第37話 再びの希望
夜の静寂が新宮市の街を包む頃、新は自宅の書斎で考え込んでいた。灯りを落とした窓の向こうには、静かに流れる川が淡い月光に照らされている。優子の体調が少しずつ回復していることに安堵しつつ、ふと自分の生活を見直さなければという思いが心を占めた。彼女のために、家族のために、これまで精一杯だった自分の仕事や生活にどんな変化を加えられるだろうか。新は窓辺で静かにその答えを探した。
翌朝、早朝の光がカーテン越しに部屋を照らす中で新は目を覚ました。リビングに行くと、優子がすでに朝の準備をしながら待っている。彼女の穏やかな笑顔に、新は胸の中に温かな感謝が込み上げてくるのを感じた。
「おはよう、優子。今日も一日、頑張ろうな」
テーブルに並べられた朝食を前に、二人は並んで腰掛けた。新は照れ臭そうにしながら、彼女に話し始めた。
「これから、毎日一時間は必ず一緒に過ごす時間を作りたいんだ。夕食後の時間を使って、二人でゆっくり話そう」
その言葉に、優子は驚き、やがて柔らかな微笑みを浮かべた。「そうね。私も少しずつリラックスして、あなたと過ごせる時間を楽しみたい」
その日、新は意識して職場での業務を効率よくこなし、できる限り早く帰れるように努めた。帰り道、偶然出会った友人の健太に、最近の状況を打ち明けると、彼は新の頑張りに応えるように力強く頷いた。
「無理しすぎるなよ。たまには休んで、自分を労わることも大事だからな」
健太の言葉に、新は肩の力が少しだけ抜けるのを感じた。
その夜、新は優子と共に、夜の静かなリビングで向き合った。ゆっくりと深呼吸をしながら、優子は新に胸に秘めていた不安をそっと打ち明けた。
「新、あなたが頑張ってくれているのはわかっている。でも、時々すごく寂しいの。私たちの時間が減っていくようで、不安になるの」
新は彼女の言葉をしっかりと受け止め、そっと彼女の手を取り、その温もりを確かめるように握り返した。
「今まで、君を支えたいと思っていても、気持ちばかりが先走ってしまってた。これからは、君の気持ちをもっと大切にするよ。一緒に過ごす時間を増やしていこう」
優子の瞳に少しの涙が浮かび、それでも微笑みながら新の手をぎゅっと握り返した。彼らの間には、互いを想う気持ちと支え合う絆が再び強く結ばれていった。
数週間後、優子の体調は確実に回復に向かっていた。ある晴れた春の日、二人は地元のボランティア活動に参加することになった。地域住民との交流は二人の心を穏やかにさせ、忙しさを忘れるように、互いに協力しながら進める時間が心地よく感じられた。桜が舞い散るその日、彼らの笑顔が青空の下に一層輝き、地域の人々との絆が新たに芽生え始めていた。
やがて、待ちに待った日が訪れる。穏やかな春の朝、優子は出産室で新の手をしっかりと握りしめていた。彼女の表情は、痛みと期待が交差しながらも穏やかで、深い決意が宿っていた。新もまた、彼女の手の温もりを感じ、心の奥に込み上げる想いに言葉を失っていた。
「新、私、頑張るから…」
彼女のか細い声に、新は涙をこらえきれずにうなずいた。
「君ならできる。僕がついてるから」
数時間後、優子のもとに、元気な産声が響き渡った。初めて聞くわが子の泣き声は、二人にとって、この上なく尊く、かけがえのないものであった。新はその瞬間、優子と生まれたばかりの小さな命を見つめ、言葉にならない感動が胸を満たしていくのを感じた。
優子は赤ちゃんをそっと抱きながら、新の目を見つめ、「新、私たちの宝物ね」と微笑んだ。その言葉に、新は深くうなずきながら、静かに彼女の背中を撫でた。「君がいてくれたから、ここまでやってこれた。本当にありがとう」
その夜、病院の部屋の窓の外に満開の桜が静かに揺れていた。二人は、生まれたばかりの小さな命とともに、未来への希望と責任を胸に抱きしめていた。彼らにとって、この新しい命がどれほど大きな意味を持つかを、ただ黙って感じ取る時間がそこにあった。
出産から数日後、二人は家族や友人たちに祝福されながら、静かな夜を過ごした。新宮市の静かな星空の下、新と優子は互いの手を取り、未来への誓いを確かめ合った。
「これからは、三人で支え合って歩いていこう。どんな困難があっても、僕が君とこの子を守るから」
新の決意の言葉に、優子は涙を浮かべ、そっと微笑んだ。「私も、あなたと一緒ならどんなことでも乗り越えられる。これからも、ずっとそばにいるわ」
手を取り合いながら、二人は深く息をつき、まるで夜空を見上げるように、新たな人生の一歩を踏み出していった。
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