追放されたフェアリードラゴン使いの農家が勇者として拾われる件(ボツ案1)

@gi-ru777

第1話 農夫フェーンの災難な一日

「被告人フェーンリック・レーン。本件につき、貴公に落ち度なしと認め、無罪を言い渡す」

 俺は裁判官の判決に対して、軽く笑みを浮かべる。当たり前だ。俺に落ち度なんてない。

「逆に原告ルーデンドルフ伯爵。貴方のご子息はフェーンの家畜を傷付けただけでなく、ローゼンリッヒ侯爵の財産を傷付けた罪の方が大きい。よって、ルーデンドルフ伯爵は罰金の刑に処する」

 ルーデンドルフ伯爵は判決に納得せず、不満げな顔を浮かべた。

「フェーンに金貨三十枚、ローゼンリッヒ侯爵に十枚の罰金に処する」

「裁判官!異議あり!罰金刑は逆ではありませんか?」

 ルーデンドルフ伯爵は声を張り上げて抗議する。彼の顔は怒りを抑えようとしているが、今にも裁判官や俺を殴りそうな勢いだ。


「私どもは知らなかったとはいえ、ローゼンリッヒ閣下が農民からご購入した商品を駄目にしたのは申し訳なく思います。私の息子の教育の失敗が招いた事案である為、父親としての責任はあります。再教育をして二度とこのような事が無いようこの場で誓います。しかし、いくらドラゴン使いで陛下からの特権を貰ってるとはいえ、元は農民の出のものです。ローゼンリッヒ閣下に金貨三十枚、農民に金貨十枚の罰金刑が妥当ではないでしょうか」

 四十五歳の年齢にしてはルーデンドルフ伯爵の幼稚で長ったらしい屁理屈に、俺もローゼンリッヒ侯爵も呆れるほかなかった。

「ルーデンドルフ閣下。この裁判の場で身分の違いを持ち込むのを辞めて頂かないか。失礼ながら、御自分の立場を理解してらっしゃらない」

 髭も頭も白髪の裁判官はさすが経験豊富だ。冷静にルーデンドルフ伯爵を諭している。

「そもそも、閣下のご子息様が彼の農園の魔物に攻撃魔法を唱えたのが発端ではないでしょうか。彼が被った被害はローゼンリッヒ閣下よりも甚大です。そこに身分も関係はありませんか」

 シックで上品にまとまったコートを羽織った裁判官はあくまでも、冷静にルーデンドルフに分かりやすく判決の内容を説明する。対して彼は、黄金のエングレービングを施した豪華な紫色のコートに似合わないほどに取り乱していた。

 やはり、育ちの良さは身分に関係あるとは限らないなぁとしがないドラゴン使いの農夫の俺は思った。

「⋯⋯裁判官。言いたいことが分かった。しかしそれではローゼンリッヒ閣下に対する侮辱になるのではないか」

 え? ここで引き下がらないのか、あの伯爵。

「侮辱とは?」

 裁判官が質問すると、ルーデンドルフ伯爵はコートで見え隠れするふっくらしたお腹を揺らしながら答える。

「ローゼンリッヒ閣下は農民よりも高い地位に立つお方です。公平な裁判と言えど、農民よりも低い罰金刑を命ずるのは閣下への侮辱ではありませんか。ここはローゼンリッヒ閣下に金貨三十枚、農民に金貨十枚が妥当ではありませんか」

「いい加減、見苦しいぞ。ルーデンドルフ侯爵」

「ひぃ!」

 痺れを切らしたローゼンリッヒ伯爵の低い声に、ルーデンドルフは短い悲鳴を上げる。

「さっきから聞いていれば、私の友人を侮辱しているではないか。私は友人から最高級のモーモンを注文したのだ。それを貴様の息子が駄目にした。ただそれだけだ」

 黄金のエングレービングを施された若草色のコートに身をまとった俺の友人は静かに奴を睨む。

「は、それは大変申し訳ありません。閣下。で、ですが⋯⋯」

「お前の言い訳でモーモンが戻るのか? 私は最上位ランクのモーモンの肉と牛乳さえ口に出来ればそれで良いのだが」

「⋯⋯いえ」

 ローゼンリッヒ伯爵の迫力に、格下のルーデンドルフ侯爵は縮こまる。モーモンは牛に悪魔のような角が生えた大きな牛の姿をした魔物だ。性格は温厚だが、牛よりも1.5倍ほどデカいので一度暴れると人間なんて何人も殺しかねない恐ろしい魔物だ。その分、栄養価も高く肉も牛乳も濃厚で高値で取引される。その最上位となると、用意する手間と時間がかかる。 今さら奴が用意するなんて難しいだろう。

「それとも、私とフェーンにそれぞれ金貨三十枚にしてくれるのか?」

「か、閣下! それだけは⋯⋯。それだけはお許しください!」

 ルーデンドルフは狼狽し、侯爵に懇願する。

「なら、決まりだな。裁判官殿、これで裁判が終わったという事でよろしいですか?」

 ローゼンリッヒ伯爵は裁判官に踵を返し、柔らかい口調で質問する。

「閣下、原告も納得しておりますので手続きさせて頂きます。お手間をかけますが、書類手続き願います」

 裁判官は胸に右手を当てて経緯を示す。一人を除いて、俺たちの表情は緩んでいく。

「我が息子が粗相をしてしまい、本当に申し訳ない。だが、ドラゴン使いの特権はあくまでも王が便宜上付けたものだ。図に乗るなよ」

 俺は、奴の小声の捨て台詞と共に受け取った罰金の金貨が本物かを確かめる。重りを図ったりメッキが剥がれないかの簡単な検査で金貨を確かめたが、確かに本物だ。俺は一枚一枚丁寧に金貨を袋へしまう。

「ふん。ここで偽物を出していたら裁判でまた訴えたのに、残念ですな」

 俺は自分の事を見下している伯爵に言い返すと、伯爵は握りこぶしを作って俺を睨みつける。

「俺に構っているよりは、早くローゼンリッヒ閣下に謝罪したらどうかな? それとも本当は閣下に謝罪したくないのか?」

俺はローゼンリッヒ伯爵や裁判官に聞こえる様にわざと大きな声を出す。

「そ、そんな、滅相もない戯言を口走るな!」

 ルーデンドルフは真っ赤な顔で叫ぶが、俺は無視して裁判所を出た。腕をケガしたルーデンドルフ伯爵の息子であるジョンショーン二世が、憎らしそうに見ている。あー、このガキ謝る気がないな。親も親で謝罪する気なんてないから、今後逆恨みすると俺は思った。後で対策を練っておこう。

「ギャーオ!」

 裁判所を出ると、オレンジ色のフェアリードラゴンが、夕焼けを映すように輝きながらばっさばっさと翼をはためかせてきた。ドラゴンは地面に降り立ち、俺の頬にスリスリして甘える。

「おぉ。心配してくれたのか? 無罪だよ、リデル。俺たちは何も悪くないからね」

「ギャオス」

 俺がフェアリードラゴンのリデルの頭を優しく撫でると、嬉しそうに鳴いた。

「待たせたな、フェーン。今回は災難だったな」

 後ろから、ローゼンリッヒ侯爵の声が聞こえたので俺とリデルは振り返る。

「いえ。閣下こそ、災難でしたね。……最高級のモーモンを提供出来ないのは残念です」

 俺は申し訳ない気持ちにいっぱいになり、頭を下げる。

「いや、あの男の息子がしでかしたことだ。君に何の落ち度はないから気にしなくていい」

 閣下はさっきの裁判とは打って変わって、優しい笑みを浮かべる。

「そう言ってくれると有難いのです。代わりのモーモンのご用意は出来ますが、いかがでしょうか。……ご所望のランクよりも二桁下がりますが」

「まぁ、しょうがないな。頼む。いつも助かるよ」

 ローゼンリッヒ侯爵は俺にねぎらいの言葉と共に、金貨十枚が入った袋を手渡した。

「あの、金貨十枚もしませんよ? Bランク一頭で銀貨六十枚台で取引されるものですが」

 俺は慌てて閣下に突き返す。こんな大金なんて持つのも恐れ多い。

「いや、あの農場の被害は甚大だろう? 子供とはいえ、攻撃魔法で私が契約購入したモーモンの他に四頭も死傷して他のモーモンも暴れたのだろう」

「……はい。幸い、リドルが止めてくれたから大した被害が出なかったです。しかし、他国や他の貴族に納品予定のモーモンにまで被害が出ているのでこれから返金対応しないと」

「それは大変だな。それと、ルーデンドルフの件だが、今後もっと大変な事になるかもしれん」

「あらかた検討はついていますが、どういう事ですか?」

「恐らく、ルーデンドルフ親子が君に嫌がらせをしてくるだろうと予想されるが、これは単なるきっかけに過ぎないかもしれん。今の平和の時代に、魔物料理やドラゴン使いの存在が薄らいでいる」

 ローゼンリッヒ侯爵の言いたいことがなんとなく分かった。勇者が魔王を討伐してから七十五年経った今、俺たちの存在意義が薄らいでいるのは確かだ。魔王が討伐される以前は魔王の呪いによって、家畜や作物が育たない呪いがこの国から周辺国まで広がっていた。家畜も作物も育てることが出来なかったこの国では、飢えと魔物や魔族の襲撃によって疲弊していたらしい。

 そこで勇者一行は「魔王の討伐」「魔物の家畜化と調理方法の伝授」「魔王の呪いの解読」の三つを実行し、多くの国々を窮地から救ってくださったらしい。その過程で俺たちドラゴン使いの存在が必要とされ、次世代の勇者の育成が進められた。

 しかし、勇者一行が祖国へ帰ってしまい、魔物や魔族の襲撃もない、魔王の呪いの解読が少しずつ進んだ平和の時代では、かつての勇者の功績と共に風化が進行している。

 むしろ、俺たちドラゴン使いや魔物農家は危ない魔物を使役して国を脅かす存在だと主張する輩もいる。


「便利さに慣れすぎた結果、危険性に無頓着になってしまっただけだな。我々は」

 ローゼンリッヒ伯爵はため息をついてリドルの頭を丁寧に撫でる。

「そのようですね。貴族だけでなく、庶民の中にもそういった勢力がいますね。」

「私の方でも貴族院で根回しをして、モーモンの受け取りついでに私の部下を警護につける」

「ありがとうございます!そこまでしてくれるなんて、有難い限りです」

「良いんだ。妻と娘の仇を取って埋葬を手伝ってくれた礼をさせてくれ」


 俺は頭を下げてローゼンリッヒ侯爵に感謝を述べた。彼がこうして温厚に接してくれるのは、俺にとって大きな支えだ。

「頼むよ。だが、無理はするな。何か困ったことがあればすぐに相談してくれ」

 侯爵は優しく微笑むと、部下たちを連れて裁判所を後にした。俺はその背中を見送りながら、手綱を握りしめたリデルの大きな頭を撫でる。

「リデル、行こう。今日はこのまま農場に帰る。もう一仕事しなきゃな」

「ギャオス!」

 リデルは嬉しそうに翼を広げ、一気に空高く舞い上がる。俺もその後を追い、農場へと向かう足を早めた。


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