第24話 死線



 赤髪のシスターは、市村さんへ向けていた妖艶な目つきをガラッと変えて、まるでゴミでも見るようにあたしたちを見下す。


「それにしても、よっぽど自信があるんだね? それとも馬鹿なのか。仲間がやられたのに、同じようにノコノコやってくる心理がまるで理解できないな。そこのメガネも、小娘も」


 可愛い顔をしたシスターだったが、あたしに花を見せたいと言った時の面影はまるで無い。

 ここまで悪党ヅラをしてくれると、逆に遠慮なく殺せるというものだ。

 あたしは、魔蝕剣を構えてシスターの挑発に応えてやる。


「聞こえなかったか。死にたくなければ離れろと言ってる。あ──……まあ離れても殺すけどな」


「仲間がやられたら、やられた場所には二度と近づくなよ。それが生物としての本能だろ? こうやって無防備にやってくるなんてのは、生物としては最底辺だろうが」


「思い上がるな。何を証拠に、お前があたしより強いと言っている」


「そんなこと、すぐにわか──」


 相手のセリフの終わりに被せる形で駆け、二歩目にはトップスピードに乗っていた。

 どんな魔術を使うのかもわからない敵に、先に魔術を使わせてはダメだ。

 メガネさんがいるこの状況では、なおのことだった。


 いきなり急所を狙うと警戒されるし、敵ができる奴ならまず当たらない。

 奴は、まさかあたしの剣が魔力を無効化する魔剣だとは思っていないはず。防御できると慢心しているうちに手足を狙って戦力を削ぎ、頃合いを見て急所を狙う!

 あたしは、姿勢を低くしながらシスターの足を刈りに行った。


 あたしとは対極とも言える、棒立ちのような佇まい。到底「構え」と言えるものではない。

 それは、あたしとは戦い方がまるで違うことを意味しているのか、それともあたしを下等生物と侮っているからなのか。


 すると、突如として空中に湧き出した得体の知れない液体が、あたしの剣と奴との間に、まるで盾のように立ち塞がる。暗い色をした、赤い液体だ。


 印象的には血液そのもの。異世界人大全にも載っている「吸血魔術」という言葉を思い出す。

 ミノルの話が正しければこいつは「始まり」だから、一般的なヴァンパイアが使うものより、さらに強力な魔術である可能性が大だ。

 きっと、この「血の盾」で防御できるからこその棒立ちなのだろう。

 だが、あたしは構わずに剣を振り抜いた。


 赤い液体は、ほとんど抵抗感も感じられないままスパッと上下に分かれ、魔蝕剣はシスターの片足を膝から斬り落とした。


 足の断面から血が噴き出し、急速に床へ血溜まりを作る。

 赤髪のシスターは、バランスを崩してその血溜まりへ尻餅をついた。


「えっ。なんで」

 

 驚愕を端的に表現した呟きが、敵のメンタルをあたしに知らせる。

 本来、吸血魔術で作った盾は、相当な防御力を誇るのだろう。

 でなければ、敵が攻撃を仕掛けてきているのに棒立ちというのはあり得ない話だ。


 数えきれないほどに積んできた訓練が反射神経となり、勝手にあたしの体を動かしていく。

 既に放った一刀目のインパクトから最速で二刀目を繰り出すための最適解を、体が勝手に判断していた。

 シスターの顔に見えた焦りの色は、魔蝕剣が彼女の頬につけた傷から吹き出す血で、瞬く間に見えなくなった。


 しかしシスターも黙ってやられてはくれないようだ。


 尻餅をつき、目を剥いてあたしを睨みつける彼女のお腹から、まるで青龍刀のように大きな刃が突き出してきた。さっき見た赤い液体の盾と同じような質感だ。

 これもまた、吸血魔術の一つなのだろう。今のところ、血を自由に変形させて武器や盾を作っている感じだ。

 

 上から斬りかかろうとしたあたしを、紅の青龍刀が下から貫こうとする。


 こういう物理攻撃・・・・は、本来あたしの得意分野だ。

 魔術だろうがなんだろうが、結果的に刃やら弾やらで戦ってくれるなら話は簡単。


 タマキのように、一切の予備動作なしに超高速で飛び道具を放ってくるのは例外と言えるが、こいつはその域には達していないらしい。


 目が、攻撃の瞬間を物語ってる。

 それならよく見て避ければ良いだけだ。魔蝕剣で強化された神経は敵の予備動作を見逃さないから、こんな場所から刃が出てくるという意外性だけが油断してはならないところ。


 あたしは、下がることなく最小限の動きで血の槍を回避し、同時に、カウンターでシスターの胸に魔剣を突き刺した。

 

 そのまま床へ押し倒すようにする。魔蝕剣は、シスターを石の床に張り付けた。

 大の字で仰向けとなったシスターの口端から血が垂れ落ち、床の血溜まりはさらに広がっていく。


 なんとか良い攻撃を入れることができたが、紙一重だった。

 天井を確認すると、血で作られた青龍刀をまともに受け止めた天井は、大きな亀裂が入っていた。

 あんなもの、食らった瞬間に終わりだ──……


 あたしが視線を正面へ戻した直後、生気を失ったシスターの顔が突然歪む。

 口から吐き出された血が、あたしの右目に吹き付けられた。

 不覚にも勝利を確信してしまい、命綱である「無心」を途切らせてしまったのだ。

 その代償は、大きかった。


 あたしは、反射的に立ち上がって後ずさった。

 まだ視界を有しているもう一つの眼で見ると、シスターは、斬られた足をすでに再生し終えて立っていた。


「……貴様」


「なかなかやるね。その剣はなんだ? 私の血で防げないなんて」


「市村さんのことをどうした」


「話を聞いてなかったのかい? 私の恋人だよシンヤは」


「なら、お前をこの場で血祭りにあげて、市村さんを取り戻してやる」


「威勢だけはいいようだけど、片目を失った状態で私の攻撃を回避し続けられるか? お前の右目は失明した」


「だろうな。問題ない」


 それはそうだろうと思っていた。奴の血が入った右目は、焼けるように痛むから。

 恐らく、もう二度と回復することはないだろう。奴があえて言葉にするのは、こちらの動揺を誘うためだ。


 失ったものを嘆くのは、全くもって時間の無駄だ。

 今やるべきは、こいつを殺すこと。


 ふう、と気怠けだるそうにため息をつくシスター。

 神に仕える気など毛頭ない素振りが従順そうな顔の造りと対照的で、なんとも言えないギャップを生み出していた。


「……対魔術特殊部隊、か。お前みたいな小娘でさえそういう覚悟だとは、一体どういう集団なんだ」


「お前みたいなクズを、この世から一人残らず滅殺する集団だよ」


「光栄に思えよ。すぐにそのクズの一員・・・・・にしてやる」


「ふん。このあたしがお前程度の手先になるか。ヴァンパイアになったら、まず最初にお前を噛み殺してやるからな」


「はは。なかなか戦える奴だと思ったけど、私たちのことはあんまよく知らないんだね。私たちに血を吸われた奴は、人格と感情を上書きされる。愛しこそすれ、殺そうとなんて思わないさ」


 話を聞いていて、「上書きされる」という言い方に、魔術めいた響きを感じた。


 ヴァンパイアに血を吸われた人間はヴァンパイアになる。それは誰でも知っている。

 だからと言って、それが魔術だなんて考えたことはなかった。大体の人は、ウイルスに感染したようなものだと考えている気がする。多くの漫画や映画でもそうだからだ。

 

 だけど、ミノルの話が本当なら、奴らは魔法生物だ。「上書きされる」というのならそれは魔術だろう。なら、その発動条件はなんだ?

 眼球に血を吹き掛けられてもヴァンパイアにはならなかった。だから、あたしの体内に奴の血が混ざることをもって感染・・したというわけではないらしい。

 

 奴自身が言っているように、「血を吸う」という行為が必要なのだろう。

 それが、吸血魔術のうちの一つ、「仲間を増やす感染」を発動させる条件。


 攻撃を喰らっている本人のあたしが必死に心を落ち着けながら分析をしていた間、側から見ていたメガネさんは、感情を沸騰させていたらしい。

 銃をシスターへ向けながら声を荒げる。


「無理やりヴァンパイアにして、自分勝手に、思うがままにするのがお前の愛か」


「私たちの仲間になる前から、シンヤは私を愛してくれていた。私は彼の種族・・を変更しただけだよ」


「誰がお前のような人殺しの化け物を愛するものかよ。市村は、正義感のある刑事だった」


「お前に理解してもらう必要はない。そして彼にとっても、もはやお前は必要ない。シンヤは私と未来永劫愛し合うんだ」

 

 足に妙な感覚を覚えて見おろすと、いつの間にか血溜まりに片足を突っ込んでいた。

 血は粘性を持っていて、あたしとメガネさんの動きを縛る。


「だいたいね、仲間たち・・・・の言い分を聞くところによると、仲間になった後のほうが幸せらしいよ?」


「死ね」


「お前がな」


 

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