二人で紡ぐ未来

@hirabayashiseita

二人で紡ぐ未来

第1話 南紀白浜アドベンチャーワールドの出会い

 五月の風が新緑の匂いを運ぶ南紀白浜アドベンチャーワールドは、休日の喧騒に包まれていた。子供たちの笑い声や遠くから聞こえるアトラクションの音が混じり合い、活気に満ちている。新(あらた)は人混みの中をゆっくりと歩きながら、自分の胸の高鳴りを抑えきれずにいた。

「パンダの赤ちゃん、もう見に行った?」隣を歩く優子が、少し興奮した声で尋ねた。彼女の瞳は期待に輝き、その頬には微かな紅潮が差している。

「まだだよ。今日は君と一緒に見ようと思って」と新は笑顔で答えた。しかし、その心の内では別の言葉が渦巻いていた。――今日こそ、彼女に自分の気持ちを伝えよう。

 二人は大学のサークル仲間として知り合い、共に過ごす時間が増えるにつれ、新は優子への想いを深めていた。しかし、彼女の心の内は分からず、友人としての関係を壊すことへの恐れが彼の告白を躊躇わせていた。

 パンダ館に近づくと、人々のざわめきが一段と大きくなった。ガラス越しに見える愛らしいパンダの姿に、子供たちが歓声を上げている。優子はその光景に目を輝かせ、「かわいい……」とつぶやいた。

 新はそんな彼女の横顔を盗み見た。柔らかな光に包まれたその表情は、純粋な喜びに満ちていた。彼は思わず心を奪われ、自分もまたその瞬間に引き込まれていくのを感じた。 「パンダって、一日にどれくらい竹を食べるのかな?」優子がふと疑問を口にした。

「確か、体重の四分の一くらいだったかな。だから、かなりの量を食べるんだよ」と新は答えた。彼女の興味に応えたい一心で、事前に調べていた知識が役立ったことに内心ほっとする。

「そうなんだ。知らなかったわ」と優子は感心した様子で頷いた。「新は物知りね」

「いや、たまたまだよ」と新は照れくさそうに笑った。しかし、その笑顔の裏で、彼の心には焦りが生まれていた。――このままでいいのか。何もしないままでは、彼女は遠い存在になってしまうのではないか。

 その時、館内の照明が突然暗くなった。周囲から驚きの声が上がり、ざわつきが広がる。停電だろうか。新はとっさに優子の手を取り、「大丈夫?」と声をかけた。

「びっくりしたけど、大丈夫」と彼女は小さく頷いた。手を繋いだままの二人の間に、微妙な緊張が走る。暗闇の中で感じる彼女の手の温もりが、新の心拍を速めた。

「外に出た方がいいかもしれない」と新は提案した。彼らは人々の流れに沿って出口へ向かった。外に出ると、夕暮れの空が茜色に染まり、遠くの海が輝いて見えた。

「綺麗……」優子が感嘆の声を漏らす。

「本当だね」と新も同意しながら、心の中で決意した。――今しかない。

「優子、少し歩かない?」と彼は誘った。

「うん、いいよ」

 二人は海辺へ向かって歩き始めた。波打ち際に近づくと、潮風が心地よく頬を撫でた。砂浜には人影もまばらで、静かな時間が流れている。

「さっきはごめんね。急に手を握ってしまって」と新が切り出した。

「ううん、ありがとう。暗くて少し怖かったから、助かったわ」と優子は微笑んだ。

 その笑顔に、新は意を決して口を開いた。「実は、前から君に伝えたいことがあったんだ」

 優子は驚いたように彼を見つめ、「何かあったの?」と尋ねた。

「僕は――君のことが好きだ。ずっと友達として接してきたけど、本当はそれ以上の存在なんだ」

 一瞬の沈黙。波の音だけが二人の間に響く。優子は視線を海に向け、静かに言葉を探しているようだった。

「私も……同じ気持ちだった。でも、友達としての関係が壊れるのが怖くて、言い出せなかったの」と彼女は囁いた。

 新は安堵と喜びで胸がいっぱいになり、「本当?」と確認するように問いかけた。

「ええ。本当よ」と優子は彼の目を見つめ、頷いた。

 その瞬間、新は世界が一変したような感覚に包まれた。彼は彼女の手を再び握り、「ありがとう。これからは一緒に歩んでいこう」と伝えた。

「はい」と優子は微笑み、二人は並んで海を眺めた。夕陽が沈みゆく中、空は紫色に染まり、星が一つまた一つと姿を現した。


「星が綺麗だね」と新が言うと、優子は「うん、まるで祝福してくれているみたい」と応えた。

 その後、二人はゆっくりと歩きながら、これからのことを語り合った。将来の夢や、不安、そして互いに対する想い。これまで話せなかった深い部分を共有することで、二人の絆は一層強くなっていった。

 公園のベンチに腰掛け、優子がふと問いかけた。「新は、どうして私を好きになったの?」

 新は少し考えてから答えた。「君の優しさや、物事に真剣に向き合う姿勢に惹かれたんだ。何より、一緒にいると自然体でいられる。それがとても心地よかった」

「私も、新の真面目さと、時折見せるお茶目な一面が好きよ。それに、いつも周りを気遣ってくれるところも」

 二人は顔を見合わせ、笑い合った。その笑顔には、これからの未来への希望と期待が満ちていた。

 夜も更け、そろそろ帰ろうかという頃、新は最後にもう一つだけ伝えたいことがあった。「優子、これからもずっと一緒にいてほしい。どんな困難があっても、君となら乗り越えられる気がする」

 優子は彼の手をぎゅっと握り返し、「私も同じ気持ちよ。一緒に未来を築いていきましょう」と答えた。

 その言葉に、新は深い幸福感に包まれた。彼らの上には、満天の星空が広がり、その輝きが二人の道を照らしているように思えた。

 帰り道、二人は手を繋ぎながら、静かに歩いた。風が木々を揺らし、遠くからは波の音が微かに聞こえる。新は心の中で、これから始まる新たな日々に思いを馳せていた。

「優子、今日は本当にありがとう。君に出会えてよかった」と彼が言うと、優子は「私もよ、新。これからもよろしくね」と微笑んだ。

 南紀白浜の夜空に輝く星々が、二人の未来を静かに祝福しているかのようだった。

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