死にたがりの聖人と魔の少女

うなの

第1話 出会いは断頭台で

 わたしの職場である聖堂のすぐ外では毎日、魔人の断末魔の叫びが聞こえる。

そのたび、わたしもあのなかの一人になれたらと思う。

窓から外を見ると、血に染まった衣服など気にせず、声高らかに宣言する聖女たちがいた。

「御覧くださいませ! わたくしたち、聖なる者は魔人に勝利したのです! それがこの証なのです!」

 その声を聞きながら、断頭台で処刑された魔人を見て、民衆たちは感心している。両方とも異常だとわたしは思う。そういう自分も異常だが。

 わたしは聖人と呼ばれる者で、普通の人間よりも肉体的に成長が早く、力も強い。

 聖人は特別な存在だとして敬われており、ほとんどは聖堂で働いている。今の仕事は戦後の処理。以前は戦場のなかにいた。

 八十年前、聖人や聖女のことを指す聖なる者と、魔の力を持ち、人間たちを食い殺してきた魔人と呼ばれる者が戦争を始めた。たくさんの命が散った結果、聖なる者が勝利した。

 その戦争でわたしは両親と戦友たちを失った。

 今のわたしは空っぽだ。ぼんやりと早くみんなのもとへ行きたいと思う日々。

「おーい。ローファル。また考えごとしていたな?」

 わたしを呼ぶ声のほうへ振り向くと、神官のユネがいた。美形でいつも聖女たちを虜にしている。

 わたしといえば背丈は男性標準より上だが、ユネのような派手な顔ではない。よくブロンドの髪とは似合わないと聖女たちから言われている。

「ユネは外に行かないのか?」

「いやだよ。俺、誰かが死ぬところなんてもう見たくないもん」

 子どもっぽく言うユネは、わたしが魔人との戦争で助けて以来、よく懐くようになった。わたしより、ユネのほうが五歳も年上なのだが。

「わたしは見に行こうかな」

「えぇ!? あんなもの見てなにが楽しいんだ?」

「楽しむために行くのではないぞ」

 職場では毎日処刑される魔人のリストが回覧される。

 次に処刑されるのは戦争のなかで、聖人と魔人の間に産まれた少女。彼女の処刑が決定されるのは時間がかかった。理由は、魔人の力を持っているのか、もっていないのかが問題点となっていた。結果、わからないものは排除することになった。

 わたしはこれをいいチャンスだと思った。もし、この少女に魔人の力があれば、わたしは汚染されて亡くなる。魔人は触れただけで聖人が相手でもその肉体を腐らせるからだ。

 逆に、魔人の力がなければ、わたしはいつもの日常に戻る。自ら進んで命を絶つことが決められないわたしは、少女に死の決定権を委ねる。なんと弱くてずるい人間なのだろうと自分でも思う。


「これから処刑するのは聖なる者の血と、汚い魔人の血をひく少女です! なんと汚らわしいのでしょう。一刻も早く消えてもらいます!」

 聖女というのはこんなに狂気な者だったのか。戦争から帰ってきた聖女たちはみんな等しくこうなってしまった。

 断頭台の上に立つ例の少女の顔を見る。大粒の涙を流している。着ている衣服はボロボロだ。黒色の髪は酷く乱れており、ここに来るまでぞんざいに扱われたのがわかる。

「死にたくない!」

 少女が叫ぶと聖女たちは少女を黙らせた。

 わたしは民衆たちをかき分け、最前列に躍り出た。向かう先は聖女たちを統括する大聖女、ウラルダだ。

「ウラルダ。あの少女の処刑を少し待ってくれないか」

「ローファル様。なにをするつもりで?」

「あの少女に魔の力がなければ処刑を取り消してもらう」

「構いませんが、大聖人が何と言うか……」

「わたしがなんとかする」

 ウラルダは怪訝そうな顔をしたが、大聖女よりも聖人のほうが身分は高い。多少の無理は利く。聖人を統括する大聖人は大概のことは許可してくれる朗らかな人だ。

ウラルダは聖女たちに処刑を中断するよう伝えた。

 わたしは長いローブを翻して処刑台に立つ。

「わたしは聖人のローファル・グルクルスである。この少女になにも魔の力がないと証明されれば、彼女の処刑は取り消していただく」

 民衆が一瞬にして騒がしくなった。隣にいた少女はわたしのほうへ顔を向けた。なぜ、と言いたげな表情だ。

 処刑される回覧のリストを見て、書類上のみで処刑を止めることもできた。それではわたしが少女に触れる機会がなくなってしまう。結果、こうするしかない。

「この手で触れればわたしは汚染されて死ぬだろう。なにも起きなければ、この少女はわたしたちに危害を加えるような力を持つ者ではないと証明される」

 わたしは彼女の肩にゆっくり手を置く。民衆はみな息を呑む。

 そしてわたしになにも変化はなかった……のように見せかけたが、わたしの心臓がドクンと大きくはねた。今まで感じたことのない不思議な感覚だ。

「これで証明はされた。処刑は取り消していただく。異議のあるものはいるか」

 その場にいる全員はなにも反論はしなかった。つまらなさそうに、その場から離れていく。

 わたしは少女の目の前に手を差し伸べる。少女はわたしの手を取り立ち上がった。

「名は何という?」

「……シャロン」

 それがわたしとシャロンの最初の会話。まるでシャロンを救ったかのように見せかけて、本当はわたしが死への切符を手に入れた瞬間だった。

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