第5話 「生マッシュルームと黒塚先輩の豆知識」

放課後の帰り道。秋の空気が漂い、木々の間を歩く二人。ふとした沈黙を破るように、黒塚先輩が話しかけてきた。




「座白君」


「……なんですか」


「生で食べられるキノコって、マッシュルームだけなのは知ってた?」




また唐突な話題だ、と座白は思ったが、いつもの冷静さで返答する。


「……いや、知りませんでした。それ、本当なんですか?」




黒塚は満足げに頷きながら、歩きながら空を見上げる。


「そう、ほとんどのキノコは、生で食べると毒があったり、消化が悪かったりする。でもマッシュルームだけは大丈夫」




座白はふと立ち止まり、考え込むように黒塚を見る。


「それ、どうしてマッシュルームだけなんですか?」


「いい質問ね」


黒塚は得意げに微笑むと、人差し指を立てて説明を始めた。


「マッシュルームは他のキノコより毒素が少なくて、成分がシンプルなの。それに、栽培されているから、自然界の有害物質にさらされることが少ないのよ」




「なるほど」


座白は納得したように頷きつつ、ふと思いついた疑問を口にする。


「でも、普通はキノコって火を通したほうが美味しいですよね。わざわざ生で食べたいと思う人がいるんですか?」




黒塚は歩みを止め、座白に向き直る。そして、少しだけ挑発的な笑みを浮かべながら言った。


「……座白君、マッシュルームのサラダを食べたことない?」


「……いや、あるかもしれませんけど、そんなに意識してなかったですね」




黒塚は満足げに頷きながら、また歩き始めた。


「じゃあ次に食べるときは、『これが唯一生で食べられるキノコだ』って意識してみて。きっと、味が変わって感じるはずよ」




「……そんなことで変わるんですかね。」




座白は半ば呆れながらも微笑みを浮かべた。そして、しばらく沈黙が続いた後、ふと思いついたように聞く。


「先輩は、マッシュルームを生で食べることに、何か特別な感動とかあるんですか?」




黒塚は足を止め、ふわりと振り返った。そして、少しだけ真剣な顔をして答える。


「うん。例えば、誰かと一緒に食べるとしたら――その瞬間が、ちょっとだけ特別になる気がするから」




その言葉に、座白は一瞬言葉を失ったが、すぐにいつもの調子を取り戻す。


「……また、何を言ってるんですか」




黒塚はそれ以上何も言わず、夕陽に照らされながら歩き続けた。


座白もそれを追いかけながら、ふとつぶやいた。


「……本当に、意味が分からない人だ」




だが、その声には、少しだけ楽しげな響きが混じっていた。

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