繋ぎ愛

九戸政景

本文

「あ、雪斗ー!」


 彼女の夏目若葉は嬉しそうに手を振る。それに応える形で俺、新庄雪斗が手を振りながら近づくと、若葉は俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。



「やっぱり安心するなあ」

「俺も安心するよ。今回は別の場所での待ち合わせになったから余計にな」

「だねー。だから会えるか不安だったよ」

「まあしっかりと会えたわけだし、それを喜ぼう」

「うん!」



 若葉が嬉しそうに頷きながらもっと体を近づけてくる。それによって、若葉の体の柔らかさや漂う香りをより強く感じ、俺はいつも以上にドキドキした。


 今日は俺達にとって五回目のデートとなるのだが、今日のデートは普段のデートとは少し違う。ショッピングしたりカラオケをしたりするのが普段のデートだが、今日は朝から夕方までホテルで過ごすことにしていたからだ。ただ、ホテルといってもビジネスホテルなどではない。いわゆるラブホテルという奴だ。



「ほら、ここにいても寒いだけだから早く行こ?」

「う、うん……」



 若葉に促されて俺達は歩き始める。地図を頼りにしながら歩くこと約10分、今日過ごす予定のホテルに着いた後、俺達はタッチパネルで部屋を決めてエレベーターで向かう。すると、俺達の部屋はエレベーターのすぐ目の前であり、顔を見合わせて笑ってから俺達は部屋へと入った。


 中々広い部屋のソファーにバッグなどを置き、風呂場やトイレなどの確認をする中で俺はやはり緊張していた。何度も若葉と肌を重ねる機会は作ったけれど、それでもこういう場所に来たりそういう行為をしたりするのにはまだ慣れているわけではないし、まだ経験の浅い俺に若葉を満足させてあげられるのかという不安はあった。



「……でも、緊張してばかりでもよくないよな。若葉の事は大切にしたいし、今後だってそういう機会は幾らだってあるはず。だったら、ここはしっかりと男らしくいよう」



 決意を固めた後、俺は風呂場を見て戻ってきた若葉と立ったままでキスをする。これまで立ったままでしたことがなかったのでより緊張はしていたが、どうにかキスを終えて俺達は当初の約束通りにお互いに相手の服を脱がし始めた。


 そして揃って生まれたままの姿になり、風呂場で軽くイチャついた後に俺達は体を拭いてからベッドの上に横になる。



「ふふ、また緊張してる?」

「うん。でも、こういう機会は中々無いし、しっかりと大事にしたいなと思うよ」

「うん」



 若葉が答え、またキスを交わした後に俺は若葉の裸体を前にしながらその肉体を味わい、二人だけの甘い時間を過ごした。そうして時折休憩を挟んだり食事をしたりしながら時が過ぎていく中、若葉は時計を見てから少し残念そうに笑った。



「そういえば、雪斗はお土産を買わないといけないし、それを選ぶ時間もあるから少し早めに出ないとね」

「え……」



 それを聞いて、俺は無性に寂しくなった。元々の予定は午前10時頃から午後6時頃までここにいる予定で、俺はそのつもりで楽しみにしていた。けれど、今はそれよりも遥かに早い午後3時頃であり、若葉の言葉は俺達だけの時間を早めに切り上げようと言っているのと一緒だった。



「……いやだ」

「ん?」

「いやだ、離れたくない!」



 駄々をこねる子供のような言い方をしながら若葉に抱きつき、俺は強く抱き締めながら若葉と一緒にベッドの上を転がる。俺達もいい年をした大人であり、分別のついた言動をするのが当たり前だ。


 けれど、俺は隣県から来ているし、会える機会というのも月に一度くらいだ。だからこそ、デートの時にはその寂しさを埋めるようにしっかりと楽しむようにし、若葉にも楽しんでもらえるように色々な工夫をしている。だから、今回だってそうするべきだ。けれど、これまでデートを重ねてきた事で、俺にとって若葉は掛け替えの無い存在となっていたし、毎日だって一緒にいたい存在になっている。その想いがあるからこそ余計に離れがたくなっているのだ。



「いやだよ、離れないでよ……」

「雪斗……」



 寂しさでいっぱいになる中で若葉の声が聞こえてくる。流石に呆れられたか。そんな恐怖と不安でいっぱいになる中で若葉は静かに俺を抱き締める。



「わか、ば……」

「もう、また今度会えるでしょ? それに、このまましてたってお土産を買いにいけないから、ちゃんと切り上げて出よう。ね?」

「じゃあ……10分! もう10分だけこのままでいさせて!」

「しょうがないなあ……」



 ため息混じりに若葉は言うが、それでも俺のワガママを受け入れてくれ、そのまま俺を抱き締め続けてくれた。結果的にもう少し粘ろうとしてしまい、流石にダメだと言われてしまったが、俺もそれを受け入れて会計をしてからホテルを出てお土産を買いに向かった。


 まだ時間としては昼と夕方の間というところだったが、それでも十分に冷えていて、若葉と俺はしっかりと手を繋いだ。今日のためにプレゼントとして用意していた手袋をつけた若葉の手は温かくて、その安心感と握り方から俺の口は自然に動いていた。



「バウス!」



 それは世界的に有名なアニメ映画の名シーンで主人公とヒロインが言う呪文のようなものなのだが、それを聞いた若葉は呆れたような顔でため息をつく。



「もうやだ、この人! そんなことするなら、もう繋いであげないからね!」

「ご、ごめん! なんかこう……握り方的にそう言いたくなっちゃって!」



 俺は必死になって弁明する。そんな情けない俺を見ながら若葉は冷たい視線を向けていたが、それでもまた手を繋いでくれた。そしてお土産を買い、若葉の家まで送り届けた後、俺は電車に乗るために帰ろうとした。



「それじゃあまた……」

「あ、ちょっとこっち来て」

「ん?」



 何だろうと思いながら塀の影までついていくと、若葉は少し背伸びをしながらキスをしてくれた。その後、俺も若葉を抱き締め、俺は若葉とまたねと言ってからそのまま歩き始めた。


 俺達の今後は誰にもわからないし、色々な苦難だってこの先には待ち構えているだろう。けれど、今日のデートで更に深まった絆と繋ぎあった愛があれば大丈夫なはずだ。



「……もっと色々頑張ろう。そして若葉から可愛いだけじゃなく、カッコいいって言ってもらうんだ」



 寒さで少し赤くなった拳を握りながら決意を口にした後、俺は自分の家に帰るために駅へ向かって歩いていった。

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繋ぎ愛 九戸政景 @2012712

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