第8話 僕と練習試合

「ストライク、バッターアウト! ゲームセット!」


「よしっ!」


 大空はマウンドに集まったチームメイトとハイタッチをしながら整列する。ここ夕陽第2グラウンドで行われた練習試合のスコアボードには2-0で夕陽リトルが勝利していた。


 月山と城野が加入して3週間。その間に行われた練習試合では5連勝と今までにない調子の良さであった。中でも大空ひまわりは3試合21イニング無失点と絶好調であった。


「だが、まだ懸念点はいくつかある。特にあの子、、、。」


 監督の目線には大空に対して、入念なストレッチとアイシングを指導している月山の姿がある。ここ3週間彼はキャッチャーだけでなく大空の専属コーチ兼トレーナーとしても振る舞っており、夕陽リトルのチームメイトもその異様な献身ぶりに少し引いていた。


 さらに月山の問題はそれだけではなかった。先々週のダブルヘッダー1試合目後のやり取りでそれがわかったのだが。



ーーーーーーーー



「よしっ! ひまわり、ナイスピッチングだ。じゃあ次の試合はひまわりがショートに入って古井くんが投手だ。城野くんがセカンドに入って、ホノカちゃんがファーストをしようか。」


 監督が選手達にポジションの指定やアドバイスを行っている時、古井に微妙な顔をされながら声をかけられた。


「あのお、監督。」


「ん? なんだい古井くん。」


「実は、俺まだ月山とブルペンどころかキャッチボールもした事ないんだけど、、。」


「えっ?」


 その会話の中に投手を務める事もある城野が入ってきた。


「監督ぅ、あいつひまわりとしかバッテリー練習しないぞ。知らなかったのかよ。他のピッチャーはガン無視でひまわり以外のピッチャーは4年生の雨谷が全部受けてるぞ。ちゃんと見てろよなぁ。」


「な、なんだと。」


 その話を聞き、監督は娘のストレッチを入念に行っている月山に声をかける。


「お、おい月山くん。ちょっとこっちに来てくれ。」


「今、怪我予防の為のストレッチ中なので無理です。」


 月山は愛想も無く答えた。監督は頭を掻きむしりながら月山の元へ駆け寄る。


「なあ、月山くん。ひまわり以外のピッチャーとバッテリー練習してないって本当か?」


「はい。ひまちゃんのキャッチャーなのに、それ以外の奴と組む意味ありますか?」


「リトルリーグは球数制限と連投防止のルールがある。ひまわり1人じゃ勝ち抜けないんだ。他のピッチャーと連携をとらないとトーナメントでは勝てないぞ。」


「僕はひまちゃんが将来プロ野球選手の夢を叶える手伝いができればそれでいいんです。身体のできていない小学生の年齢でトーナメントを勝ち進み肩に負担をかけるのは、ひまちゃんにとってプラスにならないと思いますよ。」


「うっ。しかし勝つ事の大切さや、大舞台での経験は必ず生きてくると、、。」


「それにキャッチャーは雨谷がいるじゃないですか。リトルリーグのルール上ベンチの選手も1打席か3アウトの守備を行う必要があるので、キャッチャーだけでなく外野の練習はしますから安心して下さい。」


 月山の反論に監督は黙ってしまう。しかしそのやり取りを聞いていた、大空が月山に声を掛けた。


「リュウくん、ありがとう。リュウくんは私の負担を1番に考えてくれてるよね。でも私はこのチームで勝ちたいよ。リュウくんが私に教えながらキャッチャーをしてくれたみたいに皆んなに教えてくれれば絶対このチームで優勝できるよ!」


 大空は大きな瞳をキラキラさせながら月山をまっすぐ見つめる。さらに彼の手に触れながら言葉を続けた。


「それにリュウくんはキャッチャーしている姿が1番かっこいいと思うし、だからお願い?」


「監督、僕皆んなのキャッチャーやります。」


ーーーーーーーーーー


「なんだかなあ、、、。」


 監督が頭をかかえる中グラウンドでは本日の2試合目が始まっている。マウンドには城野、キャッチャーは雨谷で大空は5番ショート、9番レフトに月山が守っている。


「みなさーーん! しまっていきましょーー!!」


「「「おおーーーー!!」」」


 雨谷の大きな声に呼応してナインが声出す。雨谷は月山にはキャッチング技術やリードなどは劣るが、持ち前の明るさでチームに活気をもたらしている。


「このチームの活気は月山くんがキャッチャーをする時にはないんだよなあ。ひまわりのコントロールも安定しているし今なら雨谷くんをスタメンにしてもいいかも。それに月山くんはバッティングがな、、、。」


 試合は0-0で進んでいき月山の打席。


コツン。

ポスッ。


 ただ当てただけの初球打ちのピッチャーライナー。彼の打席ではよく見る光景だ。月山は練習試合どころか練習中のシート打撃でもヒット性の当たりを見た事がない。


 いつも打席の後はすぐさま大空の元へ駆け寄りピッチングの修正点やトレーニング法について話している。自分の打席内容など全く気にしていない様子だ。


「身体は大きいから当たれば飛ぶと思うんだかなあ。」


「あのう、監督。」


「どうした、ノノちゃん。」


 いつも監督の隣でスコアブックをつけている草場ノノが監督に声をかけた。


「監督は月山さんは当たれば飛ぶのにと言っていますけど、私、月山さんが空振りしたのをほとんど見たことないです。」


「えっ?」


「多分ですけど、わざと初球アウトになって大空さんの元に早く行こうとしてるんじゃ、、、。」


「ま、まさか、、。」


 ノノの発言に冷や汗をかきながら監督は自分の想像した事に恐怖する。もしそうならトンデモない選手を自分のチームに入れてしまった事になる。


 そして試合は進みツーアウト満塁で月山の打席が回ってきた。いつものやる気がなさそうな顔でバッターボックスに向かう。


「タ、タイム。ひまわり! 月山くんに伝令だ。」


「えっ、わたし?」


 監督は大空の耳元で伝令の内容を伝える。その内容に彼女は首を傾げながら月山の元に行く。


 月山も不思議そうにして大空を見る。大空は彼に近づき手を握りながら、


「リュウくんのカッコいいホームランが見たいな♡」


グワラゴワガキーーーーーン!!!!!


 初球を振り抜いた月山の打球はフェンスを遥かに越えてグラウンドの裏にある雑木林に突き刺さる。大人顔負けの打球に球場全体が静寂に包まれた。監督は口あんぐりさせながら呟いた。


「本当にトンデモない才能が来てしまったかもしれん。」

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