第19話 新たな風景と約束
秋が深まり、空気が澄んで朝の冷たさが肌に心地よく感じられる。大阪の街はいつも通りの賑わいを見せ、ビルの隙間から射し込む柔らかな光が歩道に長い影を落としていた。なんば駅前に立つ新は、心地よい緊張感を胸に、手に握った小さな紙袋を見つめる。その中には、昨日遅くまでかかって作った優子への手土産、彼女の好きな和菓子が入っていた。
待ち合わせ時間まであと数分。新がふと顔を上げると、駅前の人波の中に、鮮やかな赤いスカーフを巻いた優子の姿が見えた。彼女は少し息を切らしながらも笑顔で手を振っている。
「お待たせ、新!」優子が駆け寄り、小さな笑い声を漏らした。
「いや、俺も今来たところや」と新も笑顔で応え、手にしていた袋を彼女に差し出した。「これ、昨日見つけた和菓子屋さんで買ったんやけど、よかったら一緒に食べへん?」 「え、嬉しい! ありがとう、新って本当に気が利くね」と、優子は袋を受け取り、目を輝かせた。
二人は駅前の小さなベンチに腰を下ろし、和菓子を開けた。口に入れた瞬間、優子が「美味しい! やっぱり手作りの味って温かみがあっていいね」と微笑んだ。新も一口頬張り、優子の笑顔に心が温かく満たされるのを感じた。
「今日はどこに行くんやったっけ?」新が尋ねると、優子はバッグから手帳を取り出し、「万博記念公園でアートフェスティバルが開催されているの、知ってる?」と、少し照れながら聞いた。
「アートフェスティバルか。初耳やけど面白そうやな」と新は目を輝かせた。「よし、行ってみよう!」 優子は嬉しそうに頷き、「途中、御堂筋線で面白いお店に寄り道するのも楽しそうだね」と提案した。
二人は地下鉄の御堂筋線に乗り、車内で並んで立ちながらトンネルの中を進む電車の揺れに身を任せていた。薄暗いトンネルの中にもかすかに秋の気配が漂っているように感じられた。
新はふと、窓の外を見つめる優子の横顔に見惚れた。電車の揺れに合わせて微かに揺れる彼女の髪が、ほんのりとした柔らかい光に包まれているように見え、優子の瞳には、これから向かう場所への期待とわずかな緊張が静かに込められていた。その瞳の奥に映る感情が、新にとっても特別に思え、なんとも言えない温かい気持ちが胸の中に広がっていく。 「優子、アートが好きなんやな」と新が話しかけると、彼女は微笑んで頷いた。 「うん、特に現代アート。自由で、見るたびに想像力がかき立てられるから」優子の目が輝いている。
「なるほどな。今日は俺も何か新しい発見がありそうや」と新も嬉しそうに応えた。
電車はあっという間に心斎橋駅に着き、途中で心斎橋駅を降り立ち、二人はアーケード街を歩いてみることにした。古着屋や雑貨店が立ち並ぶ街並みは新鮮で、優子は一軒のアンティークショップの前で立ち止まった。
「見て、新。この時計、素敵だよ」と彼女が指差す先には、古びた懐中時計が飾られていた。
「どこか物語がありそうやな」と新がガラス越しに時計を見つめる。
店主が微笑んで近づき、「この時計は戦前のもので、大切に扱われていたから今でも動くんですよ」と説明してくれた。
「時代を超えて残るものって、なんだかロマンがあるね」と優子が呟く。 新はその言葉に頷き、「そうやな。大切なものは、時代を超えて受け継がれていくんや」と彼女の横顔を見つめた。
二人は再び電車に乗り、万博記念公園に向かった。到着すると、広大な敷地に色とりどりのアート作品が点在し、人々の笑顔があふれていた。 「見て! あれは風船で作った彫刻みたい」と優子が指差した。
「ほんまや。どうやってあんな大きいもの作ったんやろ」と新も驚きの声を上げた。
二人はさまざまな作品を巡り、感想を言い合った。ある抽象画の前で立ち止まると、優子は「この色の渦、まるで感情そのものみたいね」と呟いた。
「感情の渦か…。優子はどんな感情を感じるんや?」新が尋ねると、優子は少し考えてから答えた。「喜びや悲しみ、希望や不安が混ざり合ってる気がする。でも、その中に一筋の光が差し込んでいるようにも見えるの」 新はその言葉に深く頷き、「そう聞くと、また違って見えるな。アートって面白いもんやな」と感心した。
公園内のカフェで一息つき、テラス席に座って紅茶を飲みながら、優子は「今日は新と一緒に来られて本当に良かった。感性を共有できるって、なんだか心が満たされるね」と微笑んだ。
「俺もやで。優子のおかげで、知らなかった世界が見えた気がする」と新は少し照れながら答えた。
その時、遠くからアコースティックギターの音色が聞こえてきた。二人は顔を見合わせ、音楽に誘われるように特設ステージへと向かった。静かなメロディーが秋の風に乗り、観客たちが静かに耳を傾けている中、新は優子の手をそっと握り、「なんか心に沁みるな」と呟いた。 優子も手を握り返し、「うん、歌詞は聞き取れないけど、心に響くものがあるね」と目を閉じて音に身を委ねた。
夕暮れが近づき、空はオレンジ色に染まり始めていた。新はポケットから小さなメモ帳を取り出し、「実は今日、伝えたいことがあるんや」と切り出した。 優子が驚いたように顔を向けると、新は少し照れながらも真剣な眼差しで言葉を続けた。「これからも一緒に色んな場所を巡って、色んな景色を見ていきたい。君とならどんな未来でも乗り越えられる気がするんや」
優子の目に涙が浮かび、やがて一筋こぼれた。「新、私も同じ気持ち。あなたといると、自分が強くなれる気がする」と声を震わせながら答えた。
二人は静かに抱き合い、その瞬間を胸に刻んだ。周りの喧騒が遠のき、二人だけの静かな世界が広がっていた。
帰りの電車の中、優子は新の肩にもたれ、「これからも、こうして一緒に笑い合っていけたらいいな」と小さく囁いた
新は彼女の手を優しく握り返し、「もちろん、どんな時も一緒にいよう」と応えた。
家の最寄り駅に着くと、新は優子の肩にジャケットをかけ、「今日はありがとう、ほんまに楽しかった」と微笑んだ。
優子もその温もりに包まれ、「こちらこそ、素敵な一日をありがとう」と感謝を込めて答えた。
二人が別れ際に優子が「これからも、ずっと一緒にいようね」と囁くと、新は力強く頷いた。「もちろんや。君と一緒なら、どんな未来も楽しみや」と応えた。
その夜、新は部屋で今日の出来事を振り返り、彼女との未来を想像すると胸の奥から温かな感情が湧き上がってきた。「もっと彼女を知り、支えたい」と心に誓った。
一方、優子も新からもらった和菓子の包み紙を見つめていた。その小さな紙に、新への深い感謝と愛情を刻むように目を閉じた。二人の関係は、新たな風景の中で、確かなものとなり始めていた。
夜は静かに更けていき、街の灯りが彼らの未来を照らしているように感じられた。
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