05. 探索

 ディッシュタウンの傍に入り口を構えるダンジョン――通称・迷宮図書館。

 大昔の人達が世界中の知識を本にして収蔵した古代施設で、天変地異によるチカクダイヘンドウというので地下に埋もれてしまったという伝説がある。


 その入り口は、平野に不自然な形で盛り上がった岩山のてっぺん。

 一見するとすっごく大きな切り株に見えるけど、それ自体が地上に少しだけ顔を出している化石化した図書館の外観だとか。

 山の頂上にできた大きな亀裂から中に入れるんだけど、迷宮と言われるだけあって内部はやたら入り組んでいて、そこかしこに天井まで届くほど背の高い本棚が並んでいる。

 その本棚の一つ一つにはぎっしりと本が敷き詰められている一方、大半が化石化していてまともに読める本は少ない。

 それだけに、まともな本が発見されればその価値は計り知れないほどで、とっても高く売れる。


 世界屈指の難易度と言われるこのダンジョンに多くのパーティーが挑むのも、そんな大発見を目指してのこと。

 迷宮図書館の最下層には、世界の秘密が書かれた書物があるとかないとか、そんな伝説もあるくらいだしね。


「転移石を使う。みんな俺の周りに集まれ!」


 入り口の亀裂を目の前にして、スキンヘッドの人の号令で冒険者達がその周りへと集まる。

 あたしもみんなに倣って駆け寄った。


 直後、彼が手にしていた青くて丸い玉が眩い光を放ち、思わず目をつむってしまう。

 次に目を開いた時、あたしは見覚えのある場所にいた。


 地面や天井に貼ったヒカリゴケのおかげで、松明たいまつがなくてもうっすらと周りの様子がわかる。

 30メートルはありそうな巨大な本棚がズラリと並んでいて、それらに挟まれた通路は大人数で駆け回れるぐらいに広い。

 まるで巨人が利用するような図書館だなぁと思いつつも、すぐに鼻を動かして周囲の様子を探る。


 ……近くにフィー姉達はいないみたい。


「明らかに上層とは違う雰囲気……相変わらずこの辺りの階層は薄気味悪いな」


 言いながら、スキンヘッドの人は砕けた転移石を投げ捨てて歩きだした。

 他の冒険者達も続いていく。


「上層はもっとヒカリゴケが群生していて明るいしね。それに浅い階層と比べるとずっと静かで肌寒いわ。普通、地下深い空洞ほど地熱のせいで温度は上がるものだけれど」

「静かで結構だぜ。セーフティーゾーンの傍にモンスターの群れがいた日には、出鼻を挫かれた気分になるからな」


 セーフティーゾーンとは、ダンジョン内にまばらに設けられた安全地帯の呼称。

 高名な神官プリーストがモンスターを寄せ付けないよう聖なる結界を張って作られる場所で、教会印のフラッグから半径10メートルくらいの狭い範囲はモンスターに気付かれない。

 それに、後発の冒険者が転移石を使って入り口からショートカットできる利点まである。

 その転移石も超高額で、お金のあるパーティーしか手に入れられないんだけど。


「リーダーの――ディグさんの遺体が見つかったのは、どこなんですか?」

「下層へ続く大階段の近くだ。46階層に下りる際、不意打ちに遭ったらしい」

「不意打ち……」


 あの慎重なリーダーが不意打ちを受けるだなんて、ちょっと信じられない。

 しかも階段を下る時はもっとも緊張感が高まる瞬間。

 なのに、不意打ち……?


「各パーティーのリーダーはそれぞれ帰還用の転移石を持っているだろうが、地上への緊急脱出は結界内でしか行えない。ここから先にはまだセーフティーゾーンが存在しないから、気張って行けよ‼」

「あの、あたしはどのパーティーについて行けばいいですか?」

「お前はオマケだ。一人で動くも、いずれかのパーティーについていくも、好きにしな」

「はぁ」


 あたしが思案する間もなく、六つのパーティーはさっさとセーフティーゾーンから出て行ってしまう。

 慌ててそのうちの一つを追いかけた結果――


「……俺達についてくるのかよ」


 ――スキンヘッドの人のパーティーにくっついた。


「少しの間ですけど、よろしくお願いします! えぇと……スキンヘッドさん」

「ヒューゴだ! せいぜい足を引っ張ってくれるなよ、大食い娘」

「グゥって呼んでくださいっ」


 途中、六つのパーティーはそれぞれ別のルートを選んで散り散りになっていった。

 本棚の隙間を通る道や、本棚を乗り越える道など、迷宮と呼ばれるだけあってルートは多い。


 その一方で、ヒューゴさんのパーティーは奇抜なルートを選ぶことなく、セーフティーゾーンから続く通路を真っすぐに進んでいた。

 道が広い分、モンスターに発見されやすいルートだけど――


「30階層以降の本棚はまだほとんど調査されてないんだろ? せっかくの機会だし、少しは調べていかないか?」

「やめとけ。フロアマップも完成してないのに本棚の調査なんて危険過ぎる」

「どこにモンスターの巣穴があるかもわからんしね。今日のところは人探しに集中だ」

「俺達も45階層より先は初めての探索だ。どんな化け物がいるかもわからんから、くれぐれも用心しろよ。こないだみたいに真上から襲われるのは御免だからな」


 ――このパーティーは経験豊富で油断もない。

 特に心配するところはないかな。


 ヒューゴさんのパーティーは戦士ファイターである彼を筆頭に、魔導士ウィザード神官プリースト密偵レンジャーのスタンダードな構成。

 五人目に格闘士ウォーリアのあたしが加われば、前衛の守りが厚くなって攻守のバランスも良くなる。

 彼らがあたしを拒絶しないのも、それがわかってのことなんだろうな。


 足場の悪い地形に苦慮しながらも前進していくと、モンスターの群れが道を塞いだ。


 全身から炎が燃え上がる犬のような姿をした四足歩行の獣――ヘルハウンドだ。

 ここが化石化したダンジョンじゃなきゃ、周囲に燃え移って大炎上しているだろうな。


「前方にヘルハウンドの群れを確認! 戦闘準備‼」


 ヒューゴさんが叫ぶと、みんな臨戦態勢へと移る。

 それを警戒して身構えるヘルハウンドの群れ。

 お互いが睨み合うことによる拮抗状態――こんな時間は勿体ない。


「お、おい⁉」


 あたしは彼らの間をすり抜けて、真っすぐとヘルハウンドの群れへと向かった。

 途中、果物の大量に詰まったリュックを投げ置いて、拳を握り締め、お腹に力を蓄えて、ゆっくりと息を吐きだしていく。


「あっちいけ。いかないなら殴る」

「グルルルルッ」


 あたしが威圧しても、ヘルハウンド達は臆した様子を見せない。

 モンスターは恐怖を与える側だから、自分が恐怖なんて感じない害意の塊。

 出会ったが最後――


「あっそう。なら全部まとめてぶっ飛ばす」


 ――殺すか殺されるか。


「グオオォォウッ‼」


 後方のヘルハウンドが吠えた瞬間、手前の群れが一斉に動いた。

 口を開いて牙を剥き出しにしながら、あたしへと飛び掛かってくる。

 ……あんな鋭い歯があれば、もっと肉を食べやすくなるかなぁ。


「っしゃああああぁぁぁぁっ‼」


 飛び掛かってきたヘルハウンドの顔面へと握り込んだ拳をぶつけていく。

 次々と、次々と――獣の群れは頭部が砕けて、首無しの胴体を転がしていった。


「グルル……ッ」


 右手で七つ。

 左手で六つ。

 計十三――ヘルハウンドの頭を砕いた。


「残りはお前一匹だね」

「グルオオォォッ‼」


 群れのリーダーが飛び掛かってきた。

 地上の動物のようにビビッて逃げてくれれば殺さずに済んだのに……まぁ、これがモンスターの習性だもんね。


「弱肉強食だからね。仕方ないよね」


 右拳を振り抜いた時、また一つ頭を失った獣の胴体が地面へと転がる。


 ……ぐぅ。


 あちゃ~。

 軽く動いただけなのに、もうお腹が鳴ってしまった。

 数を用意したとは言え、果物だけじゃちょっと心許なかったかも。


「……大したもんだな。さすがはS級冒険者パーティーにいただけのことはある。並みの格闘士ウォーリアとは比べ物にならん膂力と脚力だ」

「そんなに褒めてくれるんなら、あたしを正式にパーティーに入れてくれます?」

「そりゃ御免だ。ウチにはお前みたいな大食いを養う余裕はない」

「ですよねぇー」


 あわよくば次の雇い先を、と思ったけどダメだった。


「この子、前衛にはもってこいだな。悪い話でもないんじゃないか?」

「冗談言うな。地上の冒険ならいざ知らず、俺達はダンジョン専門だぞ。いくら強くても燃費の悪い奴に命を預けられるかよ」

「まぁな。お嬢ちゃん、そういうわけでお前さんとは今回限りだ」


 魔導士のおじさんにつれないことを言われて、話は終わった。





 ◇





 あたし達は次々と襲ってくるモンスターを蹴散らしながらダンジョンを下っていった。

 探索を初めて丸一日経った頃、ようやく到着したのが48階層――以前の探索で〈アライバル〉が到達した最高記録の階層だ。


「ここまで手掛かりなしか。だいぶ消耗したから、下層への階段を見つけるのはかなりきつそうだな」

「他のパーティーから連絡はないのか?」

「まだどこからもないな」


 ヒューゴさんは手元の指輪を覗いている。

 魔導士でもない男の人が――しかも両手合わせて六つも――指輪をつけているなんて変なの。

 しかも、どれもぼんやりと白く光る宝石がついている。


「この指輪が気になるか?」

「え? まぁ……」

「これは仲間の状況を確認するための魔道具だ。指輪にある宝石の発する色から、離れていても他パーティーの状況が把握できる。ま、青色に光れば無事、黄色なら危険、赤色なら緊急事態、ってな具合で大雑把な伝達しかできんがな」

「へぇ~」


 あたしが指輪を覗いていると、宝石が紫色に光りだした。


「言ってる傍から……紫か。どうやら目当ての人物が見つかったようだ」

「本当ですか⁉」

「ちっ。この指輪はダントンのパーティーか。先を越されたな」

「その人達と合流したいです! 居場所はわからないんですか⁉」

「そう急くな。……指輪よ、紫紺の光にて同胞の元への道筋を指し示せ!」


 そう言うと、紫色に光った指輪から細い糸のような光が放たれた。

 それは真っすぐとあたし達が来た方向を指し示している。


「この光の角度からして、どうやら同じ階層にいるようだ。少し戻るぞ」


 きびすを返していく彼らを追いかけるうち、あたしは急に胸がドキドキしてきた。


 見つかったって……誰が?

 ちゃんと無事なの?

 答えを知るのが怖い。

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