第41話 あなたが確かに居た「証」

 東京駅から、群馬県の草津温泉までは、夜行バスで移動した。一人4000円ちょっとの、お手軽な値段だった。



 駅でケンジと合流して、バスへ乗り込む。


 厚い黒ぶち眼鏡を掛けたケンジは、俊也の隣の通路側の席で、一人、静かに、ずーーーーーっと、液晶タブレットで絵を描いていた。バスは揺れるけど、描きにくくないのかな……?


 ケンジの隣の俊也は、窓の外の夜景を見ていた。いつの間にか眠くなったのか、瞳を閉ざしていた。


 私は、夕方の配信が「宅配弁当サービスの案件」だったため、普段の配信よりも気を張っていて、疲れてしまった。バスの揺れが心地よく、すぐに眠りに落ちてしまった。


 翌日の早朝には、草津温泉に到着していた。



 現在、10月の終わり際。ちょっと肌寒かったので、バスを降りた私と俊也は、カバンの中にしまっておいたカーディガンを羽織った。


「着いたーー!!」


「草津なんて、何十年ぶりですよ。中学のときの同窓会で、行ったっきりです」


「へぇ、ケンジって、同窓会とか行くんだ。なんか、そういうタイプに見えないけど」


「へへ、仲が良かった……といっても、もう50年以上前なんですねぇ……ちなみにわたし、北海道の田舎出身ですから、同級生が20人しかいないんですよ」


「え、少な!?ウチの中学とか、同級生だけで200人近くいたのに」


「俺の中学校も、さきねぇと同じぐらいでしたね」


 俊也と佐紀音という、二人の【赤首ツバキ】が通っていた中学校とは比べ物にならないほど、ケンジの中学校は小規模だった。



 都会出身の二人は、ケンジの「同級生20人発言」に、目を丸くした。


「20人だと、すぐに集まれそうですね」


「そうですよ。それはもう、毎月のように集まって酒を呑んだものです」


「ウチは、独りぼっちでずっと、配信してたから、中学の同級生とも、高校の同級生とも会ってないな……」


「お友達は、いらっしゃらなかったのですか?」


「居たには居たけど……うん、あんまり仲良くなれなかったな。でも、今は、ケンジとか、俊也とか、リオンちゃんとか……すっごくいい人と出会えたから、気にしてない」


「おやおや、嬉しいことを言ってくれますね」


「俺も、さきねぇと会えて、ほんとによかった。さきねぇと会えなかったら、本当につまらない大学生活を淡々とこなすだけになってたかもしれない」


「ウチも、俊也に会えて、考え方とか、いい方向に変わったかも」



 ケンジは、二人の背後から付いて歩きながら、仲睦まじい双子のきょうだいだなと、思っていた。



 だが、俊也と佐紀音の二人は、本当は、双子ではない。


 俊也と佐紀音は、かつての、鏡に「もう一人の自分」がうつった日を思い出して、妙なノスタルジーを感じていた。あの日から、もうすぐ一年が経とうとしているのだ。



 そんな、かつての思い出話や、青春時代の話に花を咲かせながら、3人は、草津の街を歩いて回った。


 印象的だったのは、【湯畑ゆばた】という、草津温泉のシンボル的な場所だ。硫黄の香りが、意外と良かった。ケンジと俊也を隣に、湯畑を背景に、佐紀音は、自撮りした。


「ケンジ、俊也、この写真、SNSに上げていい?あ、俊也とウチの顔は、もちろん、スタンプで隠すよ」


「よろしいですよ」


「いいよ」


 SNSアップの許可を二人から得た佐紀音は、少し時間をおいて、写真をSNSにアップした。



=====〈写真〉======


【草津】俊也とケンジと草津温泉にきてまーす!足湯、気持ちよかった~


===============


 さっそく、佐紀音の近況を待ち望んでいたであろう、多くのリスナーから、返信が寄せられた。



【ケンジさんと俊ちゃんも一緒なのね。楽しそう(^^♪】


【リオン様ハブられてる?】


【ゆっくり休んでくださいね!これからも応援します】


【草津いいなぁ】



 で、【湯もみ】のショーを見てから、近くの蕎麦屋さんで昼食をとった。天ぷらが大きくて、蕎麦のコシもあって、おいしかった。


 宿の受付が始まる時間まで、お土産屋さんを巡った。


 両親へのお土産には、お饅頭と、「草津温泉 たまごボーロ」を買って、ズッ友のリオン向けのお土産には、クッキーをたくさん買っておいた。



「はい、これあげる」


「お、ありがとう。これは……ぐんまちゃん?」



 俊也へプレゼントしたのは、群馬県のマスコットキャラクター【ぐんまちゃん】のストラップ。なぜ、お菓子とかをプレゼントしなかったのか、それには理由がある。


「これを持っておけば、もし、鏡で世界が行き来できなくなっても、ウチと俊也が【確かに会った】っていう証になるでしょう?」



 そう説明しながら、佐紀音も、自らの斜め掛けのカバンに、俊也に手渡したものとお揃いの、ぐんまちゃんストラップを取り付けた。


「鏡の通り抜けができなくなる……か。確かに怖いな」


「でしょ。ウチともし、ある日突然会えなくなっても、互いを忘れないために持っておいてよ」



 これまで、一年近く、鏡を行き来して、俊也と佐紀音は、配信活動を一緒に続けてきた。それが、あまりに日常に溶け込みすぎて、違和感を感じなくなっていた。


――鏡の向こうから、もう一人の自分がやってくるなんて、この世界で絶対にありえない、超常現象の類なのだ。



 だから、ある日突然、会えなくなってしまっても何ら不思議ではない。互いを忘れないために……



――俊也には、もう、カノンちゃんを失ったような悲しみを味わってほしくない。



 そのための備えの一つと言っても過言ではなかった。


「そうか……すっかり忘れてたわ。さきねぇが、性別の違う【もう一人の俺】だってこと……」

「ウチは、俊也と出会えてよかったって、本気で思ってるから、忘れたくない。誕生日配信で罰ゲーム賭けて戦ったことも、FPSでワイワイやったことも、ウチと俊也とリオンとケンジで年越ししたことも、ホラーゲームでぎゃーぎゃー騒いだことも、一緒にポテチ食べたことも、――俊也と喧嘩したことだって、忘れたくない……」



 ある日、日常が奪われることの悲しさを、俊也の過去の景色から学ばせてもらった。


 いつまで今の「あたりまえ」が続くかは、神様だけが知っているのだろう。


 だから、生きる世界を超えた「あなた」が確かに力強く生きていた証として……一緒に楽しんだ思い出を忘れないために……


「ありがとう、さきねぇ……いや、【ツバキさん】」


「うん、【ツバキくん】」



 二人の【赤首ツバキ】は、固く握手を交わした。冬の到来を予感させる冷たい風が、互いの手の温かさをより引き立てた。


 そこへ、大量のお土産の入った袋を持ったケンジが戻ってきた。


「お待たせしました。ご近所さんの分まで悩んで買っていたら、遅くなしまして」



 陽が傾き始めていた。世界を闇に染め上げる夜が近づいている。

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