76.懐かしい匂い
「今日も何もなかったですね」
「スケルトンナイトがいるから、ネクロマンサーがいる確率が高いと思ったのにね」
「きっと、この町にはいないんだよ」
今日も発生したスケルトンナイトを討伐するクエストを受けてきた。この数日、ネクロマンサーを見つけるために精力的に活動していたが成果はゼロだった。
「不死王が来たのは確実なんです。きっと、この町の周辺にネクロマンサーを置いていったに違いありません」
「不死王が通ったって、怪しい黒いローブの人物がいたってだけじゃない。それだけの情報で不死王と決めつけるのは早い」
「あれが不死王だったら、もしかしたら町の中にネクロマンサーを置いていったかもしれないけれど……。町の中で問題が起こっている訳じゃないのよね」
「問題だったら起こってます! 行方不明事件が解決してないじゃないですか!」
あの時に聞いた行方不明事件は何も進展がないままだった。それどころか、さらに行方不明になる人が出てくるほどだ。
「スケルトンナイトの増殖の原因がネクロマンサーの仕業だと思って、外のクエストばかり受けていましたが……。もしかしたら、問題は町の中にあるのかもしれません」
「町の中にネクロマンサーがいる可能性が高くなったってことね。この行方不明事件がネクロマンサーの仕業だとしたら、アンデッドを増やしているかもしれないわね」
「まだ、ネクロマンサーの仕業だと決まっていないだろう。ただの誘拐犯なのかもしれない」
「その可能性はありますけれど、誘拐だったら身代金を要求するはずじゃないですか。それすらないっていうことは、誘拐した人たちを殺してアンデッドの手ごまにしている可能性があります」
「もし、それが本当だとしたら……人間がネクロマンサーになっているって考えてもいいのよね」
町の中にネクロマンサーがいるとしたら、その対象人物は人間になる。人間もネクロマンサーになれるとしたら、町の中にネクロマンサーがいてもおかしくはない。
だけど、全ては仮説だから確証のない話だ。それに小さな町といえども、そこそこ広い。その中から一人のネクロマンサーを見つけるのは至難の業だろう。
「明日から町の中を捜索してみます。あっ、墓場に行くのはどうでしょう? 死体を掘り起こした形跡があるかもしれませんよ」
「そうねぇ、ネクロマンサーが欲しいのは死体だから墓場に行くのがいいのかもね。そこでも手がかりが見つからなかったらどうする?」
「行方不明事件を追うのはどうでしょう。そこから足取りを掴んで、ネクロマンサーを見つけるんです」
「それこそ、無謀な話しだ。誰も見つけていない犯人を見つけられるとでも思うの?」
「ここは冒険者という新しい視線で捜査をすれば、新しい手掛かりが見つかる可能性もあります」
どうして、そんなに前向きに考えられるんだ。途方もないことをしようとしているとは思わないのか? そう簡単に見つかれば、誰も苦労はしないというのに……。
ネクロマンサーの捜索について、二人は明るく話し合っている。まるで、もう見つけたかのような盛り上がりだ。そんな簡単に見つかるわけがないのに……。
お店の中でそんなことを話していると、通路を人が通っていく。いつも通りに気にしないでいようとした――が、通った後に残った匂いに体がビクッと驚いた。
この匂い……嫌というほど嗅いだことのある匂い。人間の死臭の匂いだ。微かに香るくらいだったが、私にはそれで十分だった。ゆっくりと振り返ると、丁度その人が席に座ったところだった。
二十代前半の女性、とても綺麗な人だった。とてもじゃないが、死んだ人のようには見えない。と、なれば死体を扱う仕事をしているのか?
注意深く観察すると、その女性の所に店員がやってきた。
「リリアンさん、いらっしゃい。今日はいつものでいいの?」
「はい、いつものでお願いします」
どうやら、その女性はこのお店の常連客らしい。
「最近、香水をつけているみたいね。とてもいい匂いがするわ」
「ありがとう。いい匂いを嗅ぐと気分が落ち着くんです」
「そうなの。でも、確かに今のリリアンさんはいい顔をしているわ。あんな事があったのに、少しずつ元気になってくれて本当に良かったわ。仕事の方は順調?」
「はい。しばらく閉めていた雑貨屋ですけれど、最近またお店を開けるようになったんです。お客さんも以前と変わりなく入ってくれていますよ」
あの死臭の匂いを香水で隠しているのか? 確かに通り過ぎた時は香水の匂いもしたが、その奥に隠されている死臭の匂いまでは隠せていないみたいだ。
それに仕事が雑貨屋だって? 全然死体と関わりのある仕事じゃない。葬儀屋とか墓守とかだと思ったが、違ったらしい。死体とは縁のない仕事をしているのに、あんなに死臭の匂いを漂わせるか?
店員とリリアンがしばらく話していると、店員がその場を離れてリリアンが一人になった。一人になったリリアンは鞄から本を出して読み始めた。一見、怪しいところはないが……あの死臭の匂いが気になる。
「ユイさん、どうしたんですか?」
「……ちょっと気になる匂いがあって」
「気になる匂い? そうね、さっき通った人の後に香水の残り香があることくらいかしらね。ちょっと、独特の匂いね」
香水の匂いに気づいているのに、死臭の匂いには気づかないか。いや、匂いが混ざって普通の人は気づかないのかもしれない。死臭の匂いに香水の匂いを混ぜることによってごまかしているんだな。
「おまたせしましたー。ご注文の品になります」
その時、店員が近づいてきてテーブルに料理を置いていった。
「来ましたね。早速食べましょう」
「今日もお腹が減ったから、沢山食べるわよ」
二人の意識が料理に向き、話は中断した。私は意識を女性に向けながらも、自分の食事を始める。
◇
「まだ、お店を出ないんですか?」
「ちょっと、気になる事があって」
「何々? どんなこと?」
食事が終わって一休みをしていると、フィリスが店を出ようと声をかけてきた。だけど、私はリリアンが気になってまだ店内にいたいと思っている。
「そういえば、さっきから後ろ斜めの席に座っている女性を気にしているよね。その女性が何かあったの?」
「……あんまり大きな声で言えないんだけど、その女性から死臭の匂いがする」
「しっ! ……死臭の匂いってヤバイ匂いじゃないですか」
二人にリリアンから死臭の匂いがすると教えると、驚いた様子だった。普通の人から死臭の匂いがするなんていうのはおかしい。
「どう見ても綺麗な人にしか見えない。とてもじゃないけど、死臭がするようには見えないわね」
「あんなに綺麗な人から死臭がするなんて、これは何かの事件ですか?」
「何かはあると思うけど、その何かは分からない」
怪しい事には変わりない。しばらく待っていると、リリアンが食事を終えて席を立った。
「行こう。後を追う」
私たちもそのリリアンを追って席を立った。お会計を済ませて店の外に出ると、リリアンの後を追う。
「一体どこに行くのかしら?」
「死臭のある現場とかですか?」
一定の距離を置いて私たちはリリアンを追う。街灯だけの明かりを頼りに暗い夜道を進んでいく。気づかれないように追って行くと、リリアンはとある建物の中に入っていった。
私たちはその建物の近くに行ってそれがなんなのか確認する。
「トリリアンの雑貨屋、って書いてありますね」
「ということは、ここで働いているってことか」
「もうお店は閉まっているみたいね。仕事場兼自宅なのかしら」
リリアンの入っていった場所は働いているであろう雑貨屋だった。お店はクローズになっていて、これ以上中に入ることはできない。
「……明日、ちょっと調べてみよう」
「じゃあ、クガーさんたちにも協力してもらいましょう」
「死臭がする美人か……これは気になるわ」
今日はもう遅い。捜査は明日に回すことにして、今日はこれで帰ろう。こんな町の中で暮している人が死臭を漂わすなんて……絶対におかしい。
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