第7話誰を敵に回しても
「ああ、エルミーヌ。見て? この光沢」
シャルロットは、布の上を指先で滑らせながら、まるで頬ずりでもしたいかのようにうっとりとした表情で布を撫でている。その顔には深い感動と喜びが表れている。
「まだ商品にしていなかった糸があっただなんて。運がいいわ。見て、織り目よく編み、染めただけなのにこの美しさ。素敵!」
私たちは村から残っていた糸を全て買い取り、その糸で布を作り上げた後、私たちの好きな色に染めてもらった。布の色は、光の加減で微妙に変わり、輝いている。
「本当に美しいですわ。ドレス2着分しかないのが残念ですが」
「生き物の繭ですもの。量産には時間がかかるわ。まぁ、でも先に私たちが宣伝塔になる予定だったし、今は2着分で問題ないわ。それに、ドレスづくりにも時間をかかるもの」
どんなに急いでも1か月はかかるかしら。
「と、いうことで今からデザイナーに会いに行くわよ」
「どのような方ですか?」
「有名ではないわね。新鋭よ。デザインを見たら驚くわよ」
シャルロットは、自信満々で、私たちはそのまま馬車に乗り込み、目的地へと向かった。王都の繁華な通りの裏手にある、小さな工房が私たちの目的地だった。
「いらっしゃいませ」
あら、ずいぶんと若い方ね。ドアが開くと、目の前には予想よりずっと若い男性が立っていた。
「予約をしていないけど、問題ないかしら? 私は、シャルロット・モンフォール。こちらはエルミーヌ・ルーベンスよ」
「王太子殿下の婚約者様の!?」
男性の目が大きく見開かれ、驚きのあまり言葉が出ないようだった。
「元よ。ああ、まだ公に発表されていないから内緒にしてね」
「そ、そんな高貴な方が…私の店に? お店をお間違えじゃありませんか?」
「間違っていないわ。あなたがデザイナーのダリオでしょ?」
「え、ええ、そうです。名前をご存じだったのですか? 光栄です」
「あなた、以前王家主催のドレス選定会に出展していたでしょ?」
ああ、あの選定会。
広く新しいデザインを募集したが、最終的には貴族に好まれる仕立て屋の作品が選ばれた。特に斬新なところはなく、オーソドックスな型に豪華なレースが施されていた。
王妃様たちはそのデザインにご満悦だったけど。
「ええ、チャンスだと思って出展したのですが、1次で落ちました。はは」
「実は、私、審査の補助をしていたの」
私は、来賓の方の接待をしていたわ。裏方だったから、最終的に選ばれたものしか見ていなかったけど、この方も出展していたのね。
「おお、そうでしたか。1次で落ちた私の作品を覚えていてくださったのですね」
「もちろんよ! 斬新なデザインで、私が長い間探し求めていたドレスそのものだったわ」
「本当ですか!? …実は、講評で“はしたない” と言われてしまい、かなり落ち込んでいたのです」
「私は決して酷評などしていないわ。保守的な方々がそう言っただけよ。ねえ、エルミーヌにも、そのドレスを見せてくれない?」
「もちろんです! 酷評を受けたとき一度は捨てようかとも思ったのですが、渾身の作品だったもので…ああ、取っておいてよかったです!」
店主が急いで奥に向かい、1枚のドレスを持ってきた。そのドレスは、デザインが洗練され、目を引くものであった。
これは…
「どう、素敵でしょ?」
ネックラインが両肩を露出するほど大きく開いたデザイン。全体的に細身で、スタイリッシュかつ上品な印象を与える。スカートの広がりが少ないため、大人っぽい雰囲気を醸し出している。
「これは、着る人を選びますね」
「このドレスは、私たちの身長と体型にぴったりだと思うの。私たちが着るのですもの。絶対に、はしたなくならないわ。むしろ、とても上品よ」
私たちのやり取りを満面の笑みで見ていたダリオが、機嫌よく言った。
「実はもう一つ、おすすめのドレスがありまして」
そう言うと、また奥へと急ぎ足で行き、ドレスを手に戻ってきた。ダリオが持ってきたのは、切り替え位置が高く、下半身に余裕を持たせたタイプのドレープ入りドレスで、華やかでありながらも上品さを保っている。
「まあ、これも素敵!」
「本当ですわ! シャルロット、迷ってしまいますわね」
しかし、にこやかだったダリオの顔に、突然影が落ちる。
「…お嬢様方。高位貴族はそれぞれお抱えの仕立て屋がいますよね。私がその方たちを差し置いて、お嬢様方にドレスを作ってもよいのでしょうか?」
「大丈夫よ! 一応、筋を通して提案はしたの。斬新なものにチャレンジしてみない? って。でも、冗談だと思われて笑顔で流されたわ。伝統的なドレスにこだわることは悪いことではないもの。無理強いはしないわ。話に乗らないという選択肢を選んだのは向こうなのだから、あなたも気にすることはないわよ」
「そうですか、でも…」
横のつながりも縦のつながりもありますものね。
「ねえ、ダリオ? これを見せてあげるわ。とっておきのものよ」
シャルロットは、侍女に目配せをし、輝くあの布をダリオに見せた。布はまるで光を吸い込むかのように、動くたびにきらめいていた。
「こ、これは! さ、触っても?」
ダリオの目が驚きと興奮で大きく見開かれ、彼は震える手で布に触れした。布の滑らかな感触に、彼の顔がますます真剣なものになっていく。
「美しいでしょ? ダリオは、これでドレスを作りたいと思わない?」
ダリオは、布を手に取りながら真剣な表情で考え込み始めた。彼の目は布の繊細な光沢に引き込まれている。
「…お任せください! 誰を敵に回しても、この布でドレスを作ってみたいです。この布で、一世一代のドレスを作り上げて見せます!」
ダリオの声には決意が込められており、その目には情熱が燃えていた。彼のその強い意志に、シャルロットも私も満足げに頷く。
「ふふ、期待しているわ」
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