第18話 お兄に会いたくてワロタ
「やっぱり封印された間抜けとはいえ魔王だっただけあるよ。離れたここからもビリビリ魔力を感じる。これでまだ十分の一も封印が解けてないとは驚きだね」
グリコンが教会の潜入任務を放棄して、前魔王の封印を解いてから三日。
彼女はカマッセイ男爵家の領地にある領都に身を潜めていた。
本当のところは人っ子一人いない場所の方がいいが、そうするとサキュパスの彼女の食事がなくなり、餓死する危険性が出るため苦肉の策として人の出入りが多く、入り組んだ構造から隠れ場所の多いここにしていた。
「最近は悪夢をよく見るようになった」「金がねえ」「領主は屋敷に引きこもって何をやってるんだが」
それにこの領都では往来でよく人が話していることで情報が手軽に手に入り、グリコンにとってはそのことも都合が良かった。
余所者の動きにも敏感な市井の人々から情報を得ることで自分を追って来ているだろう教会がどこにいるかわかる。
今のところ教会から追手が来ているという情報は街の人々の口からは聞こえておらず逃げる必要性はなかった。
「おかしいねえ。バレてるはずなんだけどね。泳がせてるとでもいうのかい? いやそんなはずはないか。教会にはそんな器用な真似をできる奴はいないからね」
状況が少し解せずに疑問に思ったが状況から否定して、前魔王の封印されていたエリアをまだ重点的に調べていると思うことにした。
実際のところはグリコン本人はシドにとって労力を割いてまで対応するほどのないものと思われており、ほっとかれているだけだったがそんなこと知らずに依然としてグリコンは潜伏を続ける。
同時刻、カマッセイ男爵家の嫡子であるシドの妹──ミラは悪夢から目を覚ましてため息を吐いた。
「ハア、最近なぜか悪夢ばかり……」
最近になってどうにも父としか思えない男の過去の記憶を追体験させられる悪夢を幾度も見せられている。
先代が子ができないことを理由に母ミーアとの離婚を男に迫り、子の出来にくい母のミーアとの仲を守るためにメイドに子供を産ませ、その子供をミーアが産んだ子供とするためにメイドを殺害する夢や、メイドに産ませた子シドによって自らの子が欲しいという願望を強まらせたミーアがその後にできた子──自分の出産の時に無理をして死に人殺しまでしたというのに結局失う羽目になり男が絶望する夢。
真偽の程はわからないがどれも陰鬱で救いなど一切ない夢で見せられる側としては気分がよくなかった。
最近の父は「ミーアは死んだ……。これに意味があるのか」とミラを見るたびに譫言を言って様子がおかしいのもまた夢と連動しているようで不気味さに拍車をかけていた。
「兄様……。お父様がああなっている以上頼れるのは兄様だけ。今会いに行きます兄様」
このままでは何か良からぬことが起きる予感がしたミラは兄であるシドに会いに行くためにマッセ教会に向かうことを決心した。
────
「潜入を放棄して前魔王復活に走ったか」
シドと同じ転生者である魔族は水晶に映し出されるグリコンの様子を見て無感動にそう口にする。
落胆がないのは軽薄なグリコンはいざとなったら裏切るだろうとは思っていたし、命令無視が死罪だとわかっていながらこの行動をとったということは何かしらの死と同等以上の問題が発生して仕方なくこうしていることをわかっているからだ。
自分がグリコンと同じ立場だったら、逃げても処刑されるし潜入をしても確実に殺されるとなったらこれくらいの暴挙に出ても不思議ではない。
それに魔族側が滅ぶ一因である聖女をつい先日仕留め損ない精霊ワープを使って急襲して教会ごと攻めるべきかと思案していたところなのであっちで前魔王復活で教会を襲おうとするのは都合良かった。
「でもこのまま前魔王を復活させたところであっちには聖女殺しを阻止した転生者ぽいのがいるからな。それだけじゃ足りないないんだよな」
やはりここで確実に落とそうと考えるならば後に前魔王が魔王軍に進軍してくる危険性を一旦無視して、前魔王と協調する形で教会を急襲するしかないだろう。
転生者というだけではっきり言ってまだ鎧の使い手としての力も未知数な相手を「戦った相手を喰らって力をつける前魔王」の脅威よりも重いと断じれるかと言われれば否と言うしかないが直感がここで聖女共々仕留めなければならないと囁きかけてきていた。
「大した力を持ってなかろうがゲームの知識を持っているだけでも力を持っている人間に知れ渡ったら厄介だからな」
どちらかというと悪い予感に後押しされる形で答えありきで理由を作ると一人の転生者を急襲することを正当化する。
奇しくも「前魔王復活と同時に魔族が攻め込んでくる」というのはシドが予想していた通りであり、対策がとられていると知らずに魔族側の転生者は教会に急襲することを決定する。
後にこの選択が魔族側に後世に語り継がれるだけの大損害を及ぼすことになることまだ知らずに決してとってはいけない選択をとってしまった。
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