ある台風の日に
森杉 花奈(もりすぎ かな)
台風の日の救世主
今日の午後、台風が上陸した。
会社で仕事をしていた私は最初は楽観して、
いつも通り無事に家に帰れると思っていた。
だからいつも通り仕事をしていた。時間はど
んどん過ぎて行く。台風はますます勢力を強
めていく。仕事が終わり、少し違和感のよう
な不安を感じた時には既に遅かった。交通機
関がマヒしてしまったのである。このままで
は家に帰れない。電車が止まりよく使うモノ
レールまで止まってしまっていた。会社から
家までは、モノレールで2駅。そこから更に
歩いて徒歩15分。タクシーを使おうかと考
え始めてタクシー乗り場へ向かうと、乗車待
ちの長蛇の列だった。少し待ってみたが、タ
クシーに乗れるまで2時間以上待たなければ
ならなさそうだった。どうしよう。このまま
では家に帰れない。困っていると誰かが皆に
伝えてくれた。
「路線バスが動いているそうですよ」
良かった。路線バスはマヒしていなかった。
少し離れたところに、路線バスのターミナル
がある。幸いなことに私の家から路線バスの
停留所までは徒歩1分だ。路線バスに乗るこ
とが出来れば、家までストレスなく帰れる。
だか路線バスのターミナルは屋外にあって、
私は傘を持っていなかった。雨はザアザアと
降っている。このままではずぶ濡れになるの
は明らかだった。
路線バスのターミナルまで向かう。
こちらもやはり長蛇の列だった。でもバスは
動いていた。少しずつ列がはけていく。ずぶ
濡れになるのを覚悟で列に並ぶと、となりに
いた青年が声をかけてきた。
「良かったら、使ってください」
青年は傘を差し出してくれた。青年は傘をふ
たつ持っていた。
「僕は僕の傘も持っているので」
青年は半ば強引に傘を握らせると、人込みの
中へ消えてしまった。
「ありがとうございます」
私は咄嗟にお礼を言ったが、その時青年は既
にいなかった。私の声が聞こえたかどうかは
わからない。青年はいなくなってしまった。
だが、傘があるおかげで私は雨に濡れずに済
んだ。スーツもスカートも無事だった。その
ままバスを待ち、バスに乗り込む。少し青年
のことを思い出した。名前も告げずに傘を差
し出してくれた青年。そういえば少しハンサ
ムだったな。バスに揺られながら私は感謝の
気持ちで一杯だった。
あれから何日も過ぎ、私はいつも通り会社
で仕事をしている。台風の日は傘をちゃんと
持ち歩こう。うっかり雨に濡れないように。
本当に気を付けるようにしようと思った。
いつかまたあの青年に会うことがあったら、
きちんとお礼を言おうと思う。あの台風のと
きのあの青年の思いやりを忘れないように。
自分もいつか同じように他人を救うんだ。
私は今、雨の日は折りたたみ傘と、蛇の目
傘のふたつを持ち歩いている。
ある台風の日に 森杉 花奈(もりすぎ かな) @happyflower01
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