第12話 解決

 「でも、最初の事件でヤモリは部屋のどこにいたんじゃな?」


 宮井が聞いた。麻衣が答える。


 「管理人さん。私、インタ―ネットで調べてみたんです。そうすると、ヤモリは住宅地ではブロック塀の隙間や使用されていない郵便受け、さらにはエアコンの室外機の中によく潜んでいると書いてありました。さくら女子寮のお部屋にもあるのは、エアコンの室外機です。つまり、ヤモリが花井さんと山崎さんのお部屋のエアコンの室外機の中に潜んでいて、ホースからお部屋のエアコンを通って、室内に忍び込んだんです。そして、お部屋の中をうろうろした後で、同じルートを通ってまた室外機に戻っていたんです。実はエアコンの室外機にヤモリが入り込む例は非常に多いらしくて、各電気メーカーがヤモリの侵入を防止するシートを開発して販売しているくらいなんですよ」


 麻衣の説明に宮井が目を丸くした。


 「へえ。そんなのを売っとるのかい。知らんかったぞなもし。でも、あんた、ヤモリは雨の日に活動できるのかいのう? わたしゃ、田舎でヤモリをよう見たが、雨に濡れるとヤモリというのはてっきり死ぬもんじゃと思っとった」 


 宮井が田舎と言ったので、浩太は宮井が田舎の話を始めるかと心待ちにした。しかし、麻衣が宮井よりも先に口を開いた。


 「ヤモリが雨に濡れると死ぬという話も調べてみました。ヤモリは水の中を泳ぐし、雨に濡れても平気のようですよ。だから、雨に濡れると死ぬというのは迷信らしいんです」


 宮井が驚いた声を出した。


 「へぇ、そうなんかいの! 知らんかったぞなもし。でも、北倉さん、ヤモリはどうして、いつも室外機から室内に入っていたんじゃ? 室外機に潜んどっても、室外機から室内には行かずに、中庭の方に行ってもいいわけじゃろ?」


 麻衣がちょっぴり真剣な顔をした。


 「そこなんですが・・・『蚊柱立てば雨』ということわざをご存じですか? さくら女子寮は中庭が雑木林になっているでしょう。林の中には小さい虫がいっぱいいますよね。このことわざの蚊柱は、ユスリカなどの小さい虫のオスがメスを引き寄せるために作るんです。ユスリカなどは水のあるところで産卵する必要があるんですけれど、雨で水たまりができることを知っていて、それで本能的に雨の降る前に交尾のための蚊柱をつくると言われています。そして雨の前に蚊柱を作って、交尾のあとは雨に当たらないように家の軒下などで休んでいるんです。蚊柱は一つの例ですけれど、このように雨の日の軒先には小さな虫がたくさん休んでいるんですよ。そして、その小さな虫が寮生のお部屋の中に入ったんです。では、雨の日の軒先に休んでいる小さな虫がどうしてお部屋の中に入ったんでしょうか?」


 麻衣はいったん話を区切って、ゆっくりと宮井と浩太を見渡した。宮井と浩太はだまって麻衣の話に聞き入っている。それを見て、また麻衣がゆっくりと話し出した。


 「そのヒントになったのが、昨日、占部君が私のお部屋へ侵入したことだったの」


 急に自分の名前が出てきて、浩太は飛び上がった。


 「し、侵入って。僕は密室の謎を解こうとして、そ、そのう・・・」


 麻衣が弁解する浩太を笑いながら制した。


 「言い訳はいいわよ、占部君。いい。聞いて」


 「・・・」


 「私、占部君の侵入があった昨日の自分自身の行動を思いおこしてみたのよ。私は外から帰ってお部屋に入ると、まずベランダの窓を開けようとして、まっすぐにベランダに行ってカーテンを開けたの。そうしたら、ベランダに占部君が立っていて、どじょうすくいを踊っているので、驚いて悲鳴を上げちゃったのね。私、あのときの自分の行動から、私は外から帰ってくると無意識にいつもまっさきにベランダの窓を開けていることに気づいたのよ。さくら女子寮のお部屋はベランダの窓しか外部に開かれていないでしょう。それで、外から帰ってくると無意識にベランダの窓を開けてお部屋の喚起をしていたのね。お部屋の空気がよどむのはいやでしょう。よく考えると、私は雨の日も、そうやって換気をしていたのよ。


 すると、その換気のときは、ベランダの窓が開いてるんだから、何かが自由にベランダから室内に侵入できることになるでしょう。それで、花井さんと山崎さんはどうしてるのかなと思ったわけ。そこで、私が花井さんと山崎さんに聞いてみたら、二人とも雨が降っていても会社から帰ったら必ずベランダの窓をしばらく開けていたというんですよ。それで、私は、雨の日のこの窓が開いているときに、何かが二人のお部屋に入っているんじゃないかって思ったの。つまり、このときに、小さな虫のようなものが室内に入った。そして、その虫を食べようとした何か、天井から落ちてくる何かがお部屋の中に入った。・・・と順々に考えていって、小さな虫とヤモリの可能性を思いついたのよ」


 一生懸命に麻衣の言うことを頭の中で整理しながら、浩太が麻衣に聞いた。


 「と、いうことは、北倉さん。どうなるのかな?・・つまり、雨が降る前には小さな虫が蚊柱をつくってメスと交尾をする。そして雨が降ってきたら軒下などに避難していて休んでいる。花井さんと山崎さんは帰ってきたら必ずベランダの窓を開けていた。だから、雨の日には必ず部屋の中に、その軒下に休んでいた小さな虫が入ってくるようになる。ヤモリはその小さな虫を狙って、室内に入っていくようになった。・・・そうか。つまり、雨が降り出しそうだと察すると、ヤモリが勝手にエアコンの室外機からエアコンのホースを通って、自動的に花井さんと山崎さんの部屋の中に入っていくようになっていたんだ。つまり、雨が降ると自動的に、ヤモリが室内に入る状況ができていたというわけだ。・・・そして、ヤモリは室内に潜んでいて、人がいなくなると室内を動き回っていた。その後、ヤモリはエアコンのホースを通って、また室外機に戻っていっていた。・・・ということになるのかな?」


 麻衣が頷いた。


 「そうなの。占部君の言う通りよ。さくら女子寮は中庭が武蔵野のなごりの雑木林になっているので、お庭に小さな虫が多いのよ。その小さな虫が媒介になって、雨の日になるとヤモリが自動的に寮生のお部屋に入るといったことが起こっていたのよ。つまり、第一の事件は、その勝手に入ったヤモリがお部屋の中で動き回っていたずらをしていたという実に単純な事件だったのよ」


 浩太が感心した声を出した。


 「そうか。そういうことだったのか」


 「ところで、占部君。室内の物が動いた花井さんと山崎さんのお部屋は2階と3階の7号室で上下になっていたのを覚えているでしょう。最初に物が動いた花井さんが307号室、次に物が動いた山崎さんが207号室だったわね。ヤモリは最初、3階の花井さんのお部屋の室外機に隠れていたのよ。だけど、部屋の中の物が動くので、花井さんが気味悪がってお部屋を替わったでしょう。そうなると、307号室は無人になって、ベランダを開ける人がいなくなったのよ。それで、室内に虫が入らなくなってしまった。そこで今度は、ヤモリはすぐ下の山崎さんのお部屋の室外機に移動して、山崎さんがベランダの窓を開けるたびに、室内に入ってくる虫を捕えていたというわけなの」


 「なるほど。花井さんと山崎さんの部屋が上下になっていたのは、そういう関係があったのか。・・・では、二番目の事件はどうなの? 倖田さんが犯人というのはどういうことなの?」


 浩太がせかすように聞いた。


 「さっきと同じように、最初の事件と二番目の事件を切り離して考えてみて。そうすると二番目の事件は、


 1.雨の日には、中庭に不審者がいた。


ということだけが条件になってしまうのよ。そうなると雨の日に中庭をうろうろしているような人を探すだけになるでしょう。それで、私は倖田夏樹さんを思いついたわけなの。実は倖田さんは、お部屋でニホンアマガエルを飼っていたのよ。ニホンアマガエルというのは、よくお家の中で飼育されるカエルなの。さくら女子寮では、小さなペットはお部屋で飼ってもいいのよね。だけどカエルは動く餌しか食べないでしょ。飼ってみたのはいいけれど、倖田さんは蚊とかハエなどの小さな昆虫を用意するのが大変難しくて困ってしまったの。そこで、やむなく、カエルを中庭の雑木林の中に逃がしてあげたのよ。そして、倖田さんは雨が降るたびに庭に出て、逃がしたカエルを見に行くのを楽しみにしていたの」


 浩太が聞いた。


 「じゃあ、倖田さんが言ってた、ピョコちゃんというのは?」


 麻衣が笑いながら答える。


 「ピョコちゃんというのはね、倖田さんがつけたカエルの名前なの。実は私がさくら女子寮の寮長になったときに、倖田さんから寮の中でニホンアマガエルを飼いたいんだけどいいかしらと相談があったのよ。そのとき、いいですよと答えたんだけど。・・・それで二番目の事件が雨の日に起こるというんで、倖田さんを思い出したというわけなのよ。カエルって縄張りがあってね、倖田さんが飼っていた二ホンアマガエルも、女子寮の中庭の特定の場所に住みついたのよ。で、雨の日になると、さかんに活動するようになるので、倖田さんは雨が降ると、中庭にあるカエルの縄張りに出かけていって、ピョコちゃんと会っていたという訳なのよ」


 浩太が感心した声を出した。


 「そうか。なるほど。はじめから二つの事件を切り離して考えたら良かったんだね」


 「そうなの。わかってみれば、どちらも事件というほどのことではなかったのよ。二つの出来事を一つにして考えたために、『事件』が出来上がってしまったというわけなの。・・・まさに毫釐千里ごうりせんりということだったのね」


 「何それ? ご、ごう、ごうり?」


 「初めはごくわずかな違いでも、最後は大きな違いになってしまうということなの。言い換えると、最初はごくわずかなミスでも、最後は大きな誤りになってしまうということなのよ。つまり、何事も初めは慎重にすべきだと戒める言葉よ。・・・占部君。あなたも、さくら女子寮でこれから生活するんだから最初が肝心なのよ。毫釐千里ごうりせんりを忘れないでね。特に、あなたの場合は安易に女の子のお部屋に入り込まないように注意しないとね。まして女の子のお部屋のベランダで、どじょうすくいを踊るなんて論外もいいところだわ。これからは私が厳しく指導してあげるからね。覚悟しなさい」


 「えっ、あ、は、はい。ごめんなさい。もう許してよ。・・・すみません。もうしません」


 浩太が必死になって頭を下げるのを見て、麻衣と宮井が明るく笑った。


 ≪第1章「女子寮密室の謎」終・・・第2章「女子寮暗号の謎」につづく≫ 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る