第12話 再発
[side: カイル・フォン・エリシア]
セリスが奇跡的に一命を取り留めた。そう聞いたときは全体から力が抜けフォッっとした。知らず知らずのうちに力んでいたみたいだった。
セリスが一命を取り留めた――そう聞いてからというもの、執務を終えるなり真っ先に彼女の元へ向かった。彼女に会えるのを心待ちにしていたが、実際に対面すると何をどう言えばいいのかわからなくなる。
「セリス……。」
ただ、その一言、声をかけるだけで言葉が止まった。セリスが私の声に反応してこちらを向いた。その目は私をみているようで見ていない。焦点の定っておらず、どこかぼんやりとしてる。
「セリス、今までのこと申し訳なかったと思っている。良ければ、こんな私を許してくれないか。もちろん、私の存在が不快だと感じるのなら言ってもらって構わない。ただ身勝手ながら謝罪させてほしい。」
自分の言葉が虚空に消えていくような感覚だった。セリスはただ私の方を向いているだけで、意識が遠くにあるような状態に見える。それでも信じたかった。このまま彼女と会話すらできない未来だけは受け入れたくない。セリスをここまで追い込んだのは俺なんだから、このまま一生、会話することも謝ることさえもできないんじゃないかと思うと胸が締め付けられるように悲鳴をあげた。
返事を、返事をしてくれよセリス
「―――――――い……い…よ………。」
少し遅れてセリスが返事を返した。掠れ、弱々しく伝わる声に胸に針が突き刺さるような痛みを覚えた。その声が彼女の状態がまだ悪いことを伝えていた。だだ、セリスが返事をしてくれた。それが唯一の救いだった。
何回も何回も1日に祈るような気持ちでセリスの元へ会いに行った。いくら会いに行ってもこのままセリスが通常の生活に戻れないのではないかという不安が拭えなかった。
あれから三日。セリスの体調は少しずつ快方に向かっている。まだ目の焦点が合わなかったり、意味を成さない返答をすることもある。それでも、少しずつ会話が増え、初日の恐怖は薄まりつつあった。
「セリス、入るよ。」
そう声をかけて部屋に入ると、彼女は眠っているようだった。そばに座り、ふと彼女の腕に触れる。目を覚ましたら、何を話そうか――そんなことばかり考えてしまう。
「なんで……、カイルがいるの……!」
掠れた、非難する声で顔を上げると涙を流しながら怒りに染まるセリスの顔があった。セリスを傷つけた張本人である俺を憎むのは当然だ。それでも、胸のどこかが痛んだ。
セリスが私を見て喋っている。この三日間話しかけるとぼんやりとした返事が返ってくるばかりでセリスから言葉を発することはなかった。良かった。ずっとあのままなんじゃないかという恐怖は薄まりはしていたものの、心の奥で恐怖がこびりついていた。それが今、セリスを見て取り除かれるようだった。
胸に広がる痛みよりもセリスが話しかけれるまで回復した。その事実が今までの不安を吹き飛ばした。
「セリスのことを見舞いに来たんだ、迷惑に感じたのだとしたら謝罪するよ」
そう言いながら立ち去ろうとすると、セリスは何かを慌てている様で口をパクパクとさせていた。
「また、明日また見舞いに来るよ」
扉の前で足を止め、セリスの方を振り向いた。もう一度だけ、セリスに会うことを許して欲しい。そういうと扉から出ようとセリスに背を向けた。
「ま…待って、いかないでよ…!嫌だ……、待って」
思わず、足を止めてセリスの方へ振り返った。 涙を流しながら縋るように私を見ている。言葉を失うほどの痛々しい姿だが、その言葉に安堵を感じると共に頭の中が混乱を起こした。
――セリスはまだ、俺を必要としてくれるのか?
――いないで欲しいのではなかったのか?
まだこちらを縋るように見て「嫌だ、待って」言い募る姿は良心が刺激され、 迷わず、セリスのそばに戻った。目を閉じ、ようやく穏やかな表情を浮かべるセリスを見つめながら、そっと寄り添った。
毎日、執務が終わるとすぐにセリスの元に会いに行った。寝てて会話できない日もあった。セリスと会話することで傷つけた自分を呪うこともあったが、だんだんと話せるようになっていくのは嬉しかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
偽装婚約破棄から1ヶ月が経ち、帰国した
「カイル、お前が何をしでかしたのか分かっておるな。」
玉座から響く、威厳ある声。クレマチス公爵家を勝手に処刑した件について、事前に報告していたものの、その処遇は降爵に留める予定だった。
「はい。」
クレマチス公爵家が処刑されたことで貴族たちの不信が私に向けられる中、執務が増え、孤立感が深まっているのを感じていた。
「余が
「よって、カイルを王太子の地位から廃する。代わりに第二王子、テトルを新たな王太子とする。カイルには、自身の愚行の償いとして、旧クレマチス公爵領の一部を統治し、ロータス公爵として封爵する。」
私が統治することになる地域を宰相の口から告げられる。どこもかしこも統治することが難しく、旨味の少ない地域だと言われているところばかりであった。
「異論はないな?」
国王の有無を言わさぬ確認が私に投げられた。
「ございません。このようなことを行った私に償う機会を下さること。寛大なる国王様に感謝申し上げます。」
深々と国王様に頭を下げ、短く感謝の言葉を述べた。
玉座の間に重苦しい沈黙が降りた。頭を下げたまま、私は自分の浅慮が招いた結果の重さを噛み締める。国王からの「退出を許す」という短い言葉が響くと、背筋を伸ばして顔を上げた。
一礼し、玉座の間を後にする。その間、玉座の間に並ぶ貴族たちの視線が鋭く突き刺さるように感じられた。その中には安堵の色を浮かべた者もいれば、私の運命を憐れむ者もいる。それらに目を向けることなく、私は歩き続けた。
重厚な扉がゆっくりと閉じられ、音が玉座の間に響き渡る。それが完全に閉まった瞬間、私は小さく息を吐き出した。だが、その足取りは止まらない。
長い廊下を進む間、足音が石造りの壁に反響する。その音に紛れるように、胸の内からわき上がる深い後悔と、未来への決意が静かに燃えていた。
――愚かだった。感情に流され、国に害を及ぼす判断をした自分が憎い。
歩みを止めず、拳を強く握りしめる。もう過去の過ちは変えられない。だが、これからの行動次第で、償いと信頼の再構築はできるはずだ。
執務室に戻る途中、廊下で控えていた家臣たちが一斉に頭を下げた。その中で、グレオ卿がそっと近づき、小声で尋ねる。
「殿下、国王様は何と……」
「グレオ、殿下ではない。これからはただのカイルだ。」
厳しい口調で言い放つと、グレオ卿は息を呑んだ。だが、彼の表情はすぐに引き締まり、短く頷いた。
「……承知しました、カイル様。」
それ以上は何も言わず、私は歩みを再開する。玉座の間の冷たい空気はまだ体に張り付いているように感じたが、前へ進むほかなかった。
――旧クレマチス領に向かうその日まで、与えられた時間を無駄にするわけにはいかない。
胸の奥で強く決意を固めながら、私は廊下の先へと歩みを進めた。
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