公爵令嬢、現状を公爵と雑談する

 父親であるセンぺドミニカ公爵に呼ばれたサンクトゥルシアはすぐに彼の書斎に参じた。

 ラスカスは今日中に片付けなければならない仕事は既に終えられているようで近侍の淹れた紅茶の香りを楽しんでいた。

「お父様、サンクトゥルシア、参りました」

 サンクトゥルシアが略式の礼をしている後ろでカルペディエムが書斎の扉を閉める。

「トゥルサ、お掛けなさい」

 ラスカスに椅子を勧められたサンクトゥルシアはもう一度頭を下げてから腰掛けて父親と向かい合う。

「それでリザルドギルドへの挨拶は無事に済んだのかい?」

 カルペディエムがサンクトゥルシアに紅茶を出すのも待たずにラスカスは愛娘との会話を始める。現役の公爵当主らしく表情も声も凛々しく威厳に溢れたものだが、常に付き従うお互いの近習達には彼が娘とお喋り出来るのが楽しみであるのが良く分かる。

 主やその父親に向けて苦笑を見せれば叱責が飛ぶのは避けられないので二人は鋼の精神力で胸に込み上げる可笑しさを飲み込んでいた。

「ええ。サイブレッド公爵閣下が丁寧に御教授くださいました。予定通り私からの投資もお渡ししてあります」

「ふん、サイブレッドの爺さん当主か。トゥルサの積んだ金に驚く顔が目に浮かぶな。あれは私でも初めて聞いた時は悩んだものだ」

 貴族としての格が等しいサイブレッド公爵に思う所があるようで、ラスカスはサンクトゥルシアに肝を冷やされたであろう彼の姿を思い描いて留飲を下げている。

「お父様が子供の自主性を重んじ、また私の才覚を見込んで頂けてますこと、心より感謝しておりましてよ。お陰で国宝リザルドを王太子に献上するという突拍子もない事業に着手出来ました」

「まぁ、トゥルサならそれくらいはこなすと信じているよ」

 センぺドミニカ公爵の言葉はけして親の色眼鏡ではない。まだ十六であるにも関わらずサンクトゥルシアはセンぺドミニカ公爵家の携わる事業を幾つか担当しており、その全てで業績を伸ばしている。

 勿論、ラスカスも扱いが難しいものや採算の取れないものを避けてサンクトゥルシアに任せてはいるものの、同年代の貴族子女と比べれば遥かに目を見張る功績を示している。

「しかし、ニアクリスタル号と言ったか。今回手に入れたあれ自体は後継要件を満たせないのだろう? その子供が後継認定を受けるには早くても三年が掛かるが……」

 国宝リザルドの後継個体として選出されるには当然様々な条件がある。ラスカスが口にしているのはその中の血統についての項目だ。

 国宝リザルドの後継となれるのは国宝リザルドの子供か、そのまた子供までだ。三世代離れた子孫となった時点で国宝リザルドの後継個体候補からは除外される。

 そして後継個体のその候補の認定を受けるにも最低で三歳以上であるのが申請の条件だ。そこまでに素質ない、または育て方が悪ければ候補から弾かれる。

 ラスカスの懸念はその年数にある。貴族令嬢は早ければ十二歳でも結婚をし、サンクトゥルシアの十六歳というのは当に適齢期、周囲が逸って婚約者を斡旋してくる年頃だ。

 サンクトゥルシアの血筋と才覚と見目麗しさを考えれば、上は妻に先立たれた老人から下は年齢が二桁なったばかりの子供まで、ありとあらゆる貴族から求婚や婚約が申し込まれるだろう。

 さらに王太子であるセレスティス殿下は十八歳になる。王族を囲む上流貴族達の中には世継ぎを早く作るために躍起になって王太子の婚約者を探している者もいる。

 三年という長い間、サンクトゥルシアは押し寄せる権力者の求愛を全て退け、さらに王太子にも婚約者が確定していないという幸運が求められるのだ。

 父親であるラスカスがつい渋い顔になるのも已む無しというもの。

「お父様、安心なさって。余りに有害なケダモノは潰しますし、殿下に付く虫もきちんと取り除きますわ」

 しかしサンクトゥルシアは父親の悩みを嫣然と笑う。

 男を獣に、女を虫に例えて、例えた通りにさも害獣や害虫と同じように容赦も呵責もなく潰して回るという娘の発言を、小娘の思い上がりと鼻で笑うようなことはラスカスには出来なかった。

 サンクトゥルシアの実母が亡き今、誰よりもサンクトゥルシアを大切に想い、そして誰よりもサンクトゥルシアの実力を知っているのはラスカスに他ならない。

 これ以上この話題を続けるのはサイブレッド公爵よりも無様な姿を見せることになりかねないと、ラスカスは話を転換することにした。

「それでニアクリスタル号は幾つの卵を孕んでいるのだったかな?」

「鑑定士の見立てでは六つでしてよ」

「そうか。国宝となるに足る良き子供が生まれるよう、ドラゴンの卵を用意した。母親にも精が付くだろう」

「まぁ、それは有難く存じましてよ。ニアクリスタルの世話をしていた厩番うまやばんが、最後まで看取るのだと活き込んで家に席を移したんですの。話を聞いて、良いタイミングで与えましてよ」

 二人してさらりと話しているが、人間の英雄でも破産覚悟で追い求めるのがドラゴンの卵だ。ドラゴン本体に比べれば身体強化の神秘は格が下がるが、栄養という点では肉よりも優れている。

 一部の低ランクなドラゴンは天才によって飼育されているとは言え、世間に出回るようなものではないのに、それをリザルドの妊娠に合わせて取り寄せて惜しげもなく与えるという親子は、やはり何処かズレている。

 しかしそれくらい常識外れではくては王太子妃の地位を確実に手に入れると言えないのがサンクトゥルシアの置かれた状況でもある。権謀術数の貴族社会を跳ね除けて逆に貴族達を手中に収めるような人物とは、常識なんていう枠に収まっていてはいけないのだ。

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