エンジェルエース 〜野球と太陽〜

めんたいこ太郎

1話目 プロローグ

『あぁーと、打ち上げたー!権藤選手はレフトフライ。アウトカウントに二つ目のランプが灯りました。』


 満員の東京ドームが歓声とため息に包まれる。父に連れられた私は、よくわからないまま黒とオレンジを基調にしたユニフォームを着てこの試合を見ていた。


「ひまわり!もうすぐ日本一だぞ。よく見ておきなさい!」


 興奮気味の父親の横に座らされた私の目に映っていたのは、マウンドで綺麗な黒髪をなびかせている1人の女性の姿だった。


『東京カイザース4年ぶりの日本一に向けてアウトはあとひとつです。マウンドにはもちろんこの人、日本プロ野球初の女性投手にして今年のセーブ王【黒咲マリン】投手!』


 端正な顔立ちから流れ落ちる汗を拭いつつ、彼女はバッターボックスに立つ外国人打者を睨め付ける。


『相対するはパリーグのホームラン王、埼玉ライガースの四番アルベルトが右バッターボックスに立ちます。この日本シリーズでは既に3本のホームランを放っています。』


「フッ、オンナゴトキガ」


 彼女の2倍はあるであろう腕でバットを握り、外国人特有のオープンスタンスで黒咲の投球を待ち受ける。


『ツーアウトランナーなしですが点差は1点。ホームランが出れば同点の場面です。さてバッテリーはどういう配球をしていくのでしょうか。』


 黒咲は首を縦に振り腕を大きく振りかぶる。長い足を地面につけスリクォーター気味の左腕から放たれたボールがアルベルトのインコースへ突き刺さる。


「ストラーーイク!」


 球審の大きな声が響き渡り、球場は大きな歓声に包まれていた。


『初球はインコースにストレートだ!キャッチャーのミットが全く動かない。これが彼女の最大の武器です。』


『アルベルト選手はほとんど初球は振りませんからね。定石とは言えホームランで同点の場面ですよ。ホームラン王に対してこのリード、バッテリーに逃げの姿勢は全く見えませんね。』


「そんな顔しないでよ、デカブツさん」


「ナメヤガッテ」


 眉をひそめるアルベルトを尻目に黒咲はキャッチャーのサインを確認する。


『さあ、黒咲投手2球目は何を投げるか。キャッチャーはまたインコースに構えている。』


 黒咲の左腕から放たれたボールは先程と同じインコースへと向かっていく。それを待っていたかのようにアルベルトはややオープン気味にバットを振りにいった。


「!!!」


 しかしボールは更にインコースへと変化しアルベルトの打ったボールは三塁線のファールゾーンへと転がっていく。


『2球目はインコースへのカットボールだ!』


『アルベルト選手は先程のインコースのイメージで振りにいった為ファールになってしまいましたね。黒咲投手のカットボールはストレートとほとんど球速が変わらない為、同じコースに投げられるとなかなか打てませんよ。』


「「「あと一球、あと一球」」」


 球場全体から聞こえるあと一球の声。隣の父は手汗を滲ませながら私の手を握っている。周りには目をつぶって祈る人、ひと足先に涙する人、大きな声で選手の名前を呼ぶ人。


 そんな様々な大人達がいる中でやはり私の目にはマウンドにいる彼女しか映っていなかった。


「綺麗なひと…」


『さあ、カイザース栄光の日本一へカウント0-2。球場からはあと一球コールが響き渡っています。最後はやはり黒咲マリンの伝家の宝刀で決めるのかあ!!』


 運命の3球目。外角低めへ構えたキャッチャーに彼女の渾身の一球が投げ込まれる。


 アルベルトは外角のボールへ思いっきり踏み込み、少しでも当たればスタンドへと飛んでしまう強烈なスイングを見せた。


 しかしボールはアルベルトのバットを掠める事なく外側に逃げていき、キャッチャーのミットへ収まったのであった。


『決まったああ!!!伝家の宝刀スクリューボールだあああ!!!カイザースが4年振りの日本一を決めました!!』


 球場全体が地鳴りを立てて揺れ動き、マウンドには歓喜の輪ができる。先程まで鋭い目つきでマウンドに立っていた黒咲も溢れん笑顔で駆け寄って来たキャッチャーに抱き抱えられていた。


「お父さん!!」


 立ち上がり涙を流しながら言葉にならない声を出している父の裾を掴み、彼女は歓声に負けない大きな声を出す。


「私!!プロ野球選手になりたい!!!」

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