第21話 梅田の煌めき

 土曜日の夕方、空に広がる夕焼けがビルの合間を染めて、淡い橙色に輝いていた。新と優子はその光の中、梅田の公園近くを並んで歩いていた。いつもより少し冷たい風が吹き、夕日が長く影を落としている。

「今日の夕日、いつもよりずっと綺麗だね」と新がふと呟くように言った。彼の視線は遠くの空に向けられていたが、その横顔はどこか物憂げで、夕日の光に照らされている。隣を歩く優子はその声に微笑み、「本当に。こうやってゆっくり夕日を見ていると、心が洗われるような気がするわ」と静かに答えた。新はそんな彼女の横顔に目を奪われ、胸の奥が温かく満たされていくのを感じた。

 二人はしばらく歩き続け、やがて近くの公園のベンチに腰を下ろした。優子は空に浮かぶ朱色の雲を眺めながら、「新、今日の最後にどこに行くか、あなたが決めて」とお願いした。新にとって、彼女と過ごすこの日の終わりをどう彩るかを思うと、なんとも言えない心地よい緊張が込み上げてきた。

「それじゃあ、梅田でアイスクリームでもどう?」と、新は少し照れながら提案した。優子はその言葉に目を輝かせ、「いいね、梅田で食べるアイス、ちょっと特別な気がする」と微笑んだ。

 二人は夕日を背に再び歩き出した。少しずつ夜の帳が降りてきて、街は夜に染まりつつある。しかし、二人の歩みには何かを共有することで得られる穏やかな喜びがあふれていた。

 梅田の街に着くと、優子はスマートフォンを取り出しながら、「ねえ、ここの近くに美味しいジェラート屋さんがあるみたい」と言った。新は楽しげに頷き、「ジェラートか。いいね、ぜひ行ってみよう」と答えた。

 歩いて数分、二人がたどり着いたのは「ピスタチオ&ミルク」という小さなジェラートショップだった。木製の扉を開けると、店内には甘い香りが広がり、温かい色調の照明が心地よい雰囲気を作り出している。二人はショーケースを覗き込みながら店主に「おすすめは?」と尋ねると、彼は笑顔で「イチジクとピスタチオが今の季節にぴったりですよ」と教えてくれた。

「じゃあ、私はイチジクにしようかな」と優子が選ぶと、新も「じゃあ僕はピスタチオにする」と決め、二人はジェラートを手に取って店の外へ出た。近くのベンチに腰を下ろし、優子は一口食べて目を輝かせた。「わあ、イチジクの甘みがすごく自然で美味しいわ」彼女の顔がジェラートの甘さと共にほころぶ。

 新もジェラートを口に含み、「こっちのピスタチオも香ばしくてすごく濃厚だよ。少し交換しない?」と提案する。優子は笑顔で「もちろん!」と答え、二人は互いにジェラートをシェアした。夕暮れの風が二人の頬を心地よく撫で、遠くから街のざわめきがかすかに聞こえてくる。

「こうして一緒に何気ない時間を過ごすのって、幸せだな」と新がしみじみと呟いた。彼の横顔を見つめた優子は、「ええ、一緒にいるだけで特別な時間になるのね」と静かに微笑んだ。

 ジェラートを食べ終えた二人は、梅田の夜景を眺めながら再び歩き始めた。高層ビルが立ち並び、ネオンの光が次第に明るさを増していく中、新はふと、「そういえば、梅田スカイビルの空中庭園に行ったことはある?」と尋ねた。

 優子は小さく首を振り、「写真でしか見たことないけど、実際には行ったことないの」と答える。新は「それじゃあ、行ってみようか」と提案し、二人はスカイビルへと向かうことにした。

 スカイビルの高層にたどり着いた時、その壮大な建築に二人は思わず息を呑んだ。新は「未来都市みたいだね」と感心し、優子も「すごい迫力だわ」と見上げた。エスカレーターで昇ると、眼下に広がる大阪の夜景が美しくきらめいている。展望台に到着すると、三百六十度のパノラマビューが目の前に広がった。夜の街は色とりどりの光に包まれ、紫から橙色へと移り変わる空の色が二人の視界を覆っていた。

「こんなに綺麗な夕焼け、初めて見た気がする」と優子がつぶやくと、新は彼女の横に立ちながら、「この景色を君と一緒に見られてよかったよ」と言った。

 優子は新の方を見上げて微笑んだ。「本当に、まるで時間が止まったみたい」と静かに答えた。その瞬間、新はポケットから小さな箱を取り出し、彼女に差し出した。「実は、今日渡したいものがあってさ」と少し照れた表情を浮かべている。

 優子が箱を受け取ってそっと開けると、中には繊細なデザインのブレスレットが入っていた。「これ…私が欲しいって言ってたもの…どうして知ってたの?」彼女の目が潤んでいる。

 新は視線を少しそらしながら、「前に雑誌を見てるときに、君が気に入ってるって言ってたのを覚えててね。今日の記念に」と答えた。

 優子はブレスレットをそっと腕につけ、「本当にありがとう、大切にするね」と声を震わせながら感謝の言葉を述べた。その瞬間、夜風が二人の間をやわらかに通り抜け、街のざわめきが遠くに広がっていく。

 その後、二人は阪神百貨店のデパ地下へ向かい、店内に並ぶ色とりどりのスイーツを見て、優子は「どれも美味しそうで迷っちゃうね」と笑った。新は「特別な日だし、今日は家でゆっくりディナーを楽しもう」と提案し、優子もそれに頷いた。

 買い物を終え、夜空に星が瞬く中、新は「今日がずっと続けばいいのに」と言いながら優子の手を握り、彼女も「ずっと一緒にいようね」と答えた。

 家に帰ると、二人はワインを開け、特別な夜を静かに祝福した。「今日という日に乾杯」と新がグラスを掲げると、優子も微笑んで「これからもよろしくね」と言ってグラスを合わせた。夜が更けるまで、二人は笑い、語り合い、穏やかな時を過ごした。その夜、星空が二人の未来を照らしているように、二人の心には新しい思い出がまたひとつ刻まれた。

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