛い娘が欲しかったのだろうか)と思えば何かを言う気も失せた。


 セシルの申し出に対し、シャーリーはにっこりと笑って「ありがとうございます」と言った。とにかく、見目麗しく感じの良い女性だった。

 その第一印象を裏切ることなく、その日から家に入ったシャーリーは、姉妹というほどいきなりセシルと距離を詰めることはなかったにせよ、隙の無い淑女ぶりで接してきた。遠からず近からず、思わせぶりな裏を感じさせることもなく。

 実際に、シャーリー本人には裏という裏はなかったのかもしれない。少なくとも、セシルや周囲に対して何かしら攻撃的な言動というものは一切なかった。お家騒動でありがちな、メイドたちを自分の取り巻きに引き込んで派閥を形成したり、二人いる未婚の兄たちに色目を使ったりということもなかった。


 ただ、伯爵家主催の夜会にて、招待客の間でちょっとした誤解が生じた。


 シャーリーは伯爵家の二男一女と髪の色も目の色も同じであり、年齢的には末娘のセシルに近い。完璧な礼儀作法を身につけた淑女で、伯爵家側の人間としてそこに立っていれば「あの方が末のお嬢様」という勘違いが自然発生しても無理からぬこと。

 さらに、本物の末娘であるセシルの不在もまたその後押しになった。

 セシルは女性の中では図抜けた長身で、ドレスよりも紳士の服装が似合ってしまう「美丈夫」なのだ。本人も自覚があり、「男がドレスを着ていると笑われるだけですから」と言って、身長が伸びてからは社交の場に滅多に顔を出していなかった。


 こういった経緯のある中で、ある日突然、シャーリーを見初めた格上の貴族から「フィッツジェラルド伯爵の末娘 シャーリー嬢」へ婚約の申し入れがあった。

 伯爵が、具体的にどういった返答をしたのかはセシルには知りようもない。おそらく「まぎれもなく彼女は私の娘で、末の子であると言っても間違いではない」といった、嘘ではないが必要な説明の抜けた受け答えをしたものと考えられる。

 特に揉めることもなく婚約となり、結婚となった。

 

 ここで伯爵家側、全員が、空気を読んだ。腹をくくったと言っても過言ではない。


 セシルは結婚式を欠席した。前後の、家族の関係する行事も内輪のものを含めすべて欠席で通した。

 相手が格上なだけに、話が進んだ段階でシャーリーの素性がバレて問題になるのはまずいと考えた兄たちも、バレぬよう行動した。つまり、相手側から何を言われても「決して嘘ではない」受け答えを持って、勘違いを敢えて是正しなかったという。使用人たちにも箝口令が敷かれ、シャーリーは伯爵家の末娘としてつつがなく嫁いでいった。


 さて、それではセシルの身の振りはどうなったのか――?


「コアントロー通りの『銀の鈴亭』。私の商会の経営しているレストランだ。高級志向ではないので貴族の利用はお忍び以外には無いだろう。かといって、いわゆる女給に特別な接客をさせるような商売でもない。料理に力を入れている、街場の食堂だ。役所勤務の役人や女性が主な客層で付近の治安も良いし、建物もしっかりしていて二階部分で暮らすことも可能だ。お前はそこの経営者として名前を入れておくので、好きにやって構わない。古参のスタッフがうまく回してくれているので、店に頻繁に顔を出す必要もない――」


 すでに嫁いで家にはいないはずの末娘が、本宅界隈で目撃されることなどないよう、伯爵は手を打っていた。

 こうしてセシルは十八歳になると同時に、家を出て「銀の鈴亭」のオーナーとなった。



 月日は流れ、それから十年。

 セシルは今も、そこにいる。


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