《完結》すれ違う善意
コウノトリ
王城編
第1話 希望の扉を閉ざして
[side: セリス・ホオズキ]
「セリス、カイル殿下とは上手くいっているのか?クレマチスの令嬢が殿下と仲良さそうにしているという報告を聞くが?」
「………。」
本当に嫌になる。カイルがレナ・クレマチスと仲が良くなってから私を気にかけてくれていたお父様は変わってしまった。
元々、お父様にとって自分の権力を強めるための道具に過ぎないのかもしれない。
答えられず、目を伏せる私にお父様は太った腹を揺らし、私の髪を掴んで無理やり視線を合わせてくる。怒りで眉を吊り上げた顔がすぐ目の前に迫り―――。
「お前と殿下の仲が良くないという報告が来ているが?」
その声には明らかに苛立ちが滲んでいた。
私とカイルの仲は数年前から良いとは言えなかった。それでも嫌われてはなかったように思う。むしろ、もし自惚れでなければ、ほんの少しだけ好いてくれていたのではないかと思うこともあった。
でも――いつから、嫌われてしまったんだろう。昔はたまに向けてくれていた笑みも今はもう私に向けられることはない。
もう、無理だとお父様も理解していると思う。もう家に来てくれることは無くなったし、カイルと呼ぶことを禁じられてしまった。誕生日の時にくれていたプレゼントも花という簡易なものに変わってしまっている。婚約者である私を迎えに来てくれることも無くなった。
それでも、せっかく勝ち取った「王太子妃の座」を仇敵のクレマチス家に取られるのが許せないのだろう。
「この後のお茶会で仲を深めることができるように励みます」
そう答えながら、胸に刺さる僅かな痛みとともに内心では「無理だ」と悟っていた。変に仲を深めようと近づいていったところでカイルとクレマチス嬢の恋を燃え上がらせる障壁にしかなれようがない。
いくら逆効果になる可能性が高かっても、私のことを道具のようにしか思っていない親でもお父様には一応ここまで育ててくれた恩はある。
その恩に報いるため、私は珍しく招待されたカイルの開く茶会に出て、仲を深めようと努力しようと思う。
「お前の持てる魅力を使ってでも、殿下をホオズキ家に繋ぎ止めろ!」
そう言うと大きめの飾りのついたネックレスを投げ渡す。
もうお父様は貴族としての品位もなく、私の名前を呼ぶ余裕さえも失ったただの醜い存在に堕ちてしまった。
クレマチス嬢がカイルと婚約すれば、ホオズキ家は影響力を失い、カイルと私が結婚すると思って使ったお金が回収できない。
ホオズキ家は凋落の一途を辿るだろう。
「はい」
私は深くお辞儀をしてネックレスを拾うと執務室を退出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「カイル殿下、ご招待いただきありがとうございます。」
「名前を呼ばないでくれと言ったはずだ。ホオズキ嬢。今日、招待したのはあなたとの婚約を破棄するためだ」
カイルは会うなり、優越感に浸っている
「――そうですか……。理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「言われぬと分からぬか!お前はレナに毒を盛ること数知れず、ついには賊を雇って襲わせた。こんな罪人を婚約者にできるわけがないだろう!今までは証拠がなかった。だがな、賊が持っていた依頼書にはホオズキ嬢、あなたの名前とホオズキ家の家紋が入っていたのです。残念ながら言い逃れができないのですよ。」
カイルは物分かりの悪い子供を哀れるように悲しそうに私が
カイルの有無を言わさぬその言葉が私が「そんなことはしていない」と反論する言葉を喉に詰まらせた。
カイルの横で「怖かったです〜」と嘘泣きをする
私は何もしていない。だけど、カイルが私をあんな風に思っていることが、どうしようもなく胸が痛かった。
お父様に言われているから仲が深めれるようにしようと思っていた。
けど、実際は私がカイルのことをやっぱり好きなこと。仲を深められなかった時を恐れて見ないようにしていた。
「ですが、この書類が偽造されたものでないという証拠がないのもまた事実。なのでホオズキ嬢、あなたを王城の懲罰室に幽閉させていただきます。抵抗しないでくださいね。乱暴なことはしたくありませんから。」
こんな場面でも淑女であり続けるために私は声を荒あげ否定せず、大人しく従った。
近衛騎士が私に魔封じの手枷をつけ、誘導される。その間、クレマチス嬢が私のことを見て、カイルに擦り寄りながらニヤニヤと笑っているのが腹立たしかった。
国王はカスタルク王国の王族に招待を受けていた。カイル殿下の横暴を止めることのできる人はこの国に残っていなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここに入れ」
ただそれだけを言うと私を引き連れてきた衛兵は厳重に鎖で閉じられた金属で作られた扉を開き、私を押し込めた。
そしてすぐに、重厚な音を立てて鍵がかけられる。扉が閉じられた瞬間、王宮から響いていた生活音はすべて消え去り、私はまるで別世界に取り残されたような不思議な感覚に陥った。
懲罰室は想像していたよりも整然としていた。それが逆に冷たさを際立たせる。部屋の広さに対して少ない家具の数々が、空間の無機質さをさらに強調している。
何もすることのないこの空間は、ただそこにいるだけで余計なことを考えさせる。考えたくもないことが次々と胸をよぎり、静けさが心を苛んだ。
――本当は昔みたいに無防備なはにかんだ笑みを私に向けて欲しかった。
――クレマチス嬢より私との時間を優先して欲しかった。
――カイル、あなたは私の婚約者なのに。
――私だけを見てよ。
どうして?
どうして私は嫌われているの?あなたのために王妃教育も頑張った。
好きな剣も淑女が振るうものじゃないからやめたのに。
「どうして?どうして私が嫌われているの?
あんなに努力したのに、何がいけなかったの?」
思わず嗚咽混じりな声が漏れる。そこで自分が泣いていることをはじめて認識した。
真っ直ぐ、置かれたベッドに飛び込み、枕を抱きしめ、顔を
こらえようとしても、溢れ出る涙を止めることはできなかった。淑女がベッドに飛び込むなんてことをしてはいけないとかいう正論は今は考えたくなかった。
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