第7話 「笑顔と黒塚先輩の秘密」

放課後の校庭。日が傾き、オレンジ色の光がグラウンドを包む中、黒塚先輩と座白は並んで歩いていた。いつもと変わらない、穏やかな帰り道。ふと、黒塚先輩が足を止め、座白を見上げた。




「ねえ、座白君」


「……なんですか」


「笑顔って、何のためにあると思う?」




また奇妙な質問だ、と座白は思ったが、特に表情を変えずに返す。


「……何のためって、普通は感情を表すためじゃないですか?」


「ふむ、正解。でも、それだけじゃないのよ」




黒塚先輩は薄く微笑みながら、手を軽く広げた。


「笑顔には、人を安心させたり、信頼させたりする効果があるの。いわば、コミュニケーションの武器ね」


「……まあ、そういうのは聞いたことがありますけど」




座白は冷静に答えつつも、少し考え込む。黒塚の話にはどこか続きがありそうだ。




「でもね、座白君」


「はい」


「じゃあ、無理して作った笑顔でも、同じ効果があると思う?」




その言葉に、座白は少しだけ沈黙した。そして慎重に言葉を選びながら答える。


「……効果はあるかもしれませんけど、嘘っぽい笑顔って、逆に相手に不信感を与えることもあるんじゃないですか」




黒塚はその答えに満足げに頷き、小さく笑った。


「そうね。だから本当の笑顔って、きっと嘘がないときにしか出ないのかも」




夕陽に照らされる彼女の顔は穏やかで、どこか遠いところを見ているようだった。座白は少しだけ気になり、問いかける。


「……それで、先輩は本当の笑顔をどうやって見分けるんですか?」




黒塚はしばらく考えた後、小さく微笑んで答えた。


「簡単よ。自分が笑顔になったとき、相手も自然に笑ってくれるかどうか」


「……なんですか、それ」


「ふふ、でもね、意外と効果的よ。本当の笑顔って、伝染するものだから」




座白は少しだけ呆れたような顔をしながらも、その言葉に妙な説得力を感じた。そして、ふと黒塚の顔を見ると、彼女がこちらをじっと見つめていた。




「どうしたんですか」


「座白君も、もっと笑ったほうがいいわ。そうすれば、もっと人を惹きつけられるかも」


「……別に惹きつけたいわけじゃないので」




そう答えつつも、座白の口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。黒塚はそれに気づいたのか、小さく頷いて満足そうに言った。




「ほらね、自然に笑えるじゃない」




夕陽の中で交わされる静かなやり取り。それは二人だけの、ささやかなひとときだった。

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