ドリームトリップ—DRe:am Trip―
黒種恋作
プロローグ1 『これは僕が死ぬまでの物語』
空想を創作と呼ぶのであれば、現実もまた創作と呼ぶべきである。
――Rensaku.K
★ ★ ★ ★
——死は安楽である。
故に僕はそれを捨てるしかなかった。
差し出すことでしか守れないから。
神様は手をつないでくれないから。
喪わなければ、救世主にはなれないから。
差し出すだけでみんなが救えるならそれで良かったから。
痛みを伴わなければ、約束を、誓いを、果たせないから。
きみのことを、僕は決して忘れない。
キミと出会えたことを、僕は忘れたくない。
君のことを、僕は決して見捨てたりしない。
みんなと過ごしたかけがえのない日々を、僕は忘れない。
――絶対に忘れたくない。
★ ★ ★ ★
――――これは僕が死ぬまでの物語だ。
★ ★ ★ ★
二〇三三年八月四日、一〇時三十二分、冒険都市国家ダイラム商業区某所。
「みんな逃げろぉぉぉぉ!
冒険士の本拠地であり、数少ない街一つが国として世界に認められている国——冒険都市国家ダイラム。
世界中の人々が一番安全で、比較的平和な国はどこだと問われれば、必ず口を揃えてダイラムの名前を挙げる。
この『未知』という名の『恐怖』に満ち溢れた優しくない世界にとって、唯一の理想郷とも謳われ、誰もが憧れる美しい水の都。
――そんな理想郷に、一つの悲鳴が轟いた。
「くるなァッ!! バケモノどもが、ここに近づくんじゃネェ!!」
それは、色鮮やかに彩られた、世界中に存在する色全てをかき混ぜたような瞳だった。美しく、儚く、それでいて鮮やかな色彩。
天然の芸術品とも思えるそれは、見るもの全てを虜にしてしまうほどに美しい。
だが、それと同様に、人の身では理解できないものだということも理解できる。
わからない、わからない。
まさにそれは異次元の色彩。
全ての理から外れた、ただその命をゆらゆらと燃やし続けるものには理解や表現を許さない白痴の神威。
「う、動くなァバケモノどもォ! 動イたラコイツの胴体に風穴ヲアけテやルゾ!」
建物の窓から顔を出して口から唾液を飛ばしながら男は発狂している。
動悸がとても荒く、一目見るだけでまともに会話が成立するような相手ではないことがその場にいる誰もが理解できた。
美しい瞳はまるで焦点があっておらず、怒号を上げているのに、どこか怯えた表情をしていた。
——だがその矛盾すら気にならないほど、その瞳は美しいと誰もが感じた。
「
どこからかそんな声が聞こえた。
その声色からは男以上に怯えた心情を表していた。
まるでこの世の終わりを目の当たりにしているかのような感じといえば誰でも理解できるだろう。
そしてそれは辺りの空気を一変させ、周囲の人々に動揺をもたらすには十分すぎるものであった。
「やばっ、冒険士呼ばないと!」「無理だ、下手に動いて刺激したら何をしでかすかわからねぇ!」「とりあえず少しずつでいいから離れるんだ!」「離れたら殺されんじゃんバカ!?」
——口々に話しながらパニック状態に陥った道路にいた人々の姿を見て、今度は別の声が建物から聞こえてきた。
「だ、だれかぁ、たすけてぇ!!」
涙を浮かべながら少女が色彩の瞳を持つ男と同じ窓から下の人々へと助けを求めている。
少女は男の腕から離れようと一生懸命もがいていた。
その姿を見た瞬間、その場の全てが凍りつくように停止した。
「パパがおかしくなっちゃったあ!! なんで、なんで、なんでぇ!?」
「うるせェなァ!! このバケモノが、チマチマ動くんじゃネェ!!」
そんな光景を気に求めず、男はもがく少女の顔を強く殴りつけた。
『——!!』
その場にいる誰もが強く殴られ、少女の顔を赤く腫れているのが見て、息を呑んだ。
少女は腫れた状態をもってしても涙を流し続け、助けを乞うようにビルの窓から見ていた。
「どこだケイシー!! バケモノどもがァ!! オレのムスメヲどこへヤッタぁ!!」
今、自分が殴りつけたバケモノと呼ぶものこそが娘だと、男は気づいていなかった。
考えうる限り最悪の事例。
そんな光景を見て、その場にいた何人かの勇敢な者たちは決意した。
「やめろッ!! その子を離すんだ!!」
どうにかしてでも少女を助けると。
近づくことができなくてもできる限り男が少女に危害を加えぬよう意識を逸らそうと——二人の通りかかった男女が声をあげた。
「私たちは貴方に何も危害は加えない!! お願いだから落ち着いて!!」
「そうだ! 自分で娘を傷つけてどうす!!」
彼らは両手を上げながらゆっくりと建物へと近づいていく。
その行いが正解か不正解かなんてものは二の次だった。
これが余計に男の心を挑発し、爆発させることになるかもしれない。
——ただ、それは何もしないことへの言い訳だ。
『間違っててもいい!! とにかく意識をそらさないと——!!』
彼らはその場にいた人々の中でも特段に変な正義感が働いただけなのかもしれない。
普段なら彼らはきっと何もせず、ただじっとその場が過ぎるのを見届ける傍観者だっただろう。
それでも、今にも怯えた表情をこちらに向ける少女の姿を見て冷静に物事を静観しようなんて思わなかった。
この場においてだけ、彼らはある種の物語における主人公と呼ばれる存在に違いないだろう。
——だが————、
——ただそれだけじゃ意味はない。
「ち、ち、ち、チカヅクナァァァ!!!!!?」
彼らが近づいたのを見た男の手から、光の集合体が出現する。
それはみるみるうちに肥大化と圧縮を繰り返し、一つ大きな夢力の塊として顕現した。
やがてそれは男の手を離れ、何本もの巨大な光線となり、窓から放射された。
——そして四つ、崩れた肉塊が生まれた。
「に、に、に、逃げろおぉぉぉ!!」
真っ赤な真っ赤な血塗れ道。
緊迫とした一触即発の状況が一変する。
近くにいた人々がビルから蜘蛛の子を散らすよう逃げ惑う。
当たれば即死はまぬがれない。
当たれば、道路にこびりつく血溜まりの中の肉塊と化す。
常識人なら誰もがご存知の『色彩病』の副作用。
それはありとあらゆる身体能力の強化と暴走。
肉体は完全に人間をやめ、やがて人外へと変化していく。
体内にある『
戦えぬ者に被弾すれば、肉が焼け、例外なく世界から跡形もなく消失するだろう。
——事実、今、四人死んだ。
「あ——、」
そんな中、一人の女性が逃げ遅れた。
名前をリルといい、人外の速さで打ち出された光の粒、もとい『
それは例え彼女が主人公であろうと補正はかからない。
運命は残酷でいつも理不尽なものだから。
かすれた声が小さくこぼれようと関係はない。
それは身の程を弁えない愚か者への代償か否か。
やがて彼女は光に飲み込まれていき——、
消滅——しなかった。
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