第23話 「眠りと黒塚先輩の夜」

夕暮れの屋上。秋風が穏やかに吹く中、黒塚先輩は手すりにもたれて遠くを見つめていた。隣で座白君は静かにノートを閉じる。




「ねえ、座白君」


「……なんですか」


「眠りって、ただの休息だと思う?」




唐突な問いに、座白は少しだけ考え込む。そして、いつもの冷静な口調で答えた。


「……基本的にはそうじゃないですか。体を休めたり、脳を整理したり」


「ふむ、それも正解。でも、もっとロマンチックな考え方もあると思わない?」




黒塚が微笑みながら座白を振り返る。その視線に少し圧倒されながらも、座白は言葉を続けた。


「……ロマンチックですか」


「そう。例えば、眠りの中で見てる夢が、もう一つの人生だとしたらどう?」




その奇妙な仮定に、座白は小さくため息をついた。


「……先輩らしい発想ですね。でも、それだと現実と夢の区別がつかなくなりそうです」


「それも面白いと思わない?」




黒塚は楽しげに笑いながら、手すりから身を起こした。


「現実では叶わないことも、夢の中では何でもできる。そんなことを考えたら、眠るのが少し楽しくならない?」


「……僕は、夢を見るよりぐっすり眠れたほうがいいですけど」




座白の実用的な答えに、黒塚はくすっと笑う。


「やっぱり現実主義ね。でも、たまには夢を楽しんでもいいと思うわよ」




彼女はそう言うと、夜空が少しずつ姿を見せ始める空を見上げた。そして、静かに呟く。


「眠りって、ただの休息じゃなくて、心が遊ぶ時間でもあるのよ」




その言葉に、座白はしばらく黙り込んだ後、静かに返した。


「……先輩の言うことも、少し分かる気がします。でも、僕は眠りをただの手段にしておきたいです」


「ふふ、それも座白君らしい答えね」




夕闇が二人の影を長く伸ばしていく中、どこか穏やかな空気が漂っていた。

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